レプリカメリル
私は、お父さんの娘の代わりに造られたレプリカ。私を作った男から、そう教えられた。
でも……お父さんは私を見てはくれなかった。写真の中の被験者メリルしか…愛していなかったから。
キムラスカに奪われても、自分に娘はもういないって言葉で否定してても……お父さんの心には、いつもお母さんと被験者メリルしか、いなかった…。
ポタポタ、と零れ落ちた滴が床を濡らした。うつ向いたままの彼女は、弱々しく言の葉を紬ぐ。
『ズルいよ…被験者はズルい。キムラスカの国王っていう父がいながら、私のお父さんまで…自分の父だって言って……』
「私、は…」
『聞きたくない!被験者の戯れ言なんて!!』
先程迄の消え入りそうな雰囲気は一変し、ナタリアに向ける彼女の目は、激しい憎悪に燃えていた。あまりの豹変振りに気をされ、ビクリと肩を震わせたナタリアは、思わず後ずさった。同時に、自分が何を言っても無駄である事を悟った。
嫉妬に狂った哀れな人形は、もう既に壊れてしまっていたのだ。
レプリカの彼女は、父と同じ武器を取り出した。父が持つ大鎌よりも、彼女の華奢な体格に合った細身の鎌を。その刃の切っ先を、彼女はナタリアへと向けた。
『偽姫ナタリア。私は貴女を殺す。そして、お父さんの娘になるんだ』
愛惜し気に、彼女は恍惚と、空を見詰める。自分だけに笑い掛けてくれる父の姿を。広い胸に抱き締められる自分の姿を。父親が娘に向ける、そんな優しくてあたたかい愛情を。彼女は欲し、想い描く。
『メリルは私一人で十分……だから、偽姫ナタリアなんていらない。被験者メリルなんて……っ!』
一度で良いから、あの人の事をお父さんと呼んでみたかった。私の事をメリルって、呼んで欲しかった。同じ神託の盾に所属する上司と部下という関係じゃなくて、親子という関係が、欲しかった。
いつか、そんな日が来る事を夢見てた。
でも……本当は分かってもいたんだ。それは叶わない夢だって事を。
だって、お父さんは私がメリルのレプリカだって事を……知らないんだもの。私を造ったあの男……ヴァンから、時が来る迄はまだ、秘密にしていなければいけないと、口止めをされていたから。
それに、そもそもね、やっぱり私はレプリカだから。被験者の代わりにはなれても、被験者にはなれないから。
『……っ…カハッ、』
込み上げてきた物を吐くと、それは赤い自分の血だった。可笑しいな。偽姫ナタリアを殺そうとした筈なのに。逆に私が刺されてるなんて。
驚愕の表情を浮かべて固まっているナタリアから視線を胸元に落とした。鈍く煌めく、槍の先は血に濡れていて。背中から貫かれた槍は、ネクロマンサーの物だった。ああ、過去に犯した愚かな罪の象徴である私が目障りだったのかな?自分の手で葬り去りたかったのかな?貴方にとっても私という存在は、目障りでしかないものね。
胸から槍を抜かれると同時に、ドサリ…と崩折れる様にして、私はその場に倒れた。私を中心に血溜まりが広がり、光に融けて消えていく。音素に還ってゆく。
死する時には音素に還り、跡には何も残らない。レプリカの末路。しかしそれは、酷く美しい物だと、彼女は思った。お母さんが死んだ時の様に、お父さんが悲しまない事が、父を愛する彼女にとって唯一の救いであり……悲しい絶望でもあった。
「あ…っ……」
パシンッ
『同情、しないで……』
我に返った偽姫ナタリアが、その場にしゃがみ込んで私に手を伸ばそうとしてきたから、私は叩き払ってやった。
悔しい。悔しい。悔しい。悔しい。悔しい!こんな被験者に負けるなんて。お父さんに鍛えて貰った、私が負けるなんて。最期まで、お父さんに愛されずに死ぬなんて。
『…お父…さ……』
アブソーブゲートの最奥……この先にいる筈の父へと手を伸ばすも、もうその指先は消え始めていて。この手も、私の声も、もうあの人には二度と届かない事を知った。
一人で死ぬのが寂しくて、最期まで愛して貰えなかった事が悲しくて、涙が込み上げてきたその時。
ポタリ、と頬に冷たい何かが落ちてきた。
……何故、あんたが泣くのよ。私に勝った、被験者の貴女が。そう言ってやりたいのに、もう声すら出やしない。偽善者め。そうやって良い子ぶっちゃって。本当に感じ悪い、被験者ね。
私と同じ姿、同じ形、同じ声なのに………私と違って、貴女は綺麗な心で。お父さんやキムラスカの王、仲間や国民からも、愛されて。
私が欲しかったモノを……全部、全部持っていて。
最期に私は目を閉じて、全身の力を抜いた。もう、痛みすら感じない。身体の感覚も、いつの間にか消えていた。
……もういいや。なんだか、疲れちゃったし。愛される事を望むのも、被験者や世界を憎む事も、生かされる事も。なにもかも。
そうして、レプリカの彼女は最も忌み嫌い、憎んだ被験者の腕の中で、消えていった。彼女の被験者の綺麗な心に、自身が生きた証を刻み込んで。
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