コミカルマーチ


「疲れた…もう無理…」

「ふふ、お疲れ様です」



パタリと机に倒れ伏したサクを見て、スイレンは処理済みの書類を揃えながらクスリと苦笑した。



「今日はいつもより早く片付けられましたね」

「我ながら珍しくも、ちょっと頑張ったからね。その分力尽きちゃった訳だけど…」



書類を片付け終え、そのまま束の間のティータイムと洒落込む二人。この後も互いに仕事がまだ残っているが、時に休憩は必要だという導師サクの主張により、仕事の合間によく設けられる休息の時間である。他愛ない会話をしていた二人だったが、スイレンはふと先程からサクが自分の服を凝視している事に気付いた。



「…?私の服に何か付いてますか?」

「え?あー、違う違う。そうじゃなくって、スイレンの服、可愛いなぁーと思って」



スイレンが可愛いから余計に可愛いんだよねーと、サクは心の中で呟く。断じて変態ではありませんよ!



「サク様は本当に教団の団服のデザインがお好きですね」

「うん。守護役の衣装も可愛いけど、黒でシックな感じも良いよねー」

「有り難う御座います。私はサク様の法衣も可愛いと思いますよ」



そう言えば以前、アッシュの特務師団の紋章が可愛いとも言って怒らせてたな…なんて事を思い出しながら紅茶を一口飲んでいたら、急にサクがガタンッと椅子から立ち上がった。何事かと驚いて彼女の顔を見上げると、サクは何やらキラキラと瞳を輝かせている。



「ねね、一回服を交換してみようよ!」



サクからの提案もとい思い付き発言に、スイレンは暫し思案する。導師サクの反応から見て、純粋な好奇心と見て間違いなさそうだ。お忍び用とはいえ、守護役の団服を隠し持っていたりする位なので、スイレンの団服にも純粋に興味があるのだろう。本来なら承諾しかねる提案ではあるが、可愛らしい我が儘とも取れなくもない。導師故に日々公務に追われ、何かと自由のない生活を強いられている事を思うと、確かに同情をしてしまう所もある。そんな彼女を気遣い、時には我が儘を聞いてあげる事は少なく無かった。その都度「レンはサクを甘やかし過ぎ」と、守護役兼同僚な彼に怒られるのだが…。



「……駄目?」

「…仕方ありませんね。今回だけですよ?」

「…!ありがとうスイレン!!」



少しだけなら…と、サクの懇願に折れたスイレンが了承すると、サクはより一層瞳を輝かせたのであった。実は断られたら必殺ハニーフラッシュをかまそうとまでしていたとは、口が裂けても言えないサクである。




「第七師団師団長、ユリア・フェンデ奏士です!な〜んちゃって〜」



互いの服を交換し、鏡を前にしてくるくると無邪気に回るサクは楽しそうだ。スイレン自身もいざ法衣を着てみたが……案外、悪くないかもしれない。スイレンとて女の子。普段は軍人であるが故に感情を殺す事が多いが、勿論お洒落にも興味はある。導師サク自らデザインのアレンジを考案したという彼女の法衣は、スカートになっていて女の子らしく、可愛らしい印象を受ける。スイレンも思わず頬を緩めさせ掛けた所で、次にサクが溢した不穏な呟きに、ピシリと硬直する。



「う〜ん。遠目に見れば、私とスイレンの見分けは付かなさそうだよね〜…」



スイレンとサクの様な黒髪黒瞳は、オールドラントではかなり珍しい容姿だった。さらに、二人の背格好も何気によく似ていて。しいて大きな違いを上げるなら、片方は落ち着いているのと、片方には落ち着きがない所だろうか。勿論前者がスイレンで、後者はサクである。

そこまで考えが至ると、流石にスイレンも嫌な予感がしてくる。



「よし、思い立ったが吉日!早速調査してみよう!」

「いやいや普通に駄目ですから…って、サク様!?」



動揺から生まれたスイレンの一瞬の隙を突き、サクは廊下へと姿を消した。スイレンも慌てて廊下に飛び出すも、既にそこに彼女の姿は無かった。こんな時に限って、彼女の逃走スキルは神懸かった奇跡を発揮してくれるのだ。

衣装を交換した事は失態だったと気付いたスイレンは、内心頭を抱えた。この導師様は、時々こういった奇想天外な事をやらかしてくれる為、その度シンクやスイレンが始末書を書く羽目になるのだが…。取り敢えず、今はそんな事を嘆いている場合ではない。スイレンにもサクにも、この後まだまだ仕事が残っているのだ。兎に角直ぐにサク様を捕獲しないと…ああ、でもその前にこの恰好のまま出歩くのは流石に不味いから、せめて守護役の団服の方を借りて着替えさせてもら…



「おお、ちょうど良かった。サク様、マルクトからの賓客がお見えになられましたぞ」

「え!?(モース様!)」



後ろから話し掛けられ、スイレンは反射的に振り返るなり内心絶句する。タイミングの悪い事に、しかもよりにもよって、嫌な相手と出合わせてしまったものである。



「その、私は…」

「さあお急ぎ下さい!予定より早いですが、もう準備は整っておりますが故に」

「(ちょ…嘘!?)」



スイレンに有無を言わさず、モースの傍で控えていた神託の盾兵に両脇をガッチリと固められてしまった。え?まさかモース様、気付いていらっしゃらないの…!?勿論、たかだか一介の兵士に過ぎない彼らを振り切る事はスイレンには容易い。しかし、今目の前にいる相手は腐っても上司だ。さらに導師サクが替え玉をして逃げたと彼らに知られれば、導師サクに対する心象は悪くなってしまう。そうでなくても導師派と大詠師派の両派閥から敵視されている面もあるというのに、もしバレようものならさらに厳しい立場に追い込まれる事になるかもしれない。サクの為にも、引いては彼女を護衛する第七師団の為にも、それだけは避けたい所だ。



「(サク様……後で覚えておいてくださいね…っ)」



ちなみに導師サクのやんちゃに彼女が振り回されたのは、後にも先にもこの事件だけである。


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