その愛情は期限切れです、更新しますか?

『よかったんですか、せっかくの映像化の機会を蹴ってしまって。』
「別に他人に演じさせるためにもともと書いた訳ではないからな。」


彼が「瀬音」と名付けたその物語は俗にいう大ヒットだった。
もとが戦国時代との連鎖ということもありオファーの話も来たのだが彼が出した答えは否。
そもそもが、半分は彼女との実話から生まれたものだから自分的には本にする気もなかった。六郎と連絡がとれなかったときの最終手段として書いていた気持ちもある。ただ十蔵から「もともと次回作で出すものも決まってなかったんですから腹をくくってください」と提出を求められた。
今思えば恥ずかしい限りであるが、さりげなく六郎の手元にあるのに嬉しさがあった。


「ところで、儂からプレゼントだ。」


それもあって決めたこともあった。
何もかもが突然だと怒られそうだが、未開封のそれをおいてあるテーブルを指差せば彼女の目の前に現れたのは着物
『これは?』と首をかしげた六郎に「ひとりで着れぬなら着せてやるぞ」と彼は悪く笑うものだからにっこりと笑ってしまったのはきっと悪くない。

そのままあれよあれよというまに白に桜をちりばめたその着物に着替えてしまえば、それを見てにっと笑い、幸村はそのままあの頃よりも伸びた髪に手を伸ばした。


『幸村さん?』
「こっちを向くな、前を向いていろ。手元が狂う。」


伸びたといっても肩につくかつかないかだ。
耳から横に少しとりそこに何かを下げたらしい。しゃらりと音がしてあぁ髪留めかと思った。


「よし、ゆくぞ」
『行くって、どこにです?』


仕事は確かに終わっている。
ならば彼にとっては自由行動と言うべきなのだろうが、不思議そうにする六郎に彼は子供っぽく笑うと「なに、お前の知り合いのところだ」と彼女に告げた





何ゆえ、と思ってしまうのはきっと仕方がない。そのまま半蔵に借りたという車で約3時間ほど。
途中で眠ってしまったゆえに時間の感覚はおおよそないのだが、潮の香りで目が覚めた。


「おきたか。」
『すいません。私』
「なに、疲れてるのをつれてきたのは儂だ。気にするな。」


出発したのがやつ時に近かったため、今の空は茜の色に染まっている。それは海に反射して、一面が日によって色を変えていた。
それがまるで赤映えにみえたのは六郎だけではないだろう。


「お前を失った後、こうしてよく海を見ていたものでな、ちと思い出して来たくなった。」


それは、いくつかの世界の中のひとつである、彼が生きた伝承。六郎が読んだことがある、一番信じていた真田幸村生存説のひとつだ。

大坂夏の陣で戦死したのは実は幸村の影武者で、本人は豊臣秀頼とともに西国に渡り時を経て、宗教の力のもと最期まで戦ったという伝承。さすがに、そこまでは信じていなかったが西国で協力してくれるのは島津や毛利だった、あそこには海がある。


「こうして、染まる海を、お前と何度見たいと思ったことか。」


彼の瞳には、いったいいつが写っているのだろうか。じっと少し高い位置にあるその顔を見上げて、そのまま、また境界線をぼやけさせるその風景に視線を戻した。


「あのころは、いろいろと見たいものがたくさんあったものだが、せわしなく、騒がしかったからな」
『そうですね。いまでも上田の桜はあのころのままだったら一番なのですが。』
「そうだな。時期が来れば行ってみるか。」
『はい。幸村さんが望むなら。』


彼をだらしないと罵倒した。なぜ泥にまみれるのかと文句を言った。そのときに、彼が言った言葉は今でもよく覚えている。
なによりも、彼はたくさんの生きているものをみたかったのだろうと、今ならばわかる。

あの戦乱の世は、悲しいことが多すぎた。


「ところで、だ」
『はい?』
「お前、平然としているが、わかっているのか?」


流し目で、幸村がこちらを見た。
不思議そうにその瞳を見返せば、そこにいるのは彼が贈ったものを身に着ける自分だ。
だからなんだと、と、固まってしまう。


「まぁ、あのころはお前は心底、女らしくなかったから知らないのも無理はないか。」


「目を閉じろ。」と彼の口元が上がった。
否というほど、信頼を置いていないわけではない。視界を黒で閉ざせば、唇に触れる何か。それは、同じ場所の感触ではないということはわかったが、まるで「塗る」ように動いて、「いいぞ」と彼はいう。


「やはり、お前には赤がよく似合う。」


近距離で、唇をなでられる。
壊れ物を扱うように、そのまま顎を上げられれば六郎の目はまた自然と閉じた。
影が重なれば、そういえばと思い出すのは、あのころ女中たちが大騒ぎしていたことだ。


『・・・紅を送ってくださったということは口付けがしたかったんですか?』
「なんだ、知っていたのか」
『いえ、ふと、昔女中が言っていたことを思い出しまして。』


六郎の唇から移った色が、幸村の唇にある。たしか、紅は「口吸いをしたい」という意思表示だったんじゃないかといまさらながらに思う。だが日常で隙あらば迫ってくる彼にしては今さらだ。


「なら簪と着物はわかるか?服、と考えれば簡単かもしれんが」
『・・脱がせたいっていうことですか。考えてることが破廉恥ですよ』


服は西洋でも有名だ。
男性から女性へと贈られたドレスはそれをきたお前を脱がしたいという意思表示。怪訝そうに幸村を見る六郎に彼らしく笑うと「確かにお前を脱がしたいとは思うが、簪をふくめて意味があるんだ」と告げる。

そこは戦国時代でもそういうことをしていたからか、それとも作家として調べていたから知っていることなのか、そこはまた意味合いが異なってくるだろうが、するりと六郎の頭をなでるように簪を抜けばそれは着物によく似た大輪の花を咲かせていた。


『簪は、武器にもなりますから、お前の身を守りたい、とかですか』
「近からず遠からずだな。簪はお前の髪を乱したいって意味もある。」
『結局貴方の頭はそういう方向にいくんですね』
「まぁ、最後まで聞け、六郎」



するりとそのまま彼女の顔を両の手でやさしく包み、視線を合わせる。
もともとそらせる気はないらしいが、それでも、とまっすぐその二色の宝石を見つめた。


「簪と、着物と、それから紅。それらを女性に贈る意味はな、「お前のすべてが欲しい」という意味だ。」
『・・・若、それは』
「だいぶ遅くはなったが、今度こそ、ともに歩んでくれぬか。六郎」


彼の呼び名が戻ってしまったのは、その姿が一瞬、過去のそれに見えたからだ。
静かに目を見開いてしまったのだが、そのままかすんでいく視界に、あぁ、あのころに比べてずいぶんと感情が豊かになったものだと思ってしまう。


「泣くほど、嫌か?」
『ちが、います。私、だって』
「お前が口うるさいのも、素直でないのも、面倒くさいのも、何より愛しいのも全部ひっくるめていい加減儂によこせばいいだろう?」


かすんでいくのに、彼の顔がはっきり見える。
きゅっとくちをかんでしまえば「どんなお前も、儂は愛しているぞ」と柔らかな笑みを浮かべていて、また涙が零れ落ちた。


『そんなの、ずるいではありませんか。』
「ずるい?そうか」
『っあなたの、そういう自分勝手なところも、傲慢なところも、全部、全部、ずるい、でも・・・っ』
「うん?」
『そんな、貴方と、ともにいたいと思う私は、おかしいでしょうかっ』


思い起こせばあのころから彼はずっといろいろなことに翻弄されて生きてきたのだ。
それをよく見て知っていた

もしも、彼の兄が豊臣につき、彼が徳川についたのなら。
もしも、己が彼ではなく、彼の兄についたなら。
もしも、もしも、もしも。

そんな考えが幾度となくめぐって苦しくなる。
もう涙は止められなかった。そんな六郎を見かねて、幸村はその体を腕の中に収める。
他のものが、このきれいな涙を見ないように。独占するように。


「奇遇だな。儂もだ。」





−−−その愛情は期限切れです、更新しますか?





乱世においてきたその愛はもういらない。
今を生きることが、なによりの愛であり、あなたのそばにいることがなによりの幸せであるのだから。






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