07


体の奥がぞわぞわする。そんなあいまいな感覚が、体の軸をうねって逃げ出そうとする。


『っはぁああ!!!』


重心を傾けて大太刀を振るう。
隙は多いとわかっている。けれど、うかつに私の間合いに入ってこようなら問答無用で斬り伏せる。それが、私の戦い方。

黒を散らせて、赤を混ぜて。
景色が変わっていく。たくさんの色が混ざって黒に染まっていく私が知っているより、ずっとずっといびつで、複雑で、淀んだ…。


『あぁ、私は…』


長い衣が、邪魔だ。脱ぎ去った羽織が泥にまみれた。それでいい、私は最初から泥にまみれて生きる運命だった。そもそも、外に出てはいけない鬼子だった。


「その首、頂戴する!!!」
『…笑止。』
「うぎゃぁあああ!!!」


まっすぐに向けられた殺意を殺意で返す。私が持っているものが大太刀だけだと勘違いをしたのが運のつき。放った棒手裏剣が敵の首を突く。絶叫と共に上がる血しぶきに、目を細め、浴びぬように大太刀を薙いだ。

あぁ、でも、これじゃない。私の本来の獲物は、これじゃない。
滾らない。心が、飢えている。これは、なんだ。


『っあぁ、わからない…』


目の前がにじむ。私は、こんなことを望んでいない。私は何を望んでいるんだ。何を、望んでいたんだ。

私が、望んでいたのはあの方の夢だった。あの方の希望だった。だんだんと薄暗くなっていく空は、私の望みじゃない。


『いや、だ…』


ぽつりと、意図しない言葉が口からこぼれおちる。心が悲鳴を上げている。視界がぼやけて、晴れてを繰り返す。
私は、私は、私は…っ


『助けて、助けて…っ』


羽織を脱いだからこそ、わずかに見える。肩の醜い色。死にたくない、生きていたい。ただそれだけだったのに、大切なものをたくさん壊してしまった私の、業。
この業を持つのに、助けてなぞ、いえるわけがない。

力が抜けて、地面に崩れ落ちてしまう。びちゃりと誰ともわからない人間の液体の中に膝をついてしまった。気持ちが悪い。
けれど、これを作り上げたのは私だ。
私が、殺した。


『私が…っ』


今まで曇っていた何かが晴れていく。これは、なんなのか。
むせ返る血の匂い。鉄の匂い。鮮明になる断末魔、仲間を呼ぶ切なげな声、「殺さないでくれ」と叫ぶ悲鳴、「殺せ」とあざ笑う命令。こんな、いびつな…っ


『…これは、違う。 秀吉様も、半兵衛様も…「お館様」も「佐助」も…「あの人」も…のぞんだことじゃ、ない…』


背後で光が瞬いた。何事だと、振り返れば空に龍がいる。
蒼い、片目の龍が。


『…藤次郎…様…?』


ぽつりと、名がこぼれる。
懐で、右目といわれた男が私に寄越した懐刀がわずかに音を立てた。


---そう、かれはわたしがあいしたいっぴきのりゅうおう。


記憶の中で花が咲く。鈍い音を立てて、封じられていた戸が開いていく。黒い炎の中に紅が混じり、溶けていく。



太陽が黒に覆われて、空に十字を切り、美しき彼の竜と同じ色の空が夜に変わっていった。
けれど…


『…わたし、わたし、それ、がしは…っ』


その消された月に手を伸ばして、背後に迫る黒い手に、彼女は気がつかなかった。


「っお嬢!!!!」


彼女の体が引き寄せられて宙に浮いた。
彼女がもともといたところに、黒い魔の手が獲物を求めるように彼女が武器としていた大太刀に群がる。間一髪といったところだろう。
飛んだまま、呼びだした大型の鴉を使って距離をとる彼は、赤をなびかせる。


「佐助!!」
「…!麒麟様」


死体の多いそこは、まさに恰好の喰い場というにふさわしかった。生きているものの多いところ…先ほどまで政宗と三成が戦っていた場所の近くまで来れば、近くであの手が騒いでいることなど、…いや少したって伝染するように伝わってくるが、それでもまだ静かなほうだった。


『おまえ、お前は…』
「っ…今はいい、とにかくそんなに軽装じゃだめだ。これを着て」
『…赤…お前は武田の武将だろう、私が武田を襲ったことは知っているはずだ。』
「俺様…いや、私より貴女のほうがそれを纏うにふさわしい。だから、」


彼女を下して、彼は己が纏っていた背に武田の家紋を刻む紅い陣羽織を彼女に羽織らせる。そも、彼女の目に彼は覚えのないものだった。それは、態度でわかってしまった。だが、それ以上は言わなかった。
それでも、不安定で消えてしまいそうな彼女を、今この場につなぎとめることが、まず猿飛佐助がしたいことだったのだから。


「…麒麟殿。貴女の武器はとられてしまわれたようですから、これを。」
『私は二槍ももてん。』
「人の心を癒した姫虎の恩恵が宿る槍です、貴女にきっとなじみます。お使いください。」


次いで、彼女の目の前に膝をついたのは鎌之助だった。佐助が武田の「証」を送るのであれば、己は彼女の「志」を送ろう。本来、真田幸が持つべき、朱色の十字槍が二槍。持ち手に六文の刻まれるそれは、間違いなく、「彼女」のためのもの。


「私からはこれを。」
『…貴殿は?』
「私は、海野六郎と申します。 これはかの魔王が討たれし城に遺された紅榴石です。きっと、あなたを導いてくれる」
『…いや、お前は』
「あなたはもう、「自由」になるべきです。貴女をお守りできなかった俺が言えるべきことではありませんが、貴女を愛している人間はひどく多い。それをどうか忘れないでください。」


差し出された深い紅の石は、誰かが嘲笑った彼女の希望が奪われた場所に遺されたものだった。それを、拾い上げたのは、彼女に救われた忍だった。導かれるままに、夜の泉で猿を救い上げた。
きっと、これは



--ひび割れたいしがひとつずつもどっていく。

20190630
紅榴石→ガーネット

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