真面目先輩と宇佐美4


「…………はぁ」
「先輩、ため息つくと幸せが逃げちゃいますよ?」
「誰のせいだと思ってるんだ誰の……」
「さぁ」

ミョウジはまだあの時の事は夢だったのではないかと思っていた。むしろ夢だと思いたかった。あの厠での強烈な事件から数日。事件の首謀者である後輩の宇佐美はミョウジの傍で猫をかぶったように大人しく仕事をしている。

宇佐美は男にしては可愛らしい顔立ちをしているので、すっかり他の先輩看守からはミョウジの後ろについて回る”とても可愛い後輩”の地位を築いていた。

けれどそんな事は当の本人であるミョウジには全く関係ない。むしろ「こいつの本性を知らないからそんな風に思えるのだ」と現在進行形で。

そんな宇佐美とともに今日も今日とて二人で仕事をしなければならない。今日は初めての夜勤だった。


夜勤、とひとくくりに言っても山の中にいくつもある高見張台、中央見張り台、正門前と監視する場所はいくつもある。それらを2時間ごとにぐるぐると回るのだ。

これには仕事に真面目なミョウジでも、毎回すっかり疲れてしまう。今回は特に宇佐美がいるせいで、神経を余計に尖らせていた分身体が重い。

大体初めての夜勤は網走特融のおどろおどろしい雰囲気や、囚人たちの放つオーラで気圧されるのだが終始宇佐美は楽しそうだった。やっぱりコイツはどこかおかしな奴だ、と本日最後の勤務先である正門の見張りを交代して二人で外に出た。

夜勤はひどく疲れるが、仕事を終えてすぐに見上げる夜空はとても綺麗だ。地の果てと言われる網走の空は空気が澄んでいてどこよりも星がよく見える。そんな空をぼうっと見上げながら宿舎に帰っていくのがミョウジの習慣……、なのだが今日はそうもいかなかった。

正門から宿舎まで、監獄を囲うように生い茂る林の傍を二人で並んで歩いているとランプを持つ宇佐美が足を止めた。

真っ暗な中でも夜目が聞くのだからランプがなくても宿舎までは歩いていけるが、恐ろしいほど静かで暗い監獄内でランプがあるのにわざわざ暗闇を歩く必要もない。

そもそも何故宇佐美は足を止めたのだろうか。数歩先を行った所でミョウジは後ろを振り返った。

「……おい、何かあったか?」

あたりには外灯なんて物は一切なく、宇佐美の持つランプだけがあたりをぼんやりと照らす。腰の高さに保たれた光が、宇佐美の身体を暗闇からはっきりと浮かび上がらせ、なんだか不気味だった。

「いやぁ、何かあったと言えばあるような」
「何もないだろ」
「こんな所で二人きりって興奮しません?」
「しない」
「僕はします」
「俺はしない」

ミョウジは光の眩さと上擦った声をあげる宇佐美にこれでもかと言うほど顔を顰めた。光に浮かび上がる奴の身体はそれこそ服の皺ひとつすらくっきりはっきり見せてくれる。特にランプのある腰回りは。パッと見ただけでも興奮しているのが分かる程、宇佐美の軍袴は山なりなのだから文句の一つや二つ、三つや四つ言いたくもなる。事実ミョウジは息継ぎする事なく反射的に拒絶の言葉を投げていた。

「お前本当に兎かよ!いつでもどこでも発情してんじゃねぇ」
「抑えられたら苦労しないですよぉ」
「気合いでやれ!」
「嫌ですぅ。せっかくよくなれるのに、我慢する必要あります?」

ごく当然のように言ってのける宇佐美は、一歩二歩と跳ねるように大股で歩いてミョウジの隣に再び並んだ。気のせいか、いや間違いなく距離が近い。まるでこの前の厠で追い詰められたように間近で見下ろされ、その上弧を描く軍袴が己の腰に当たったような気がしてミョウジは今度こそ後退した。

背後には森が広がっており逃げる足を遮るのはせいぜい適当に生えた木くらいだ。

「お前本当いい加減にしろよ」
「嫌です」
「や、め、ろ」
「だって興奮するんですもん」

宇佐美が一歩近づくと、ミョウジも一歩後ろへ下がる。地面に落ちた葉が踵にあたってざざざと耳障りな音をたてた。靴裏に感じる木の根っこの感覚が今は妙に鬱陶しく感じる。

「ねぇ先輩今日は僕のを手伝って下さいよぅいいでしょ、ねぇ」
「しつこい」

一度も視線をそらす事無くじっとりとこちらを見つめ、とろけたように細めた瞳にはランプの炎が揺らめいている。まるで彼の興奮を具現化したようだ。それはとても綺麗で、一瞬見入ってしまうほどだった。

「逃げられると追いたくなるんですよね」
「クソ野郎だなお前」
「あはは」

そんな戯言を言いながら彼はすぐにハッと気が付いた。宇佐美の背景に今まで二人が傍を歩いていた建物の影が随分と遠くに見える。知らず知らずのうちに森の中に来てしまったらしい。

ミョウジは目の前の宇佐美よりも、森の奥へ来た事に対して少し慌てた。看守には森の中に入ってはいけないなんていう規則はない。そもそも仕事以外で普段森の中に入る必要はないからだ。だと言うのに今やその“普段”から逸脱する行為をしており、その事実が肝を冷やす。

「もう戻るぞ。これ以上奥行ったら熊でも出そうだ」
「そうですかぁ?」

林の中は月明かりも届かず、木々の揺れる音がミョウジの心を余計にざわつかせた。監獄を囲うように生えている森は、昼ならともかく夜は奥に進めば迷子になりそうだし、本当に熊が出そうな雰囲気だった。

なるべく宇佐美に近寄らないよう、じりじりと距離をとりつつ元の道へ戻ろうとすると、またも宇佐美の足がぴたりと止まっている。

「先輩がしてくれないなら僕いきません」
「よし、そのまま熊にでも食われろ」
「そうなったら先輩の監督不行き届きで怒られるの先輩ですよ」

今度はミョウジの足がぴたりと止まった。

「だって先輩僕の教育係ですもんね?僕が熊に食われようと、ここに置いていっても絶対怒られますよ」

門倉部長の信頼もガタ落ちかも〜、とランプの光の中で微笑む宇佐美は今のミョウジにとっては収監されている囚人よりもタチが悪い悪い人間のように見えた。

宇佐美は手に持ったランプの火を守っていたガラスカバーを取ると、露わになった火種にふっと息を吹きかけた。
元々心細かった炎は最初からそこに明かりなどなかったかのように一瞬にして闇夜に溶けて消えてしまう。月明かりも、ランプの光もない。突如として訪れた本当の真っ暗闇に一瞬何も見えなくなった。しかし徐々に夜目がきいてきて、どうにか宇佐美の姿は見て取れる。

「なんで消したんだよ」
「え?明るいと恥ずかしいのかと思って」
「は?」
「僕ってやさしい」
「いやどこが」

何がおかしいのか、クスクス笑いながら最早役にも立たないランプは乱雑に地面に置かれた。ガシャンと金属と地面がぶつかって高い音を鳴らす。火が消えたからと言ってまだ使うんだから大事にしろ、というのはミョウジの台詞である。

だがそれは結局心の中だけに留まった。宇佐美が空いた両手でミョウジの手を握ったかと思えば、自分の逸物を握らせたのだ。突然触れられた手に、触れてしまった熱い塊に、驚いてびくりと大袈裟なほど肩が跳ねる。

「うぇ、」

なんとも情けない声だった。指先に力を入れずとも、布の向こう側で立ち上がっているそれは本当に興奮してる事が分かる。なんでこんな状況で興奮するんだ、とかなんで他人のを触らなきゃならんのだとか大声でわめきたい気分になったが、ミョウジはぐっと大声を飲み込んだ。

いかんせん今は夜なのだ。こんな所で大騒ぎすればあっという間に他の看守がやってくるだろう。

そしてこんな所見られたら俺が確実に勘違いされる…! いろんな意味で絶対絶命だ。

「ね、自分でやるのを他人にやるだけでしょう?」
「全然違うだろ…」
「じゃあ先輩がまたして欲しいんですか?」
「な訳あるか」
「じゃあさっさと僕をいかせてください」
「ていうかお前一人でやればいいだろ。待っててやるからしろよ」
「熊が出るかもしれないじゃないですか?」
「いや俺がやっても同じ「同じならやって下さいよ。それともあの日の事バラされたいんですか?」

周囲には誰もいないというのに、真面目にだけ聞こえるように耳元に唇を寄せてねっとりと囁く宇佐美はやはり悪い男だった。

思い出させるように、ゆっくりとあの厠であった出来事をまるで官能小説の如く事細かく連ねていく。せっかく忘れようとしていたというのに。顔に熱が集まっていくようだ。理性とは真逆に身体は勝手に興奮するものらしい。

ぞくぞく背筋を這いあがってくる“何か“に、ミョウジはいてもたってもいられなくなって地面をこすりながら一歩退いた。その時、

「うわぁッ」

後ろを全く見ていなかったせいで、地表に飛び出た大きな根に気が付かなかった。気づいた時にはミョウジは踵を引っかけて派手に尻もちをついていた。ついでにかぶっていた帽子も地面に転がり落ちる。

地表にはこの森一帯の地面を覆いつくさんばかりに大木の根が迷路のように張り巡らされている。それはここに来るまでにも分かっていたつもりだったのにうっかり失念していた。

「先輩自ら跪いてくれるなんてやる気満々ですね」
「これのどこが跪いてるように見えるんだ」

宇佐美はミョウジが尻もちをついたのをまるで分かっていたかのように、驚きもせず、むしろ楽しそうに笑っている。鼻歌でも歌いそうなほどご機嫌だ。

腰をさするミョウジの元に歩み寄ると、助けるつもりもないらしい。手は自らの軍袴にかけた。

「じゃ、誰か来る前にヤりましょう。先輩のお望み通り早く、ね」

膝まで下ろし、白い下履を脱がせばいよいよ準備は整ってしまった。不本意ながら下から宇佐美を見上げると、上向きに仰け反る陰茎は暗闇の中でも案外はっきり見えてしまう。先端から溢れる先走りを纏ってぬらりと光っているのだ。

「ミョウジ先輩て他の人の見たことないんですか?」
「見たいと思うかよ」
「僕は見ますよ。やっぱり男として気になりますからね」

風呂に入る時、いくらでも見る機会なんてあるが他人の物をいちいち、しかもこんな間近で見る事なんてあるわけがない。あったとしても興味がないし、そんな事は下品だと思っていた。だと言うのに、今この状況だ。理解が追い付かない。

宇佐美の物を目の前にして自分にも同じものが付いているのに未知なる物を目の前にしている気分だった。

「全く生娘じゃないんですから早くして下さい」
「きむ、…うるさい」
「は、や、く」

どうやらやめるという選択肢は毛頭ないらしい。そしてこの男は本当にやらなければ帰らないだろう。ちらりと見下ろす顔を伺えば、ぎらぎらと興奮の色を映した輝く瞳がまっすぐにミョウジを見ていた。

「はぁ……」

何故俺がこんな事を。早く帰って休みたい。そんなあきらめにも似た感情が渋々、本当に渋々といった様子で裏筋を伝う先走りを指で掬いあげ竿を握った。身体中の熱が集まった竿は熱く、触れるとぴくりと反応した。そしておずおずと親指で亀頭を弄る。
他人の陰茎など擦った事があるわけもなく、力加減が分からないのだ。刺激しすぎないよう優しく撫でると、先走りがまた溢れてくる。

「ん、もっと強く」
「やっぱり自分でやれよ」
「それじゃあ興奮しない、あ、そのくらいで」

なんて面倒な奴だろう。ミョウジは言われた通りに力を込め、指を輪にして扱いてやった。時折カリに沿っては輪をぎゅっと締める。宇佐美に流されるように手を動かしてはいるが、やはり抵抗はある。ちょっとだけ顔を顰めた。

「は、ぁ積極的じゃないですか」
「お前がやれって言ったんだろ」

自分が普段やっているように、空いている手で睾丸をやわやわと揉むと「う、」と小さな声が降ってくる。こっそり目だけで上を向いてみれば、暗くてその顔色は分からないがひどく興奮したように荒い息を繰り返す宇佐美がいた。
この前は散々人を弄んでいたくせに、こういう顔もするのかと少し驚いた。そうだ、彼は年下で新人で、何故こんなにいつも余裕がなくなるのか。今更ながらふと不思議に思った。

「あ、そこいいです、」
「もう早くいけよっ」
「ふっ、……ハァ、んっ」

そろそろ手も疲れてくる。ミョウジは痺れを切らして止めどなく溢れてくる先走りを竿に塗りたくった。ついでに裏筋を強くなぞると露わになっている宇佐美の太腿がぴくりと反応するのが見える。
いつも余裕ぶっている宇佐美が自分の手の言いなりになっている。これはちょっと面白い。
少し笑いそうになるのをこらえて、筒を握るように竿に指をかけると根本から先端まで絞り上げるように動きを変えた。絶頂へ促すように強く、徐々にスピードをあげていく。

「せんぱ、いッ!ん、……あ、のっ!」
「はァ、何だよっ」
「出るッ、から!口を…っ」
「口?」
「貸して、下さいねっ」

ぽかんと開けたミョウジは、すぐに付き合ってやった事を心底後悔した。

もうすぐだろうと震える竿をもう一度強く根元から手前へ扱いた時。「出る、」と切羽詰まったような声を出しながら宇佐美の手がミョウジの後頭部を鷲掴みにし、ぐっと自らの方に引き寄せた。

「ん"ん"っ!?!」

そして今にも白い白濁を吐く。その時、いきり立った逸物をミョウジの具合よく開けられた口へと何の迷いもなく突っ込んだ。突然入ってきた興奮しきりの陰茎は太く、口どころか喉の奥にも届きそうだった。

「ハァ、っふぅ……んんっ」

ドクン、ドクン。口の中で大きく脈打つ竿の先から白く粘り気のある濃い液体がミョウジに注がれる。それはひどく苦くて、酸っぱくて、とにかくまずい。おまけに粘り気があるせいで口にまとわりつく。

「ん"ー!!!」
「全部出すまで、うッ、ダメですからねぇ」

口の中に満たされていく不味さに耐えられないミョウジはどうにか逃げようとしたが、宇佐美が後頭部を抑えていて逃げられない。その間にも先端からは全てを絞り出すように何度も震えて口を汚した。
結局ミョウジが「おぇぇ……」と吐きそうになる頃、ようやく全てを出し終えたらしい宇佐美が口の中からいなくなった。ただし口を開ければ一時でも白濁を注がれたことを証明するように、真っ赤な口内は白に侵されている。それを見た宇佐美はまたいやらしく瞳を細めてこっそり笑った。

「吐きそうだ…。お前本当にふざけんなよ…!」
「えぇ?軍服にかけた方がよかったですか?」

ぺっぺと口の中の唾ごと苦味の原因である白濁を吐き出していると、軍袴を履き直した宇佐美が地面に置いたランプを回収した。もうランプを回収したらここに今度こそ用事はない。

「地面に出せよ。口にやる奴があるか!」
「僕だって前にしてあげたじゃないですか?それに可愛い口があったらして欲しくなるでしょう?」

宿舎に戻るため、ミョウジは宇佐美がちゃんと付いてきてるかどうかを確認のためにくるりと振り返った。しかし今更心配してやるのも癪だとすぐに顔を背けた。

その横顔がどこか落ち着かない、そわそわしたものだったのを後ろから追いかけていた宇佐美はちゃんと見ていたのである。


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