真面目先輩と宇佐美2


「先輩!今度の非番、一緒にでかけませんか?」
「はぁ?一人でいけよ」
「え!一人で外に出かけても面白くないじゃないですか。行きましょう、ね、ね」
「うるさい、耳元で言うな」

「ねぇねぇ」とまとわりつく押しの強い宇佐美に負けて結局外に出てきてしまった。

すっかり草臥れた看守服から仕舞いっぱなしだった私服に着替え、橋を渡って監獄の外へ出る。橋を渡ってしばらく歩けば賑やかな網走の町が広がっていた。

野菜を売る露店や、菓子を売り歩く人。子ども達は楽しそうに駆けっこをしているし、大人たちは忙しそうだが皆笑顔。実に心穏やかな景色だ。こんな網走の町を見るのも久しぶりだ。

網走監獄は道内の極悪人たちを収容しているせいで何が起きるか分からないのが常である。休みとは言えいつ呼ばれても大丈夫なように、よっぽどの事がない限りは俺は網走監獄から出る事はなかった。

もしかしたらこういう機会がなかったら、まだしばらく監獄の外には出なかったかもしれない。先に歩いてあちらこちらに連れまわす宇佐美には感謝しなければいけないのかもしれない。

そんな事もあってか、俺も宇佐美の遊びに体よく付き合いすぎた。空が濃紺色になり、あちこちの店で明かりをともし始めた頃。そろそろ帰らねばと監獄のある方角の空を見ると、宇佐美が最後に行きたい所があるというので行く事になった。なんでも面白い所だというのだが、

「賭場じゃないか!」

意気揚々とした宇佐美に連れてこられたのは賭場だった。

外から見ただけだとただの平屋なのだが、入ってすぐの十六畳ほどの薄暗い部屋に座布団がコの字に並べられている。座布団の上には俺と同い年くらいだろうか。若い男から年寄りまで幅広い年齢の男達が座って、木札を持って「丁」だの「半」だの言っている。賭場には来た事はないが、前に先輩の一人が楽し気にしゃべっていた通りの絵面でさすがの俺でも何をしているかは分かった。

「ここ、いろんな人がいて面白いんですよ」
「帰る」
「ちょっとだけ覗いて行きましょうよ!」
「おい押すな!」
「おいお二人さん入るならそこの扉を早くしめてくれ」
「入りまーす」
「宇佐美!!」

受付をしている胴元の男にじろりと睨まれ、背中を宇佐美に押され、まさに八方ふさがりだ。もしかして二人はグルなのか?と思ってしまうほどの連携だ。このまま監獄にとんぼ返りしたい所だが、受付で少し大きめな声を出したからだろうか。先客の男達の圧がすごい。出るなら出る、入るなら早く入れと言わんばかりの鋭い眼光だ。俺だって早く外に出たいさ。けれど退路など最初からないのだ。
はぁ、俺にこの圧力を跳ね返せる勇気さえあれば…。

「おい兄ちゃん。男なら見てないで勝負に参加しな」
「せっかくだからちょっと遊びましょ」
「はぁ……分かりました」
「毎度。空いてる席に座んな」

一瞬で重くなった胃を抑えながら、渋々財布から金を支払うと金と交換で木札を渡される。

シンプルにもここの遊びは丁半らしい。部屋の中央に敷かれた布の上には客がかけた木札。上座に座る店主らしい男の横には唯一の女性。紅一点の壺振りがにこりと微笑んだ。そういえば女を見るのも久しぶりだな、とぼやっと彼女を見ていると、ぐいっと腕を引かれてそんな事を考えている暇はなくなった。

「先に先輩どうぞ。一席しかあいてないですから」

まさかこの俺が賭博場で賭けをする事になるとは…。

宇佐美にあれよあれよと背中を押されて空いている座布団のひとつに座らせられてしまった。ぐるりと部屋を見渡せば先客たちは煙草をふかしたり、賭ける金額を考えているようだ。どうせ鴨が一匹増えたくらいにしか思っていないのだろう。

ため息をつきながらちりと後ろを振り返るとにこにこ楽しそうな後輩が「先輩頑張ってください!」なんて他人事で言う。頑張れも何も丁半なんて運だろうに。

そんな事を考えているうちに、座布団が全部埋まったせいか壺振りの女性が賽子を指に挟んで壺の中身を客に見えるように持ち上げる。そして慣れた手つきで壺の中に賽子を入れ、地面に伏せる。

「さぁ張った張った!丁か半か!」

俺は渋々手持ちの木札を数枚自分の前に置いて、「丁」と言った。どうせ確率は二分の一だ。深く考えた所でしょうがない。他の客も考えた末に「半」とかける者もいれば、俺のように直感で賭ける者もいる。そして全員の木札がバランスよくばらけた所で壺振りの女性が壺に手をかざした。

「では、勝負」

**

「先輩って運ないんです?」
「そうらしい。やっぱり堅実なのが一番なんだ……はぁ、俺の金……」

受付で変えた木札を数枚ずつ賭けていたのだが、俺の手元に今残る枚数は恐ろしい事に一枚もない。何回か勝負したはずなのだが、一回も勝てないって逆にすごい事だ。まったくもって褒められた事ではないのだが。とんだ不名誉だ。

もしかしてイカサマでもされていたのだろうか。そうは思ってもたしかめる術などないのだから言いがかりと言われれば終わりだ。これだから賭博は嫌いなんだ。いや、ただ単に俺の運がないだけか。

「じゃあ次は僕がやりますね」

見事なまでの負けっぷりを披露した俺の席に入れ替わるように宇佐美が座る。どちらかと言えば宇佐美の方が大人しそうな顔をしているからか、周囲の客はニヤニヤと笑っている。大方俺と同じ末路になるだろうと踏んでいるのだろう。

「おい、宇佐美大丈夫なのか?」
「僕、運はいい方なんです」
「本当か???」
「まぁそこで見ててくださいよ」

宇佐美はなんだかとても自信満々だ。一体どこからその自信が湧いてくるのだろう。後ろからその姿を見ていると、先ほどと同じように壺振りの掛け声から勝負は始まった。宇佐美は俺のように少しずつ賭けるような事はせず、初っ端から自分の手持ちの木札を賭けている。

「じゃあ僕は半で」
「イチニの半」
「丁にしよっと」
「サンゾロの丁」
「次も丁」
「シロクの丁です」

「おいおい……」

目の前で起きてる出来事がどうにも信じがたくて、ゴシゴシ目をこすって見たがどうやら夢ではないようだ。宇佐美の脇に積まれた木札は最初の2倍、いや3倍くらいに増えている。勝負を初めて早々驚くほど勝っているのだ。たしかにこれは運が良い、というより良すぎる。出来すぎていると誰もが思ってしまうくらいには。

案の定連敗している先客の男達がジロリとこちらを見ている。言いたい事は分かる。先ほどの俺もそうだったのだから。

それでも宇佐美はケロリとした様子で「やだなぁ。壺振りにはイカサマできるかもしれないですけど、僕はできませんよ」というのだから肝が据わった男だ。たださすがにこれ以上勝つと帰りの夜道が恐ろしい。キリがいい所で木札をさっさと現金に戻し、宇佐美の首根っこを掴んで外へ出た。

「せっかくいい所だったのに」
「後が怖いだろ」
「返り討ちにしちゃえばいいじゃないですかぁ」
「何せよ明日の仕事に影響が出るだろ」

外の空気は室内と比べると少し冷える。さっさと監獄に戻ろう。宇佐美の首根っこを離して歩き出そうとした時、手に握ったままの金に目がいった。勝手に宇佐美の木札を現金に交換してしまった。

「これは宇佐美が勝った金だから宇佐美のものだ」

そう言いながら奴に渡すと、受け取った金を慣れた様子で数えた後半分を俺の方に突き返してきた。反射的に受け取ってしまったが、この額は俺がさっき負けた分じゃないか。

「はい、先輩の分」
「それお前が勝った金だろ」
「そうですね。だからタダじゃ返しません」
「何が望みなんだよ」
「そうですねぇ。じゃあ身体で返して下さい」
「……」

台詞こそ冗談みたいな言葉だが、宇佐美の目は全く笑ってなくて俺は一瞬言葉に詰まった。なんだ、身体で返せって。宇佐美の2倍働けばいいのか?

「意味分からないって顔してますねぇ」
「あぁ。意味が分からないから帰って門倉部長に聞く」
「それ聞いたら先輩が変な人ですよぉ?」

……言われてみれば確かにそうだ。門倉部長に変な目で見られるのは御免こうむりたい。そもそも何でそんな事になったのか、なんて聞かれたら賭場に行った事を話さねばならないだろう。それはいけない。真面目というのは信用第一だ。

「別に今すぐ返せなんて言いませんから、いつか返してくださいね。いつか。あ、お金は受け付けませんから」

なんだそれは。それじゃあ身体で返すっていうのはもう決まったも同然じゃないか。全く身体で返す、なんて想像もできないが、宇佐美の事だ。良い事ではないに違いない。はぁ。やっぱり賭け事なんて、ろくなもんじゃない。


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元々このシリーズは裏夢で行こうと思っていたので次から裏夢注意です。
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