白い未来の話


※原作が終わった後の話

「ただいま戻りました」
「おかえりなさい、安室さん……じゃなかった。降谷さん」
「体調はいかがですか。吐き気は、痛みはないですか」
「そんなに慌てなくても。大丈夫ですよ、今は落ち着いてます」

開け放たれた窓から、やわらかな日差しがレースのカーテンを通り抜けて部屋の中を明るく照らす。時折吹く風が肌を撫でる、実に気持ちのいい日曜日である。最高のあたたかさに、ソファに寝そべってうとうとと眠気を誘われていた午後3時。

そんな空気をぶち壊すように慌てて帰ってきた降谷が矢継ぎ早に自分の体調を聞いてくるものだから眠気なんてすぐに飛んで行ってしまった。

「お仕事、お疲れ様でした」

ソファの隣へとゆっくり腰を下ろした安室に、ナマエはゆるりと微笑む。見た所、あまり顔色がよくなさそうだ。きっと公安の仕事が熾烈を極めたのだろう。

何せつい最近、ナマエがビターズとして、降谷が安室として、バーボンとして潜入していた黒の組織は崩壊したのだから。

各所に根を張り、影響を及ぼしていた大きな組織が崩壊した今。今まで雲隠れしていた犯罪者たちの逮捕に乗り出し、片づける公安はそれはもう死ぬほど忙しいに違いない。特に降谷は潜入していた身だ。あの組織がいなくなってからしばらく立つが、忙しさは全く変わらず。後始末にと駆り出されていた。けれどどうやらそれも終わったらしい。

「もう後片付けは部下に任せて、俺は長期休暇を取ってきました。この子が産まれるまで、…産まれてからも一緒にいられます」

愛おしそうにナマエの膨らんだ腹を見る。そして「撫でても?」と聞いてから、そーっと服の上から丸みを撫でた。ゆっくり撫でる手つきは優しい。お腹の中の子も何かを感じたのだろうか。トンッと中から蹴ったような衝撃。思わず二人で顔を見合わせて笑ってしまう。

ある日突然生まれた小さな命は順調に育ち、もうすぐ生まれる予定だ。きっと元気な子が産まれるのだろう。言葉に出さずとも二人はそう確信していた。

「ナマエさん」
「なんですか?」
「これを貴方に」

ひとしきりまだ見ぬ子への思いを馳せた後。降谷はおもむろにスーツのポケットから小さな小箱を取り出した。白く輝くその箱は、見た目だけで随分と上等なものだと分かる。

「……指輪、ですか」
「全てが終わったら、貴方にプレゼントしようと思っていたんです」

その箱をパカッという可愛らしい音と共に開くと、太陽の光をうけてきらきらと輝く指輪が埋まっている。そっと褐色の指先が指輪をつまみ、ソファに置かれていたナマエの手をとった。迷う事なく左手の薬指にスッと通す。いつの間に計ったのだろうか、驚くほどぴったりなサイズだ。自分にはちょっと不釣り合いな気もするけれど、降谷は指輪の嵌められた手をとったまま「よかった。あなたに似合います」とはにかむのだから素直に褒め言葉を受け取っておく事にした。

「あなたに気持ちを伝えた事はありましたが、この指輪だけが欠けていましたから」
「そんな、いいのに、」
「あなたが僕の物だと証明できる物が欲しかったんですよ」

手をあわせ指を絡ませると、指輪があってなんだか変な気持ちだ。

「正式な事はまだでしたから。これを機に言わせてください」
「……」
「改めて。僕と結婚して下さい」
「はい。喜んで」
「……貴方も降谷になるんですから、これを機に僕の事は零と呼んで欲しいです」
「そうでしたね。まだまだ、慣れない事ばかりです」


**


「ナマエさん!!」
「……零さん」

ナマエにとってその時間はひどく長く感じられた。いや、実際に長かったのだろう。腹を主に走る激痛に、終わった今ではぐったりとベッドに寝転んで動けない。いろんな仕事をしてきて、痛い思いなど何度もしてきたがこれは1位2位を争ういたみだった、と後のナマエは語るほどである。

無事に出産を終えたナマエの元に走り寄ってきた降谷は、布団の上へと投げ出されたナマエの力ない手をぎゅっと握った。ずっと拳を握っていたのだろうか。重なった手のひらにはナマエと同じくらい、いやもしかしたらそれ以上に手汗をかいている。

この人は私よりもきっと、この時を不安な気持ちで待っていたんじゃないだろうか。普段はキリリとしている彼がこんなにも取り乱すなんてよっぽどだ。

珍しいものを見た、とナマエが笑うと隣から間を見計らったかのように大きな鳴き声が響き渡った。まるで自分もいるのだと主張するようなその声に、降谷は目をぱちぱちと瞬かせて、ぐっと息が詰まったような顔をする。

「小さいな」
「文字通り生まれたてですからね」
「抱っこしても大丈夫かな」
「むしろお父さんなんですから、抱っこしてあげて下さい」
「あぁ、そうだな。俺が、父さんか」

ここにいるのは降谷とナマエであり、父と母であるのだ。緊張した様子でそっと白い病院着のくるまりを抱き上げる。生まれたてで前は見えていないはずなのだが、やはり何かを感じるのだろうか。大声で泣いていたというのに、降谷の腕に揺られると少し大人しくなる。

「ふふ、ナマエさんに似て可愛い」
「目は、零さんに似てると思いますけど」
「そうでしょうか」
「そっくりですよ」

目は降谷に、口元はナマエに似ている。なんてお互いが相手に似ていればいいなんて思っているのだからどちらにせよ可愛いのだ。既に親馬鹿と言われてもおかしくないほど、胸いっぱいに愛しさが湧き上がってくる。

「ナマエさんも、この子も俺が必ず幸せにするよ」
「ふふ、零さんも一緒じゃなきゃ」
「え?」
「幸せにするんじゃなくて、一緒になりましょう」

いつもより重く感じる腕を持ち上げて降谷へと手招きをする。そのままおずおずと赤子を抱いて腕の届く距離までやってきた彼の背へと手を回すと、さすがに背中で自分の手と手が触れ合う事はなく、改めてその背中が広い事を実感した。
今までは日本、ひいては世界を背負ってきた彼はもう自分だけの幸せを求めていいのだ。そしてナマエ自身も。

「あなたにも幸せになってもらわないと困ります」
「今でも十分。幸せですよ」
「今日からはこの子も一緒ですから、また新しい幸せがいっぱい見つかりますよ」

自分の腕と降谷の腕の合間にいる赤子を見てナマエは微笑んだ。
三人での新たな生活。間違いなく明るいこれからの未来に思いをはせて。


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真生様

大変お待たせいたしました。
『魔女とゼロ』のもしも結婚から出産までの…というリクエストでした。
本編では正直結婚まで書くか?と言われれば分からないので、遠い遠いもしかしたらあるかもしれない未来の話という事でとってもハッピーエンドverです。

個人的には安室さんは組織が崩壊してからちゃんと正式な段階を踏みそうだと思いました。(その前に妊娠してるじゃんというツッコミはなしで…)個人的な趣味で降谷になっても敬語だったらいいなぁとこういう形になりました。これからの三人に幸あれ!

リクエストありがとうございました!


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