01


勝手に動けば怒られるということは知っていた。それでも自然と馬を走らせていたのは、きっと己の何かがそうさせていたのだろう。

それこそ、自分の奥の奥にある、何かが…


『…ぁ』


広い荒野に出てくれば、思わず声が出た。酷く懐かしい気配がしたのだ。体の奥から、誰かが呼んでいる。記憶の中にある、何かが…


『…これは、なんだ…』


馬を降りて、地に足をつける。見覚えがないのに懐かしいと思うのはなぜなのか、彼女にはわからなかったが…。首に巻いた布がひらりと風に靡いて、その風を感じて目を閉じた。自分が求めているのは、なんだったのか…。
ぽつりとつぶやいた言葉は誰にも答えを求めてすらいない。自分が、何を求めているのか…。

己が守るべき人達を喪って、ともに戦っていた徳川家康すら離反して…一つのことを、まっすぐ見る石田三成に己はついてるが…それが果たして、正しいのか…

こつん、っと、乗ってきた愛馬が麒麟の背をついた。瞳を開けば迫って着ていた蒼い軍勢に、ゆるりと麒麟の瞳が細められる。
見たことがあると思ったのは、きっと先日、彼らが戦ったからだ。

蒼の軍勢を率いる彼は、心底、驚いたように一つ目を開いて、馬を走らせて彼女のもとまでやってきている。


「お前…っ」


そうして、馬から飛び降りて麒麟の目の前までくるのだ。光の宿っていない瞳が、彼を捉えているのだが、いかせん、今は何も言われていない。行動を制限されていなければ、命令もされていない。そんな状況だからこそ、近づいてきた彼に、麒麟は二歩、下がるだけだった。


『進路の妨害。申し訳なく、』


馬の手綱を持ち、ただ、それだけを言った。大軍勢の目の前、進路にいたのでは邪魔だろう。正直、よけてくれればと思ったのだが、それをいうなら己がよけてしまおうと、それが考えだった。


「幸っ」


なのに、麒麟を止めたのは彼だった。すでに視界から外して歩み出そうとしていた麒麟の手をとって、彼女の名を言って。


『…誰かと勘違いされているのでは。』
「っ」


あぁ悲しいかな。かつて、自分を「好敵手」だと笑っていた光も、「愚か者」と罵倒した闇もなく、自分を襲ったあの石田三成のような純粋な瞳もなく。
ただその瞳が宿すのは、虚無。


「あぁ、そうかもしれねぇな。」


そんなことを話している間に、すでに彼が率いている軍はすぐそばまで来ていた。馬上からほほに傷のある男が眉間に皺を寄せて麒麟を見ていた。
ちらりとそれをみてから、また彼女は目の前の男に目を向ける。


『…なぜだろうな』
「Ah?」
『この場所が、懐かしい。貴殿の目を見ると、心の奥底から何かが手を伸ばそうとする。』


ぽつりとこぼして、手から逃れるように、また一歩下がった。けれど、その言葉を聞いて、手を離すような男では彼はなかったのもまた事実だ。不思議そうに小首をかしげる麒麟に、心底、後悔しているように表情を崩した彼は、ぐいっと彼女の体を己の腕の中に収める。
きっと、かつてなら「破廉恥!」と拳の一つでも飛んできていただろう。
だが、今は…


『なにか。』


ぼんやりとした瞳だけが、彼を責める。


「Sorry、My Lover」


耳元で、ささやく言葉は聞きなれない南蛮語だった。理解することもなく、おそらく彼も理解させようとはしていない。腕の中から彼女を解放すれば、ぱちぱちと不思議そうに瞬きを繰り返す姿はただの幼子の要だと思った。
そんなことはないのだが。


「俺は奥州筆頭伊達政宗だ。あんた、豊臣の人間だろ。」
『…いかにも』
「ちと、あんたの大将に用がある。目通りするにも俺ぁちと嫌われてる見てぇでな。手伝っちゃくれないか」


名を名乗ったが、反応はしなかった。そんなことする気もないのだが、そういえば「三成殿に?」とはっきり別の男の名をきいて、じりっと胸の奥が焼け焦げた。
己の罪が、己をやいている


「あぁ、だがその前に、」
『?』
「こんなところで、あっちまわなけりゃ…我慢できたんだがな」


彼女の笑顔が見たかった。だがまるで今の彼女は昔の自分だ。刀に手を伸ばせば、後ろから片倉小十郎が彼を呼んだ。


『なんの真似だ。』
「アンタとの大将の戦いってのはな、CoolでもHotでもねぇ…殺し合いだ。」


「ちと、あんたで温めさせろよ」と口元が吊り上がっていた。


振り上げれた軌道に、おいつかないほど彼女は動けないわけではない。柔軟性をいかしてバク転をし距離をとると、背に携えていた大太刀を抜いた。すらりと伸びたそれは、先日武田信玄におられたものとは違う。赤い刃を持ち薄らと桜が咲いているようにすら見える模様は三成から彼女に与えられたものだった。
政宗の口元が吊り上がり、瞳に闘志が宿る。

彼の後ろで、片倉小十郎が「下がれ!」と軍に指示を出していたのは間違いじゃない。

ブワリと、麒麟の大太刀に纏われた黒い炎。そして、政宗の青い稲妻は周囲を圧倒する。


「Ha!アンタ闇の婆娑羅者だったか!」
『興味はない。』


闇が強くなる。大太刀をブンっと勢いよく振り回した麒麟の攻撃を片方で受け、左で攻撃をすれば大太刀に沿うように身を絡ませた回避にそれる。
かつてとは酷く違う戦い方だ。間合いも違う。
以前よりも近くなったそれは若干の違和感を政宗に持たせるが、合間合間に、絡む視線は変わらない。

両の手で攻撃を加える己と違い、かつては二槍を構えていた手は片手で大太刀をさらりと流す。細腕とは思えないほどのそれは、おそらく体の使い方のバランスが等しくいいのだろう。それは麒麟の天性の才だ。

くるりくるりと舞うように繰り出される攻撃は激しさもあるが、首元の布を舞わせては魅了する。
ぐつぐつと腹の奥から湧き上がってくるそれは、


「っ!」


楽しさだ。
空中へと舞い上がり、それでも攻撃の手はやまない。


『っは!』


キンっと、金属が音を奏でる。息を吐きだした、彼女の瞳に灯る赤を確かに政宗はとらえた。
攻撃が相まってお互いが反動で距離が空く。だが、足に力を込めて、互いに飛び出しーーーーー。

家紋を携えた、守り袋が揺れた。
ギンっと鈍い音。黒と蒼にまみれた銀を輝かせる超剣。


『…貴様。』
「っなんのつもりだ、風来坊!」


大太刀と、六爪と。その間に割り込む超剣に彼らの表情がゆがむ。だが、怒りに震えていたらしいのは、乱入してきた彼もだったらしい。


「アンタら、こんなところで何やってんの!天下の一大事だってのに!!!」


地面に突き刺さった武器が抜かれるのと同時に、二人の武器が離れる。
蒼と黒の間に、黄色。
「悪いがてめぇには関係ねぇ」と罵倒する政宗に、「野暮は承知だ」と乱入してきた彼はいった。そうして、その視線は逆側の黒に向く。彼女の瞳はすでに先ほどまでの光はなくなっていて、それは政宗にも確認できた

やっと、久方に彼女と刃を交えられた。ただ、彼の中にあるのはそれだ。


「そこを、どきな!!!!」


標的が麒麟から乱入者へと変わった。








舞うのは桜。
彼女が愛した、上田に咲き誇っていた、桃色の。


『ぁ…』


その花びらを追って、手を伸ばした。あぁ、覚えている。ぽろりと、光のない瞳から涙がこぼれるのは、だれもみなかっただろう。
それでも…ひたりと彼女のほほに張り付いた一枚の花弁が、まるで涙のようだと乱入者が笑って彼女の頬をぬぐった。


20170904

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