誰が為に鐘は鳴る(3/8)

惑星預言を詠む彼の前に、体内を通った第七音素が結晶化し、譜石が生成されていく。その大きさは、既にイオンよりも大きい程の物になっていた。イオンを中心に第七音素が空を舞い、透き通った譜石は光に反射してキラキラと輝きを放っている。



「ND2019。キムラスカ・ランバルディアの陣営は、ルグニカ平野を北上するだろう。軍は近隣の村を蹂躙し要塞の都市を進む。やがて半月を要してこれを陥落したキムラスカ軍は、玉座を最後の皇帝の血で汚し、高々と勝利の雄叫びをあげるだろう。

ND2020。要塞の町はうずたかく死体が積まれ、死臭と疫病に包まれる。ここで発生する病は新たな毒を生み、人々はことごとく死に至るだろう。これこそがマルクトの最後なり。

以後数十年に渡り、栄光に包まれるキムラスカであるが、マルクトの病は勢いを増し、やがて、一人の男によって、国内に持ち込まれるであろう」

「やめろ、イオン!やめるんだ!」



イオン達がいる火口近くへと漸く辿り着いたルークは、イオンの名を叫んだ。彼の他にも視界にモースと、アニスの両親…そしてフードを被った人物が入ったが、ルークは構わずイオンへと駆け寄った。

ルークの直ぐ後に現れたガイやナタリアがタトリン夫妻の許へ駆け寄り、彼等を囲っていた神託の盾兵達を手早く片付けた。夫妻の傍に立つフードの人物を警戒するも、彼の足許に倒れている神託の盾兵達に気付き、状況を飲み込めずにガイ達は困惑する。対するシンクは戦う意思が無い事を示す為に、フードも外した。相手がシンクだと気付いて二人が目を見開くも、「説明は後でしょ?」と面倒そうにシンクに促され、二人はシンクに警戒しながらも、再びイオンへと視線を移した。



「イオン…っ!」

「…!」



ルークに肩を揺さぶられて、イオンはハッと我に返る。…ああ、来てくれたのですね。ルークに抱き止められ、イオンは彼等が間に合った事に内心安堵する。イオンは惑星預言の読み上げを中断し、そのまま今度はルークの預言を詠み取る。



「……聖なる焔の光は穢れし気の浄化を求め、キムラスカの音機関都市へ向かう。そこで咎とされた力を用い、救いの術を見い出すだろう……」



どうやらここで限界がきたらしい。否、身体の限界など…遠に越えていたのだ。身体の力がガクリと抜けたイオンは、ルークの腕の中へと崩れ落ちた。イオンをルークが抱き止める一方で、惑星預言を読み上げを急に中断した為か、譜石に亀裂が広がり走る。すると、惑星預言の譜石は粉々に砕け散り、光と共に第七音素へと還ってしまった。



「イオン!しっかりしろ!」

「ルーク……今のは僕があなたに送る預言……。数あるあなたの未来の……一つの選択肢です……。頼るのは不本意かもしれませんが……僕にはこれぐらいしかあなたに協力することができない……」

「馬鹿野郎!今までだってたくさん協力してくれただろ!これからだって……」



脳裏に浮かぶ、被験者の姿。…否、彼だけじゃない。シンクも、フローリアンもいる。そして、もう一人の導師である彼女もいるではないか。今にも泣き出しそうなルークの顔に、イオンは掠れる声で薄く笑った。



「……ルーク。そんな顔をしないで下さい。僕の代わりは……」

「いないっ!」

「っ…!」

「他のレプリカは俺のこと何も知らないじゃないか!一緒に、チーグルの森に行ったイオンは、お前だけだっ」



ルークから力強く断言され、イオンは思わず瞳を見開いた。…そうだ。ルークは、導師イオンが死ぬ事を悲しんでいるのではない。他の誰でもない、僕が…僕自身が消えてしまうのを、悲しんでくれているのだ。思えば、ルークは最初からそうだった。自分の事を、導師としては見てなくて。ただのイオンとして、友の様に見てくれていた。いや、実際に…友だったのかもしれない。それなのに、僕は……そんな唯一無二の友に対して、随分と馬鹿な事を言ってしまったものだ。

本当に…僕は重要な所で、飛んだ思い違いをしてばかりだ。心残りが大きくなるのには気付かないフリをして、イオンは頭を巡らせる。



「ティア、こちらに……」



イオンは視界にティアの姿を捉えると、彼女に手を差し出した。ティアはルークの傍に跪くと、直ぐにイオンの手を取る。



「僕が……あなたの障気を受け取ります」

「!?そんなことをしたら導師が……!」



驚いて引っ込めようとしたティアの手を、イオンが咄嗟に掴み直した。決して離さないよう、彼女の手をイオンは握り締める。



「言ったでしょう。一つだけあなたを助ける方法があるって。第七音素は互いに引き合う。僕の第七音素の乖離に合わせて、あなたの汚染された第七音素も貰っていきますよ」

「イオン!」

「……いいんです」



ティアの手を握る指に意識を集中させ、己の体内に残る第七音素を高めれば、二人の身体が輝き出した。第七音素が反応し合い、ティアの身体から障気で薄紫色に汚染された第七音素が、彼女から離れていく。それは、イオンの内へと真っ直ぐに収束していった。



「ほら……これでもう、ティアは……大丈夫……」



障気に汚染された第七音素が己に流れ込み、急激に身体が重くなった様な錯覚を感じて、イオンはふっと息を吐く。ティアを救う為の、自分が知る限りでも、これがたった一つの方法だった。ティアを救う事は、彼女を大切に想うレプリカ…ルークへの恩返しでもあった。

本当に…間に合って良かった。

イオンの心は、喜びで満たされていた。今ならハッキリと分かる。自分が何の為に、この世に生を受けたのか。導師イオンのレプリカとして使われる為だけではなかった。

この瞬間の為だけに、僕は今、ここに在る。これが僕の選んだ未来……他の誰の思惑でもない、僕自身の意思で選び取った未来だ。



イオンが穏やかに微笑む一方で、計らずしてオールドラントの終末預言まで知ってしまった詠師と神託の盾兵達は、ショックから立ち直れず、その場に茫然と佇んで居た。かつての自分と同じである彼等を、モースは痛まし気に見詰めている。



「そんな…預言に詠まれた未来に、人類の滅亡が詠まれていたなんて……っ」

「戦争を引き起こせば、例え繁栄が訪れても、人類は死滅してしまうのだ。それでは駄目なのだ」

『だから、かつてユリアは預言に詠まれた未来が覆される事を願い、第七譜石を隠した。人々が預言に頼らず、自分達の意思で、未来を選び取れる様にと』

「「「!」」」



モースの言葉を引き継いだ者の声に、皆が振り返り……誰もが息を呑んだ。



「嘘、だろ…?」



驚愕の表情を浮かべるルーク達に、この場に現れた導師サクは静かに微笑んだ。



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