薄暗い部屋の中に彼女はいた。

「聞こえる、感じる、 悲しみ、傷み、恨み、呪い…皆、兄様が与えたもの、みんな、市のせい」

つぶやくように懺悔するように言の葉をつづって、何も聞きたくないと両手で耳をふさいでいた。
誰もいないその部屋で、彼女を襲うのは散っていた民の悲鳴か。
怯えるように下を向いて、目を閉じていたのだ。

-----市

けれど彼女の耳に届いた声。
ハッとして顔を上げれば、部屋の薄暗い闇の奥。月の光さえ入らないその奥に、ぼんやりと白が浮かび上がる。
その姿は彼女の良く知るものだった。こぼすように「長政、さま…」と彼の、最愛の人の名をよぶ。

---市、いつまでそこを動かぬつもりだ

けれど彼の口からは悲しいかな、その言葉。

「長政さまも、兄様と同じことを言うのね」

---私は貴様の心のありようを問うている

「市、もう、長政さまのそばにいきたいよ」

本来ならばそこに彼はいない。
けれど彼を見せるのは彼女の幻影か、望みか、それとも彼女の婆娑羅の力によるものか。
願うように、彼のそばに行きたいといった市の言葉に、一瞬、長政は口をつぐんだ、が。


---貴様がそれで「納得」できるなら、魔王の寄越した薙刀でその身を処すがいい。思考の停止こそ、「悪」である。


彼の視線は彼女の足元、鈍く光る二又の薙刀へと向けられる。
もともと守るもの、けれど、望むのであれば、彼女はそれで自ら命を絶てたはずだった。鈍く光れば、戸惑いの瞳を持ったままの市を、刃が写した。けれどそれをしないのは、

---虐げられるを処置で魔王に付き従うのは、何ゆえか いかな武人をもってしても、決して成せぬことを…己には成せるやも知れぬとの思いが、その胸にあるからだろう?ならば、逃げずに目をむけ、信じるのだ。市、そこにまだ人の心の在らんことを…。為せるものは貴様をおいて他にない。」





一つ。市は頷いた。
納得したように、彼はまた闇に溶けていく。

胸の前で握りしめた手を再度握りしめて、一つ息をこぼして、



「兄様を…止める…市にできること…」


これも、戦乱に巻き込まれた一人の女性の、戦いなのだ。


20180826

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