誰が為に鐘は鳴る(7/8)

ルークの背中を見送った後、サクとシンクはその場から踵を返してそのまま聖堂を目指した。アニスを探すサクの足取りに、迷いは無い。…こういう時、自分はズルいよなーと思う。シナリオを覚えているが為に、先程のルークの様に他の場所を捜し回ったりする事も無く、手っ取り早くアニスを見つける事が出来るのだから。



『アニス、イオン様が目を覚ましたよ』



ビクリ、と。聖堂の隅で膝を抱えていたアニスの小さな背中が跳ねる。構わずに歩を進めて、サクはアニスを後ろから見詰めた。



『アニスに会いたいって、言ってる』

「っ…アタシには、イオン様に会わせる顔がないよ…資格だって、もう…」

『そう思うなら、尚更会いに行く巾だよ』

「っ…!!」



我ながら手厳しい事をアニスに強制してるよね、とは思う。でも、私自身が少なからず怒ってるのもまた、事実。いつもより自分の声が低いのも、そのせいだろう。



『自分を責めてるなら。イオンがアニスに会いたいと望むなら。アニスはイオンの願いを聞くべきだ』



コツリ、コツリ、と無機質な足音が聖堂に内響き、アニスの隣で止まる。



『確かにアニスはイオンを殺し掛けた』



アニスの傍で膝を着いて、フワリと彼女を背中から抱き締めた。強張るアニスの肩が、戸惑いから大きく跳ねたけど気にしない。



『…でも、イオンは死んでない。今、イオンは生きてる』

「サク…様……」

『やり直す事も、不可能ではない筈だよ?』



私の言葉に、アニスは泣いた。













キィ…と、小さな音と共に扉が開いた。待ち人が視線を向けると、俯いたまま顔を上げられずにいる少女の姿があった。



「イオン、様……」

「アニス……」



気まずそうに…おずおずと私室に来たアニスを見て、ベッドで上体を起こしていたイオンは、優しく頬笑んだ。



「すみませんでした」

「え…?」

「アニスが悩んでいたのに、僕は何も出来ずに……いえ。何もしなかったんだ」

「っ…!!」

「また、貴女を困らせてしまいましたね」



そう言って、彼はすまなさそうに笑うのだ。何で、この人はこうなんだ。…いつも、そうだ。

イオン様は、優し過ぎる。



「騙されたのは、イオン様の方じゃないですか…っ」



私のせいで、貴方は殺され掛けたのに。アニスは拳をきつく握り締めて何とか堪え様とするも、ずっと抑えていた感情が爆発した。



「アタシはずっとイオン様を騙してたっ!私がイオン様を殺そうとしたのにっ!何でイオン様が謝るんですかっ!!何で…っつ」

「貴女が僕を監視していた事には……薄々気付いてました」

「…!!」



涙を流しながら叫ぶアニスを前に、イオンは静かに言葉を続けた。アニスが自分を監視していた事には、薄々勘付いていたと。確信では無い。アニスの事をずっと見つめてきたから、彼女の微妙な変化を感じていたに過ぎない。恐らくアニスは、此方の情報を彼等(恐らくモース)に流していたのだろう。そうでなければ、納得のいかない事は多々あった。

アニスが自分に優しくしてくれるのは全て命令で、その事を問い正せば、彼女は自分から離れていってしまうのではないか。アニスの事を信じている一方で、そんな不安もあった。もしかしたら、アニスの力になる事が出来たかもしれないのに……僕の身勝手な弱さが、今回の事態を招いてしまったと言っても、過言ではないだろう。

そう話したら、アニスは首を横に振った。



「どうして貴方は…そんなに優しいの…?アタシなんかより、よっぽど…」

「アニス、」

「っ!」



穏やかな声が、アニスに触れて。泣いてる子どもをあやす様に、イオンに優しく頭を撫でられた。



「辛い思いをさせてしまって……すみませんでした」

「う…っううう…」



ついに堪え切れなくなったアニスはイオンのベッドに泣き付いた。



「イオン様ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!…っ」

「じゃあ、アニス。……一つだけ、僕と約束してくれますか?」

「っ…?」


震える声で何度も謝罪するアニスに声をかけて、そっと、両手でアニスの両頬を包み込む。大粒の涙で濡れた瞳が、不安に揺れるのを見詰めながら……イオンはアニスに微笑んだ。



「此れからも、僕の傍にいて……笑って下さい。僕の…僕だけの導師守護役でいて下さい。貴女は僕の…たった一人の、大切な人なんです」

「イオン、様…っ」



この時、イオンの目にも涙が浮かんでいる事に気付いて。アニスの表情は、再び涙でくしゃくしゃに歪んでしまった。再び声を出して謝りながら泣きじゃくるアニスを、イオンは彼女が落ち着くまで撫で続けた。



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