02
このままついて来いと、男が言った。
どうするか悩んで、頷く結果になったのは、おそらく前田慶次と名乗った男が「勝負を中断」させたからだろう。
頭の中では、軍にもどらねばと思いつつ、それでも今のあの場所に己がいるべきなのかわからない彼女にとってある意味の追いかけだった。
目的地は美濃は関ケ原。
前田慶次から告げられたいろいろな名前に聞き覚えがある気がしたが、それでも興味がないと思ってしまったのだ。
だが…
『(この男は、みなに好かれ、愛されて、もとめられている…)』
劣等感。それが身に染みてしまったのだ。なぜか、うらやましいと思ったのだ。
だからこそ。
「もっと傍に行かなくていいのかい?」
『…貴殿はいかれればよかろう』
伊達軍が野営を張る、その離れた木の下で彼女は一人でいた。遠巻きにその光景を見ていれば、そばに寄ってきたのは前田慶次だった。
そもそも、蒼の中に黒。石田軍の己には、孤独感が襲う。寂しい。と一言で言えばいいのか。ちらちらと彼女をうかがう伊達軍の視線も気になってしまって仕方がなかった。
口元に布を引き上げて、立てた足を引き寄せる。寒いわけではないのに、心細い。目をつぶれば、苦笑いが聞こえてきた。
「片倉さん。」
だが、近づいてくる足音、とそれから慶次の声に、閉じたばかりの瞳を開けば、見えたのは黄色ではない別の。
ゆるりと視線をあげれば、優しい表情をした龍の右目と呼ばれた音がそこにいた。
「随分変わったな、」
『…?』
そうして、彼もまた、誰かと麒麟を重ねたらしい。瞳を瞬かせれば、彼が懐から出したのは蒼い風呂敷。
「お前にはずいぶん助けられたんだが、俺はお前に何もできやしなかったんだろうな。」
『私は、貴殿を助けてぞおらぬ。』
「…あぁ、」
「だが、俺は助けられたんだ」と彼女の言葉にいなと告げて、その風呂敷を解いていく。
現れるのは黒鞘に龍が描かれた…
『短刀…?』
「あぁ、お前にくれてやる。懐刀だ」
『…私はこれでも、暗器をつかっておりますれば、短刀はいりませぬ』
「そういうな。」
半ば、押し付けられるように渡されて、受け取ったのが運のつきだ。ぽんぽんっと幼子にするように頭を撫でれば、瞳を瞼で覆って、それを感じていた。
「居心地悪いだろうが、ただお前を敵とみて距離をとってるってわけじゃねぇってことはわかってくれ」
『…私は間違いなく石田。敵でございますれば』
「そういってくれるな」
いつの間にか慶次はその場にはいなかった。のだが、ついでといわんばかりに彼女の薄着の上からどこから持ってきたか羽織をかけてやる片倉はある種の紳士か。
「明日は早い。少しでも休んでおけ」
それからそういわれて、また瞬いてから麒麟は頷いた。
手に持った刀が、酷く懐かしくて幸せな気持ちになって、
『…片倉殿。』
「あん?」
『…私は、何か忘れているのですか…』
知りたいとおもってしまう。
この胸が、熱く、なにかを求める意味を
201709
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