本当の気持ち(4/6)

ガクリと膝を突いたシンクの直ぐ傍で、カラン…と、無機質な音かやけに大きく響いて聞こえた。



「お……お前……」



甲板に転がったのは、シンクがいつも付けていた仮面で。晒け出されたシンクの素顔に、ルーク達の目が驚愕に見開かれた。



「嘘……イオン様が、二人……!?」



アニスも息を呑んだシンクの素顔は、まるで鏡に映したかのようにそっくりで、確かにイオンと瓜二つだった。

動揺を隠せないアニスが何度も二人を交互に見る中、イオンは静かにシンクを見詰めた。



「本当に……あなたも導師のレプリカなのですね」

「おい!あなたも……って、どういうことだ!」



ガイに聞き咎められ、イオンは「…はい」と頷いた。



「僕は、導師イオンの三番目――最後のレプリカですから」

「レプリカ!?お前が!?」



ルークがすっとんきょうな声を上げる最中、サクはギュッと拳を握る。

本来なら、イオンは七番目のレプリカである筈だったが、作られた被験者イオンのレプリカは何故か三人で、イオンはその中で三番目だった。以前シンクの事をイオンに訊かれた際、断言こそしなかったものの、シンクがイオン自身と同じレプリカである可能性を、私は否定しなかった。だから彼は確信していた。シンクが自身と同じ、被験者イオンのレプリカである事を。



「嘘……。だってイオン様……」

「すみませんアニス。僕は誕生して、まだ二年程しか経っていません」



イオンが目を伏せると、アニスはハッとした。



「二年って、私がイオン様付きの導師守護役になった頃……まさか、アリエッタをイオン様付きから解任したのは、あなたに……過去の記憶がないから?」

「ええ。あの時、被験者イオンは病で死に直面していた。でも第一導師の跡継ぎがいなかったので、モースとヴァンがフォミクリーを使用したんです」



二年前のあの時点で、導師はイオン以外にサクも確かにいた。しかし、サクはあくまで第二導師と預言に詠まれていた為、なんとしても第一導師を成立させる必要があったのだろう。預言尊守を掲げていた割には、預言に詠まれていないレプリカを作るという事自体、矛盾しているのにも関わらず。



「……お前は一番被験者に近い能力を持っていた。ボクたち屑と違ってね」

「そんな……屑だなんて……」

「屑さ。能力が劣化していたから、生きながらザレッホ火山の火口へ投げ捨てられたんだ」



手摺に凭れるようにしながら、シンクは自嘲めいた笑みを浮かべた。本当はこんな泣き言を、コイツやサクの前では絶対に口にしたくはなかった。でも、一旦口を開いてしまうと、それは堰を切ったように溢れ続け、自分では止められなかった。



「ゴミなんだよ……代用品にすらならないレプリカなんて……」

「そんな!レプリカだろうと俺たちは確かに生きてるのに」

「必要とされてるレプリカの御託は聞きたくないね」



ルークの悲鳴に近い声を、シンクが皮肉で吐き捨てるのを、今のサクにはただ呆然と見ている事しか出来なかった。

どうしてだろう。こんなにも、シンクとの距離が遠く感じるのは。今までシンクの近くにいて、彼を見てきた筈なのに。

今は何故か、とても遠い…



「そんな風に言わないで。一緒にここを脱出しましょう!僕らは同じじゃないですか」



イオンはシンクに手を差し伸べたが、シンクはそれをせせら笑い、その手を叩き払った。



「違うね。ボクが生きているのはサクやヴァンが僕を利用する為だ」

『…っ!』

「サク…?」



ルークが驚いた表情をサクに向ける一方で、サクはビクリと肩を大きく震わせた。動揺を見せるサクに対し、シンクの口角が意地悪く弧を描く。



「サクだって、僕を被験者イオンの代わりとして傍に置いてただけなんだろう?」

『違う!』

「違わないね」



あぁ、またやっちゃった。サクを言葉で傷付けた。

自分の居場所や存在意義の為に、サクを利用していたのは僕の方なのに。

サクの瞳が大きく揺れるのも構わずに、シンクは皮肉を口にする。



「傍に置いてはみたけど、所詮は出来損ないのレプリカじゃ、被験者イオンの代わりにはならなかった。だからあの日、サクは僕を置いていった。ヴァン側に付いて自分の駒にもならず、むしろ自分達を妨害してくる存在が邪魔になったんだろ?そんな僕に利用価値を感じ無くなって、不要になったから……サクも僕を捨てたんだ」

『そんな…風に……シンクは感じて、たの…?』



震える声で、途切れ途切れに言葉を紡いだサクの頬に、ついに一筋の雫が伝い落ちた。僕を見詰める、酷く悲し気な彼女のその瞳から、次々と涙が溢れ落ちていく。…あ〜ぁ、泣かせちゃった。やっぱり僕は、君を傷付ける存在でしかないよ。

自嘲気な笑みを浮かべながらも、それでもシンクは精一杯の虚勢を張った。イオンやルーク達に自分の弱さを悟られるのが嫌だったから。例えそこに浮かぶ表情が、苦痛そのものだったとしても。



「もういいんだよ、サク。今までアリガトウ。望み通り、君を僕から解放してあげるから」



そう言って、シンクは無理矢理穏やかな笑みを貼り付けてみせ、一歩ずつその場から後退していく。シンク…と、嗚咽混じりの悲痛な声で、サクは僕の名前を呼ぶ。サクが僕に付けてくれた、僕だけの名前を。

サクを護る事も出来ず、傷つける事しか出来ない僕なんていらない。

サクの弊害にしかならない僕なら、サクから必要とされない僕なら、生きてる意味はない。

サクには、アリエッタもアイツラも、導師イオンのレプリカもいる。だから、僕がいなくなっても、何の問題もないよね。



「結局……使い道のある奴だけが、お情けで息をしてるって事さ……」



無意識だろうか。サクは咄嗟に僕に手を伸ばしてきたけど、もう届く筈もなく。サクの今にも泣きそうな顔を見詰めたまま、僕は甲板から仰向けに地殻へと落ちていった。

落下しながら、初めてサクと出逢った時の事を思い出した。

サクの手を取ったあの時と、手を取らなかった今。

あの時彼女の手を取らなければ、こんな思いをしなくて済んだのだろうか。あの時彼女と出逢っていなければ、僕はこんな気持ちを知らずに、苦しまなかっただろうか。

それとも……



「ハハッ……やっぱり、馬鹿だ…」



先程の彼女の手を取っていたら、こんなにも後悔はしなかったのだろうか。



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