覚悟の決闘(2/19)


「ジェイド」



第一音機関研究所の門を出た所で、ルークは小さな声で彼を呼び、仲間達と少し距離を取って後ろを歩いた。



「さっきの障気と超振動の事だけど……」

「……馬鹿な事です。忘れなさい」



話を切り出そうとした所で、ジェイドに目を眇められた。話は途中で有耶無耶になってしまっていたが、ルークが気にしていた事はジェイドも分かっていた。



「だけど、それで障気が中和できるなら……」

「お忘れですか?あなたはレプリカで、ろくに超振動を制御する事も出来ない。下手をすれば、あなたが死にます」

「だったら、アッシュなら出来るんじゃないか?今度アッシュに会った時に頼んで……」

「失礼。私の言い方が悪かったようです」



ジェイドは強い口調でルークの言葉を遮った。



「被験者であろうと、惑星一つを覆う程の障気を消滅させるような超振動は起こせません。何か力を増幅できるものがあるなら話は別ですが」

「増幅できるものって、例えば?」



食い下がる気配の無いルークに、ジェイドはため息をついた。



「諦めが悪い人ですね。……つまり超振動を使う事による体の負担を軽減する物があればいい」

「じれったいな!だから?」

「一つはローレライの剣ですね。あれなら第七音素を大量に自分の傍へ集められます」

「もう一つは?」

「大量の第七音素ですよ。そうですね……第七音譜術士、あるいはその素養がある人間を、ざっと一万人も殺せば何とかなるかもしれません」

「!」

「勿論、超振動を使う人間も、反動で音素の乖離を起こして死ぬでしょう」



超振動を使う方法では莫大な犠牲が伴うという、残酷な現実を突き付けられ、ルークは絶句した。同時に、ジェイドの言葉には、何故か聞き覚えがあった。それはスピノザから話を聞いた時からで、彼等の言葉が自分の中で引っ掛かっていた理由を、ルークは今になって漸く思い出した。



『…確かに、超振動で障気を消す事は可能です。しかし、超振動にはリスクもあります』

「リスクって?」

『まず、街を覆う程の障気となると、術者の体にまで影響が出て、最悪術者自身も消える恐れがあります』




あの時、ユリアも言っていた事だった。街を覆う障気を消すのにそれだけのリスクが伴うなら、この星全体の障気を消すとなると……術者の乖離は確実だろう。

それに、外郭大地降下作戦の時に使った超振動ですら、アッシュやサクの助力が無ければルークには厳しかった。そんな自分に、出来るのだろうか?例えローレライの鍵が揃ったとしても、一万人を犠牲にするなんて……現実的な手段には思えない。

よくよく考えてみれば、障気の問題が上がった時点でジェイドから超振動の提案があってもおかしくはなかったのだ。あの場で話題に賛成してこなかった時点で、察するべきだったのかもしれない。



「一万人の犠牲で障気は消える。まあ、考え方によっては安いものかも知れません」

「そんなの……」

「ええ、無理です。ですから忘れろと言ったんですよ」

「だけど、他に方法はーー!」

「一万人殺し」



冷たい響きを孕んだジェイドの一言に、ルークは再度息を呑んだ。



「アクゼリュスを消滅させ、シェリダンの皆さんを危険に巻き込み、大勢の【敵】と分類された名も知らぬ人々を手に掛け、これ以上まだ、両手を血で染めますか?」



ジェイドの紅い瞳に射すくめられ、ルークは固唾を呑んだ。

アクゼリュスでの記憶が蘇る。もしも実行するなら、アクゼリュスの住民一千人の時より十倍の人数が犠牲になる。しかもあの時とは違い、今度こそ本当に、俺は一万人殺しの大罪を背負う事になる。…背負えるのか?俺に?

ふとルークが視線を落とした先……自身の手は、小さく震えていた。俯くルークを見詰めた後、ジェイドはルークに背を向けた。



「やめなさい。あなたには無理です」



はっきりと突き放す様な言葉なのに。ジェイドの声音が何処か気遣わし気にも聞こえて。ルークもこれ以上は口を噤むしかなかった。










「…やっと戻って来たか」

「!アッシュ!?」



ルークがハッとして顔を上げると、アルビオールの傍で自分達を待っていた様子のアッシュに、ナタリアが駆け寄る姿が見えた。ルークが思い詰めている間に、いつの間にか此処まで戻って来ていたらしい。仲間達の最後尾を歩いていたルークとジェイドが追い付いた際。妙に落ち込んでいる様子のルークにアッシュが怪訝に眉を寄せるも、特に言及してくる事はなかった。



「アッシュ!どうして此処に?」

「何か手がかりが掴めたのか?」

「いや。悪いが、今回は別件だ」



問うてきたナタリアやガイ達に、アッシュはそう告げると、懐から封筒らしき物を取り出し、アニスへと歩み寄った。



「アリエッタの奴に頼まれてな。これをアニスへ渡しに来た」

「!アリエッタが…」



アッシュがアニスに手渡した紙には、果たし状と認められていた。達筆とは言いにくいその文字は、アリエッタが書いたであろう事が予測される。



「何ていうか、古風な…」

「アリエッタ……。本気で決闘する気なんだね」

「場所はそこに書いてある通りだ。案内はしてやる」

「!案内まで…?」

「手紙を渡すついでに立会人まで頼まれたんだよ」



驚くアニスに、苛立だし気にアッシュはそう吐き捨てた。ちなみに、宝珠の捜索はサク達が続けているらしい。確かに、決闘の場所は立会人が知らせるとアリエッタ達は言っていたが……まさか、それがアッシュになるとは、思ってもみなかった。



「立会人を頼まれたという事は、アリエッタ達が負けたら次はアッシュが相手という訳ですか」

「…は?冗談じゃねえ!俺は立会人としての仕事しかしねえよ。つーか、アリエッタだけじゃなくてユリアも一緒なんだろ?…正気か?」



ユリアの正体…もとい実力をよく知るアッシュとしては、当然の疑問である。サクの事なので、決闘とは言え、誰かが死ぬ様な事にはならないだろうが……少なくとも、ルーク達に勝機は見えない。ならば、彼女の思惑は勝敗とは別にあるのだろう、とアッシュは推測する。そこ迄はアッシュも聞いていない為、詳しくは知らない。



「アニス、本当に決闘を受けるつもりなの?」



ティアが噤んでいた口を開く。ナタリアは悲しげな顔をしていた。



「そうですわ。どうしても決闘という儀式が必要なのでしょうか……」

「あの時、サク様や皆が駆けつけてくれたから、イオン様は助かったけど……一つ間違えたら、イオン様は本当に死んじゃってた。それだけの事を、アタシはしてきたんだ。アリエッタ達が怒るのも当然だよ」



ここで逃げたら、きっとアタシは……イオン様の守護役ではいられない。そうでなくても負い目を感じているのに、ここで決闘を断ったら、本当にイオンに顔向け出来なくなる。イオンは気にしないかもしれないが、彼らは納得しないだろう。そして、アニス自身も。



「ケジメは必要…という事か」

「うん。……きっと、アリエッタにとっても必要なんだと思う」



ガイの言葉にアニスが頷くのを見ていて、ルークは表情を曇らせた。アニスの気持ちも分かる。そして、アリエッタの過去や事情を知っている今、彼女の気持ちも、分からなくはない。でも……否、だからこそ。



「…でも、アリエッタの想ってるイオンは、被験者のイオンなんだろう?…アリエッタに、話さないのか?本当の事…」

「…決闘に勝ったら、話すつもりだよ。アタシはアリエッタを殺す気はないし、何より、アリエッタにも……真実を知る権利はあるから」



ずっとヴァン総長達に利用されてた位だ。あの子はきっと、何も知らされてはいないのだろう。イオン様がレプリカで、被験者のイオン様はもう既に故人だ……なんて事実は、アリエッタには酷かもしれない。何も知らないままの方が幸せで、楽なのかもしれない。…でも、やっぱり……このままじゃ、駄目だと思う。イオン様も苦しいし、アリエッタも可哀想だ。

だから、アタシも覚悟を決めるんだ。アリエッタと真剣に向き合う為に。過去と、自分自身にケジメをつけて、互いに前を向いて歩く為に。



「……なぁ、アッシュ。決闘の事、イオンは知ってるのか?」

「さあな。お前達が言ってないのなら、知らないんじゃないのか」



少なくとも、イオンがこの事を知っていれば、必ず二人を止めようとしただろう。イオンに話してからでも、遅くはないのでは…?そうルークは思ったが、アニスから止められた。これ以上、イオンに迷惑は掛けられない、と。



「それで、場所は何処なんだ?」

「ええっと、場所はフェレス島…って、書いてあるけど…?」



ガイに尋ねられ、アニスが果たし状の内容を確認してみたものの、記されていた場所に小首を傾げた。


「フェレス島って、ホド戦争の際に津波に呑まれて沈んだ筈じゃ……?」

「俺も詳しい事は知らないが、アリエッタはそう呼んでいた。何でも、今は海の上を移動している浮島になっているらしい」

「「「「!?」」」」



アッシュの言葉に、一同に衝撃が走る。つい今しがた、そんな似たような話を聞いたばかりな上に、今まさにその場所の捜索へ向かおうとしていた位だ。まさか、こんな形で有力な情報が舞い込んで来るとは思ってもみなかった。



「それって、まさか…!?」

「ええ。どうやらその可能性は高そうですね」



アニスがジェイドを見上げると、自身も同じ考えだと、彼もまた肯定を示した。アリエッタが指定してきた移動する浮島と、ヘンケンさん達が言っていた海上を移動する施設。これらは同一である可能性が高い。



「どういう事だ?まさか、アリエッタがフォミクリーを…?」

「というより、アリエッタがヴァンと繋がってた線を考えた方が、しっくりくるな」

「…そうね。六神将でもあるアリエッタは、兄の部下でもあるわ。可能性は否定出来ないわね」


ルークやガイ達が戸惑いを隠せない中、ティアも悲し気に瞳を伏せる。



「お待ちになって!まだ全てを決め付けるには早いのではなくて?」

「どちらにしろ、確認する必要があります。アッシュ、早速案内を頼めますか」

「…ああ」



ナタリアとジェイドのやり取りに、アッシュは頷いた。何故アリエッタが未だにヴァンの味方という疑惑が上がっているのか、疑惑に感じはしたが、今回の件を計画した人物の事を考えると……この場で自分は、下手に口出ししない方が良いのかもしれない。そう無難な判断をするアッシュであった。



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