塾の帰り、俺は本でも買っていこうかと不意に思った。
別にワザと居合わせた訳じゃないんだよ。でも家の前を通りかかることは知っていたんだけど。


俺は本屋で前から友人に奨められていた本を買った。
店から出ると此処へ来たときよりも強く土砂降りになった雨。
それを見て無性に、雨で本が濡れないか心配になった。鞄の中に入れようとはしたんだ。だけどそれじゃあ、雨に当たるのは一瞬だけど鞄の中が濡れるよな。そう思い入れるのを止めた。
傘を持っているんだけど何よりいちいち動くのがめんどくさくい。
水溜まりが無い方の道を歩いていると、当然のことながらスネ夫の家の前を通りかかった。本来なら素通りでさっさと家へ帰ってしまえたんだろう。偶然の巡り会わせとでも言うべきだろうか。



「ん、何やって……」



玄関に座り込んでいるスネツグを見つけた。

数秒間その姿を遠くから見てみるけれど、やっぱりそれはスネ夫の弟であるスネツグ以外の何者でもない。
俺は傘を手に持ったまま、勝手に開いていたスネ夫の家に入っていく。
そんな俺に気づきスネツグは顔をゆっくりと上げた。その頃には俺もスネツグの目の前にいるわけで。



「…何やってんの?」



そんなことを聞けば、存在を消す修行だ。なんて馬鹿げてることを言い出す。
それは笑うことすら出来ないほど悲しげに言われた言葉だった。



「まさかその歳になってまで母ちゃんに怒られて落ち込んでんの。」
「ちげえよ!!兄貴に怒られたんだよ……!」



どっちも同じじゃないか。そう思ったのは内緒にしておこう。またガミガミ言われそうだ。
とりあえず俺はスネツグが相当落ち込んでるのがわかり、無言で傘を差してやった。
雨の感触が無くなったのに驚いたのか、再び伏せた顔を上げ俺を見上げる。



「何だよいきなりっ……」
「風邪引くだろ。って言っても、もう遅いか。」



敢えて此処にいる理由はもう聞かず、俺はただスネツグを見ていた。
するとスネツグは突然口を開く。



「俺に傘差しても、それじゃお前が風邪引くだろ。」



まあ確かに。傘をスネツグに差してやっている為俺は雨に当たっている状態だ。



「つまりは?」



何となく言いたいことはわかっていたけど、口で言って欲しくなってそう聞いてみた。



「だ、だから……お前も入れば?」



そう言葉を確認でき、笑いながらスネツグが座っている少し湿った玄関前の段差に腰を掛ける。



「そこに座ったら制服汚れるぞ。」
「しょうがないだろ?スネツグ背低いから立ったままじゃ入らないし。」
「はあ!?」



半分からかってやろうという気持ちと半分本音で言えば、予想通り食いついてきた。
少しと言うより、大部気にしているから余計なのだろう。



「それにしても、ここまでして俺と相々傘したかったのかあ?」
「ち、が、う……!!」



こう憎たらしいことを散々言っているが、本当はこいつ元気にしてやろうとしてんだよ。ああ、本当に



「俺ってつくづく優しい奴……」
「ははっ!どこがだよ……!」



俺が言った一言に、確かにスネツグは笑った。声を出して。



「やっと笑った!」



そんな思いがつい口に出てしまった。そのせいか、スネツグが何か読みとったかのように小さい声で、



「……あ、ありがと。」



恥ずかしがりながらそう言った。

その姿を見て思わず、俺はスネツグの頭を手でポンポンと優しく撫でていた。
当の本人は嫌がることもなくただ口を噤んで膝を抱え込み、頬を赤らめながら俯いていた。


そんな姿がどうしようもなく、俺には可愛く見えてしまうのだ。







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