貴方に触れる

それでも、世界は廻り、死も廻る。あの子を殺さないでって、あの子を殺そうとするウキョウには何度も言った。結局は、いつも止められず終いなのだけれど…。ウキョウも体の主導権を奪われないよう必死になっていたけれど、どう頑張っても、完全には抑えられない様だった。その度、あの子はウキョウに殺され……罪の意識に耐えられなくなったウキョウは自殺した。

私って、こんなに薄情な奴だったっけ?時々、思ってしまう。何度も繰り返している内に……私はあの子の死に慣れてきてしまってる節がある。あの子が死ぬのも、ウキョウが死ぬのも、私が死ぬのも、仕方のない事なんだって。…ウキョウじゃないけど、私も精神が壊れてきてるのかな。…いや、むしろこんな状況下で壊れていないからこそ、私は既に壊れているのかもしれない。



『ウキョウ?』

「クソッ…また、俺は…っ!」



……あー、どうやら今回はもう一人のウキョウの方だった様だ。寝起きの第一声で彼の見分け(聞き分け?)が出来るようになってきたのだから、私も大したものである。ちなみに、口調や雰囲気以外で他に見分けるポイントは、目の下の隈だ。絶望して死んだ魚の目みたくなってる時…もしくは憎悪や殺意が込もると、そこに影が落ちるんだよね。まるで、ウキョウが抱える心の闇が、そこに浮かび上がるかのように。普段の基本温厚なウキョウが、誰かに憎悪や殺意を抱く事はない(よくあっても激怒してる所しか見た事がない)ので、目の下に隈らしき影を発見したら要注意だ。単なる寝不足、って場合もあるから、あくまで判断指標の一つにしかならないけど。

ちなみに、このウキョウの目の下の隈の件をあの子に注意喚起もかねて伝えてみたけど、そもそもウキョウの表情の違いがよくわからないと言われてしまった。ウキョウとの付き合いの浅いあの子では、分からなくて当前だった。…ちょっと切なくなってしまったのは秘密だ。



「……チッ、またお前か」

『またも何も、ここは私の部屋なんですけど…』



別の世界線ではウキョウがこの部屋を借りていたらしいが、それはそれ、ここはここ。この世界線で家賃を払って実際に暮らしてきたのは私なのだから、ここに私がいる事に関して、居候しているウキョウに文句を言われる筋合いはない。

……と、今はそんな事はどうでもいいや。

獲物を狙うハンターの如く、早速出掛けようとしていたウキョウに慌てて待ったを掛けて、何とか引き止めようと試みる。このまま行かせたら、彼は確実にあの子の所へ行ってしまうだろうし。そうなってしまった場合の事の顛末は、言わずもがな。



『…ねぇ。どうして、貴方はあの子を殺そうとするの?あの子に生きていて欲しいっていうのが、ウキョウの願いじゃないの?』



あの時、彼は言った。死にたくないから、あの子を殺すのだと。私には、この矛盾が生じている訳が分からない。狂った殺人鬼の殺人衝動だからと、片付けてしまえばそれまでなのかもしれないけど……私にはどうにも、そんな単純な仕組みには思えないんだよね。

というのも、彼があの子を殺そうとする理由に、心当たりがあるからなのだけれど。



「ハッ、何も知らねぇ奴等ってのは、本当にお気楽なこったな」

『…私は何も知らない訳じゃないよ』



思わず、眉を寄せる。私は決して、何も知らないわけではない。確かにウキョウが私に話していない事は他にもあるのかもしれないけれど……お気楽とまで貶されるのは、かなり心外だ。



『私が何も知らない気楽な奴だって言うなら、私の知らない事を知ってるウキョウの口からちゃんと教えてよ』

「………、」



私の不満が表情に出ているのを、ニヤニヤと嘲笑していたウキョウから、一瞬で表情が消えた。……あ、今私は彼に言ってはいけない失言をしたかもしれない。



「お前…今までの事を全部覚えてるって言ってたよなぁ?」



物凄く嫌な予感がして、頷きながら無意識に一歩後ろへと下がった。けれど、ウキョウの方も同時に一歩近付いて来て。後退と前進を互いに繰り返す度に、私とウキョウの距離が段々詰められて来て……ハッと気付いた時には、私の背中が壁に当たっていて。次いで、ダン!と、正面にまで来たウキョウが私の顔の真横の壁に手を勢いよくついてきた。



「だから何だ。お前に、オレの何が分かってるって言うんだよ?お前はオレとは違う。毎回"世界から殺されて"、新しい世界に来てを繰り返してるオレとは違って、お前は苦しんで死んだ事もない癖に……オレの事を知った風な口聞いてんじゃねえよ」



ウキョウの凄味を効かせた怒声に、思わず身を竦ませた。背が高く、身長差のある私とウキョウでは、必然的に私が彼から見下ろされる形になる。それに…狂気を孕んだ冷たい彼の目も、恐い。ビクビクと明らかに怯えている私の反応を冷たい目で見下していたウキョウが、ニタリと…今度は笑みを浮かべた。



「それとも、お前もあの女と同じ様に殺してやろうか?どうせまた次の世界で会うんだろうしよぉ?」



これは本格的に不味いかも…。そう思った時には、既に世界は反転していて。背中に鈍い痛みが走った直後、締め付けによって急激に気道が狭められるのを感じた。何とか目を開けると、予測通り、ウキョウに馬乗りされて首を絞められていた。



『ウ…キョ……!?』

「お望み道理、教えてやるよ。オレが味わってきた死って経験をよお」

『……っ!!』

「お前も一度位死を味わってみりゃ、少しはオレの本当の苦しみも分かるかもなぁ。あの女と違って、お前には記憶が引き継がれるんだからよお」



ウキョウの、本当の苦しみ…。確かに、私にウキョウの全てが理解出来る筈がない。私とウキョウは別人なのだから、考え方も価値観も、痛みの感じ方だって異なる。全てを把握するのは、当然不可能だ。

けど……相手がどんな気持ちなのか、考える事は出来る。

狂気を走らせた翡翠の瞳を見上げると、そこには苦痛に表情を歪める私が映っていた。…死ぬ前の私って、いつもこんな顔をしているのか。



『…嫌、だ……』

「あ?いまさら死ぬのが恐くなったか?だが、オレはもっと苦しくて恐い死に方も知ってるぜ?…何なら、お前にも選ばせてやろうか」



首を締め付けていた片方が外され、圧迫が弱まった事で少しだけ呼吸が楽になった。その隙に荒い呼吸を繰り返して、咳き込みながらも、足りなくなっていた酸素を必死に取り込む。そうして僅かに呼吸が落ち着き始めた時……視界の端で、銀色の何かがギラリと光を霞めた。光を目で追うと、その正体はウキョウが持つサバイバルナイフだった。



「このまま首を絞められて死ぬか、ナイフで刺されて死ぬか」



どっちがいい…?ウキョウからそう問われたので、酸素が足りないせいか、いまいち思考が回らない頭で私は考える。絞殺か、刺殺か、私が選ぶなら…



『…刺殺の方が、いい…けど……そのサバイバルナイフは…嫌い、だなぁ…』

「……何?」



今、ウキョウが持っているのは、小型のサバイバルナイフだ。一思いに頚動脈を切り裂いて貰えるならいい。けど、アレで急所以外を刺された場合は最悪だ。アレ、小型だから刺し傷が小さくて、死ぬまでに時間も掛かりやすいんだよね…。特に、ナイフで何度も、何ヶ所も自分で刺した時はかなり痛かったなぁ。

いつだったか…ウキョウが私の護身用にと、同種のサバイバルナイフを渡してきた時があった。その後、どうやらウキョウはまた自殺したらしく、私にも強制自殺を迫られた。自分の意思とは無関係に、ポケットに入っていた護身用のサバイバルナイフが取り出され、自身を切腹しようとした。あの時はまだ自殺に慣れておらず、死にたくなくて、無我夢中で自分自身に抵抗した。その結果、急所を外す事には成功した。すぐさま刺さったナイフを抜いて、もう一度急所に刺そうとしたから、もう一度抵抗して、再度急所を外した。焼ける様な痛みに耐えながら、何度も何度も、必死になって急所を外しまくって………ついに、私の手から、握っていられなくなったナイフが溢れ落ちた。全て致命傷を避けてやったぞ!ザマァみろ!って思ったけど、ふと正気に返ったら、私の腹部が悲惨な事になっている事に漸く気付いた。確かに致命傷になる一撃は回避したけど……これだけズタズタに引き裂けば、結果は同じだった。むしろ、無駄に苦痛を長引かせただけだった。

いっそ、最期まで気が狂っていたら良かったのに……何故正気に返ってしまったのか。あまりの苦痛に頚動脈を掻き切りたいと思っても、既にこの時点で体に力が入らず、できなかった。焼ける様な痛みにのたうち回り、出血多量でじわじわと冷えていく体に絶望しながら、ひたすら死ぬのを待った。トラウマ死因ワースト3には確実にランクインする失敗談だ。

何やら困惑した表情を浮かべているウキョウと、鈍く光るナイフをボンヤリと見上げながら、思わず自嘲する。嫌過ぎる走馬灯だ…とか考えてしまっている私に、抵抗して逃げるという選択肢は無い。

死から逃げようとするのは無駄な抵抗であり、むしろ無駄に苦痛を味わうだけだと……今迄の経験から、私は既に諦めていた。



『…短刀で惨殺される位なら、やっぱり、絞殺の方がいいかな……個人的に、息が出来ない状態って、アレはアレで別のトラウマが蘇るから嫌いなんだけど…』

「…トラウマだと?」

『あの神社の古井戸だよ』



あそこの井戸に落ちた時は、本当に最悪だった。全身擦り傷だらけになるし、沈まないように足掻けば手は血だらけになって余計に滑るし、おまけに爪は剥がれるし……痛みと恐怖の果てには、ひどい悪臭のヘドロに塗れて溺死するとかさ、悲惨過ぎるでしょ。しかも普通にありえない落ち方で落ちたし。これもトラウマ死因ワースト3に入るよ確実に。



『どうにも相性が悪いみたいで、無駄にフラッシュバックしやすいんだよ……特にあの悪臭』

「……じゃあ、何ならいいんだよ?」

『うーん…溺死と焼死はまず無いなぁ。…生きながら焼かれ死ぬのも最悪だったし……あ。鉄骨がいいかも』

「鉄、骨…」

『鉄骨だとほぼ即死で痛くないからいいよね。あ、でもどうせなら飛び降りの方が良いかも。アレも即死出来るし、何よりあの空中落下は慣れてくると、ちょっと、楽しいし……うん。結構好きかも?』

「お前…何、で……」



一度も死んだ事の無い筈のお前が、何でそんな事まで知っているんだ。ウキョウの顔には、そんな疑問が有り在りと浮かんでいた。そんな困惑を隠せないでいるウキョウの顔を見上げてたら、なんだか可笑しくてちょっと笑ってしまった。あぁ…やっぱり、彼はウキョウだ。動揺の仕方が、ウキョウと同じだ。



「まさか、お前も…」

『…うん。私もウキョウと同じ数だけ、死の経験をしてきてるよ』

ーーーーーーーーーー
傷口を抉る(物理)。笑


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -