05


「今ある絆を守り、見知らぬ者と、昨日までとの敵と新たな絆をつなぎ、拡げていこう!さぁ、みんなで金吾の鍋をつつきながら、泰平の世の話をしよう!」


家康が告げる言葉は、間違いなく誰もが望んだ言葉だ。泰平、誰も傷つかず、争いのない世界。
ただ、それが麒麟にとって一番大切なことかどうかとはまた別になるのだろう。香ってくる香ばしい鍋の香りも、集団の人間のざわめきも、心底、彼女にはどうでもいいものだった。
彼の言葉に感化される兵士たちは多い。それは、力がない民であり、大切なものがいるものであり、なによりその言葉を信じたい者たちだからだろう。

伊達陣営より少し離れたところで陣を構える猿飛佐助も、その様子を見ながら、思いにふける。
もしも自分の愛する主かこの場所にいたら、と。
その複雑な表情の変化を背後で六郎と鎌之助が見ていたが、それ以上なにも言わなかった。


「Wait、ちょいと待ちな。」


うまくいっていたかのような話合い、または家康の演説をぶった切ったのは、政宗だ。
彼だって、泰平を望む一人である。それは背後にいる麒麟に少しでも平和な世で生きてほしいからでもあるが、それ以前に、彼には見逃せないたくさんの根拠があった。


「その前にあっちこっち襲っていやがったのは誰なのか、ハッキリさせようじゃねぇか。」


彼は間違いなく民を一番に考える王である。
だからこそ、無条件になんでもかんでも見逃して許容できる優しさは持ち合わせていない。それが何より、己らを守るためのものだからだ。
ざわつき、ざわつき。

それがどこから伝染したのか。
兵が振り返る。つられるように慶次や小十郎、政宗に、家康。すぐに動くそぶりを見せたのは武田だった。

ざわめく中に、呼称が混じる。「石田三成」「凶王」「凶王三成(サンセイ)」それは畏怖を込められた言葉たちだ。


「三成、待っていたぞ。こっちへきて、お前もみんなと話してくれ!」
「…好きにやっていろ、私を巻き込むな。」


家康の態度とは裏腹に、そっけなく返した三成の視線がぐるりと集団をにらみつけている。


「真の絆とは奇跡だ。その歓喜を奪われた悲憤と憎悪は貴様の吐くような綺麗ごとでは決して消えない。それを、最もわかっている者がこの場にはいるだろう。」


三成の言葉に、小十郎の視線が麒麟を映した。
家康がいう「絆」が「信頼」や愛に通じているものならば、彼女が一番関係があることだろう。偉大な師に裏切られ、信頼していた部下に捨てられ、心を壊していった矢先に己の主たる伊達政宗が彼女の新たな主と、己が救ってくれた恩人の命を奪ったのだ。
それ以上の傷を彼女は背負い、狂ってしまったのだろうが。


「いるんだろう、麒麟。 伊達政宗という男が我々から秀吉様と半兵衛様を奪い、あの方たちの夢を打ち砕いたのだ。」


告げられる言葉に、静かに麒麟の瞳が前方で馬に乗る彼に向けられた。
その隣に居る小十郎など、めにいれていない。「姐さん、筆頭は、」と傍らで文七郎が彼女に声をかけるが、よどんだ色をした瞳がまっすぐこちらに向けられた背を見つめている。
一方で、武田の兵たちもそのざわめきを濃くした。彼らは、その名の人物を知っているのだから、あたりまえだろう。


「やはり結託しておったのか!!」


三成の背後から迫りくる元豊臣の軍勢。緩んでいた空気が一瞬にして重苦しいもの、戦場のものへと変貌を遂げた。
つい先ほどまでの穏やかさなど到底ない、鍋の香りは砂煙に紛れてしまった。


瞬間、別方向から矢が降り注ぐ。突然の空中からの攻撃に集中的に攻められた兵たちが倒れていった。
地響きとともに、三成のいる対岸から迫るのは大神輿。巨大な円の鏡を携えたその神輿に乗るのは、知将・毛利元就。
冷ややかな目で兵士達を見下ろす彼は変わらない。


「愚かな、絆など見えない糸にすぎぬ。 人は争えずにおれぬもの、その理にあらがうのは愚者の所業。関ケ原に集いしすべての駒どもよ!見知らぬ顔あらば残らず斬らんと致すがいい!旗が違わばすべて敵ぞ!!」


日の神。天照を沸騰させるその神輿の上で、彼の采配を振る。


「勝ち残りし者が天下人!!これぞ、天下分け目の戦場なり!!」


上がる雄たけび。
瞬間、始まった乱戦に、麒麟の周囲にいた伊達の兵士たちが迎え撃つために刀を抜いて向かっていく。


『勝てば…天下人…あの方が望んだ…』


ゆらりと静かに瞳が揺れる。彼女の瞳に映るのは、誰かの背。
影になり、顔も見えない。けれど、


『私が、舞えば…』


手が、背の刀に伸びた。
迫りくる軍勢に、蒼が乱れる。その中で、すらりと桜の模様の描かれた大太刀が抜かれた。

くるりと、月から背を向けて、目をつぶって、開いた。


『「彼」の邪魔は、させない。さぁ、死に踊れ。』


ふわりと、黒い炎が散った。



20190630

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