あの日以来伸ばしていた髪を切り、あまり着ない私服に袖を通して町に出た。

使い慣れた青いテニスバックではなく、新しいよりラケットの入る白いテニスバックにラケットと勉強道具、テニス用具などをつめ、そして中学2年生の海外遠征時に使ったスーツケースを転がして家をでる。


スーツケースの中にあるのは、必要最低限なもの、そして新しく送られてきた白いジャージをしまった。

あそこについても、レギュラーに選ばれようとは思いません。私は、ただ・・・首に掛かる二つの銀色をぎゅぅっと握り締める。

いま、私がほしいのは考える時間。

傷を癒して「彼」を忘れる時間がほしい。


ゴロゴロとスーツケースを転がして使い慣れない駅を歩いていく。
いつもはこの時間に使うことはないからどれぐらいヒトがいるかとは思ったががらんっとしたホームで目的のヒトはすぐに見つかってほっとした。


『お久しぶりです、徳川さん』


U-17以外の服を着て、ホームのベンチで本を読んでいた彼に声をかける。
そうすれば彼は腕時計を確認して、そして私を見てぽつりと「15分ほど早いな」と告げた。



『これからお世話になるのに、私が遅れるわけには行かないじゃないですか、けれど、お待たせしてしまったみたいですね、申し訳ありません』


いつもどうり頭を下げるとチャリっと首にかかっている指輪がぶつかって音をたてる。
しまっておいたにも関わらず、重力にしたがって顔を出したそれに、少しの寂しさを覚えてしまったが、これを投げ捨てられるようになるまでに時間はきっといらないだろう。


「別に構わない。」


けれど、彼はそれを気にすることなくそう言って本を閉じると、テニスバックにしまい、私のスーツケースを奪った

それにぎょっとしたが、「お前は淑女と呼ばれているそうだな、なら俺は今だけ紳士になってやろう」といった。
きょとんっと突然の言葉に『すいません』と苦笑いしてその好意に甘えてしまうことにした。




「柳生、」
『はい?』


今日は日曜にもかかわらず、やはり少し朝早い時間だからかすいている電車内。

見慣れない風景に、少々童心にもどり、窓の外を凝視していれば、彼は私を呼んだ。きょとんとしつつ彼のほうを見れば「次で降りるぞ」といわれて首をかしげる。ちらり、と場所を見ればまだ目的の乗り換え駅よりも手前だ。けれど「少しよりたいところがある」と言われたので、頷いた。電車がホームに到着する。

おりて、そして歩き出せば終始無言。
何かを考えている彼の邪魔をしないように、2歩後ろを歩いていて、苦笑いをこぼしてしまった。
これは、もう私のクセになってしまっていますね。けれど、耳に届いた音。私たちの聞きなれた音に根源を見れば、テニスコート

コートを囲むフェンスのなかにいた人たちに固まってしまったのは仕方ないのか。



『大和さんに・・・鬼さん・・・入江さんまで・・・』



元U-17メンバーの彼ら。大和さんは現在はテニススクールの教員をしていると雑誌かなにかで読んだが、あと二人は今はプロテニスの世界で活躍しているのに、 何故…


「ほう・・・お前、去年の」
「おや、君でしたか、お久しぶりです、元気そうですね、秘歌理さん」
『はい、ご無沙汰しております。』


そうすれば「堅苦しくしないで、もっと気軽にしなよ」と入江さんに言われた。


『何故・・・皆さんはここへ?』


そして私が質問を投げかければ彼らの視線はまっすぐ徳川さんへ向かった。
視線を彼に向ければ体はそのまま、視線だけが横に流れている。


「徳川君があわせたい子が居るからきてくださいって連絡をくれてね。興味があったからきたけどよかったよ。また君に会えるなんてね、四天王、秘歌理さん」


きっと、徳川さんが彼らに送った内容はだいたいおんなじようなものなのだろう。けれど告げられた誇称に少し胸が痛い。


「ですが、その様子だとあなたは・・・」
『はい、私は立海大附属「中学」の代表としてU-17に入らせていただきます。』


それをごまかすように、私は頷いた。間違いではないから


「なるほど・・・だから俺らをよんだってわけか」
「甘くなりましたね、徳川君」


でも、彼らの言いたいことは分からなかった
けれど、彼らはラケットを持って笑っている


「試合をしようか。手加減はいらないよ、秘歌理さん」


元仲間達の思い


すこしだけ、私に逃げる時間をください
手に持ったケータイは・・・

すでに不要と知りながらどうしても、すがってしまう。
そう、結局私は弱い



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