ごちゃまぜのボーダーライン


「「あ」」

その声が重なったのは果たして偶然だったのだろうか。

なんて事はない、平日の昼下がり。普段ならば人でごった返す米花駅も今は静かで、降りる人もまばらだ。しかもおおよそが皆一様に改札口へと向かう。押し寄せる人の波の中、留まるように足を止めたナマエの目先には同じように目をまあるくした安室が立っていた。

「あ」とお互い口から出てしまったくらいには、予想だにしない出会いで、けれど反応したからにはいくら外とは言え、無視はしない。どうせ家でまた出会い、同じ話をするのだ。

「あなたが駅にいるなんて珍しいですね。どうしたんです?」
「ちょっとお買い物してきたんですよ。私より、安室さんこそ、こんな所で何してるんですか?そのギターケースも」
「あぁ、これですか?ちょっと入用でしてね」

ナマエは遠慮なく安室の背中を指出した。安室の背に背負われていたのは、少なくとも家では見た事がない大きな黒のギターケース。人ごみの中にいてもよーく目立つケースは、それなりに身長がある安室が持っていても大きく見え、黒いせいかよりいっそう重そうだ。

ギターケースには、当然ギターケースなのだからあの楽器が入っているはずだが安室の仕事はギタリストなどではない事をナマエは知っている。となれば、まさか

「(趣味がギター…?知らなかったなぁ)」

と、素直に一瞬思ってしまったが、ギターケース越しに見覚えのある顔立ちの男にその考えは一蹴りされた。


黒いニット帽に長い髪。今日は一人ではないらしく、更に男の隣には髭を整えたこれまた顔立ちのよい男がこちらの様子を伺っていた。髭の男をナマエは見た事がなかったが、黒いニット帽の男の存在が隣にいるのだから、ギターケースの中身も想像がつく。

男は厭味ったらしいほど長く艶やかな髪を風になびかせ、フッと笑いながらこちらへやってくる。。やはり男の背にもギターケースが背負われており、チラチラと通り過ぎざまに彼らを見る一般人はきっと「顔面偏差値の高いバンドだな」なんて思われているのだろう。

「やぁビターズ。君も一緒に来ないか」
「こんにちは、ライ。どこへ行くんです?」
「しがないバーさ」
「バーですか」
「君の話も聞きたい。いいだろう?」

指で輪を作り、クイッと酒を飲むような動作をするライをナマエは「中年親父っぽい」と笑った。

ライとは仕事の話はするが、実際の所髭の男も含め二人の事をナマエはさっぱり知らない。普段何をしているのか、出身は?わずかな情報すら命がけの潜入捜査では大事な事だ。新しい情報を得るには酒というのはとても都合がいい。飲めば口が軽くなる確率もあがるというもの。

それにライはたしかに「君“も“」と言っており、この髭の男とバーボン…安室も来る事になっているのだろう。髭の男はいざ知らず、少なくとも安室がいればいざとなったらセーブが効くはず。

様々な可能性を考えつつも、「はいはい、いいですよ」と二つ返事をすると、何故かバーボンが「ダメです危ないです。先に帰っていて下さい」と言うのだから、お母さんかとツッコむべきか悩んでしまった。

「いや、バーボン。お前はビターズの保護者か?」
「ライと一緒にいさせたくないだけですよ」
「でも彼女にも行く自由ってもんがあるだろ」

常識人らしい男のコードネームはスコッチと言うようだ。
てっきりナマエは赤井と安室というコンビが組んで仕事をしていたのかと思っていたのだが、やはりこの二人の間にはクッション材が必要だと組織からも判断されているのだろう。安室を宥めるスコッチは、年齢は安室と同い年ほどだろうが、年相応の落ち着いた顔立ちに優しげな語り口が印象的だ。

「…しょうがないですねぇ」
「やった。スコッチさん、間を取り持ってくれてありがとうございます」
「いや何。俺が君と飲みたかっただけさ」
「スコッチ!!」
「バーボン、そんなに怒らなくてもいいじゃないか」

「おいお前ら行くぞ」


三人についてきてやってきたのは本当にこじんまりとした、けれどとても雰囲気が洗練されたおしゃれなバーだった。店主はあまり客に干渉しないタイプらしく、適当に座った四人が注文したものをテーブルに置いていってはまたカウンターの中へ引っ込んでしまう。たしかにライの言う通り、良い店だ。

特に何を乾杯するわけではないが、四つのグラスをカチンと当てて一口酒を流し込む。

「ビターズのそれは?」
「オールドファッションです」
「バーボンにアロマチック・ビターズを垂らした酒さ。ビターズは俺達の中じゃバーボンが好きらしい」
「ホォー。たしかオールドファッションはバーボンでなくともライでもいいはずだがな」

天井からつりさげられたライトに照らされた小麦色の酒はナマエがグラスを傾ける度にごくごくと喉の奥へと流し込まれていく。ナマエが頼んだのはオールドファッション。バーボンやライにアロマチック”ビターズ”を垂らした酒だ。そしてスコッチやライ、バーボンも自分のコードネームと同じ酒を飲んでいる。

それぞれ個性のある酒と人であるが、同じ机を囲んでいる今は酒の話から始まり、当たり障りのない仕事の話を酒を楽しんだ。誰かのグラスの氷がカランカランと心地よく響く。

「にしてもビターズみたいな子がコイツと組んでるとは思わなかった」
「ん?」
「組織にいる女性とは全く違うタイプだ」

そんな中、ふと思い出したようにスコッチが言った。汗をかいたように水滴の浮かぶグラスを片手に対面に座るナマエと安室を交互に見比べてわずかばかり目尻を下げて微笑む。安室を見る目は親友を見るような、弟を見るような優しさがこもっているように感じられた。

黒の組織と言えばジンやベルモット…、いろんな意味で常識はずれで自分勝手な人達ばかりだと思っていたが、スコッチはそうではないらしい。至って普通のどこにでもいそうなお兄さんだ。

「スコッチさんこそ、至って普通の人に見えますケド」
「そりゃ褒め言葉だな。潜入しやすい」
「じゃあさっきの私の事も褒めてたんですか?」
「あぁ、もちろん」
「本当ですかねぇ」
「本当だとも」

じーっと訝しげな目で見つめると、彼は「睨むな」と爽やかに笑う。やっぱり黒の組織らしくない人だ、とナマエは思った。しかもスコッチは何を思ったか無骨な手を伸ばして、ナマエの頭をわしわしと撫でるのだから、これには隣で黙っていた安室も驚いた。

「ちょっと、ビターズに何するんです?」
「いやぁ悪い。なんだか妹みたいに思えてな」
「貴方妹いましたっけ…?」
「どうだったかな」

「フッ。たしかにビターズはこの中じゃ子どもだな」

スコッチとライがワーワーと隣で小さな言い争いをしている中。ナマエの向いに座って飲んでいたライがニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。自分で誘っておきながら黙っていたこの男は、何を考えているのか、誰にでも分かるような実に安い挑発をしかけてくる。

普段ならば鼻で笑って流していだろうが、ちょびちょびとは言え酒を飲んでいたナマエはピクリと反応した。ライやスコッチの年齢は知るらないが、実年齢は恐らく本当に年下だ。けれど黒の組織という同じ組織に同じコードネームを持つ立場上、年齢や見た目であぁだこうだ言われるのは少し腹が立つ。腹いせに自分のグラスに残っていた酒を一気に飲み、ちょっと派手な音が出るようにグラスを机の上に戻した。

「子ども扱いしないで下さい」
「ホォ、ビターズ…案外いける口じゃないか。それ、もう一杯どうだ」
「飲みかけじゃないですか」
「酒には違いない」

ライは自分のグラスを差し出すと、まだ半分にも減っていない酒がちゃぷっと水音を立てる。理屈にもなっていない理屈を言うグラスは、安室が止めるよりも先にナマエがゴクゴクと飲み干してしまった。あっという間に二杯のグラスが空になり、ライは「マスター、ボトル一本」と早々にボトルで注文し始める。勢いよく飲むナマエに随分と嬉しそうだったと後のスコッチが語っていた。


**


「おいバーボン、ビターズは酒飲めるのか?」
「さぁ、うちではもっぱらコーヒーばかりで、…あぁ前に一口俺のビールを飲んで苦いと言ってた」

酒だなんだと大騒ぎする二人をよそにスコッチはひそひそと声のートーンを下げて安室に問いかける。二人のグラスはもう空だったが、次の酒が来るまでには口さみしいと、酒と一緒に運ばれてきた水の入ったグラスを傾けていた。

酒のおかげか上がった体温に、キンキンに冷えた水は美味しく感じる。安室は、そこではたとこちらを見るスコッチが随分とニコニコ。…いや、ニヤニヤしている事に気が付いた。一体なんだというのだ。

「ずいぶんお気に入りだな、ビターズの事」
「…普通ですよ」
「どう見たって気に入ってるだろ。お前にしては珍しい」
「違いま「ケホッケホッ辛い!!」
「なんだ。酒、弱いんじゃないか」
「うるさいですねぇ」

大きくせき込んだ声に、スコッチと安室がそちらを向くと二人は随分とハイペースで飲んでいたようだった。
ライは持ってこられたボトルの中身をどばどばコップへとひっくり返しては飲み、ひっくり返しては飲み。ナマエは机に突っ伏していた。もぞもぞと身体がわずかに動いてはいて、寝ているわけではないがグラスに入ったなみなみとした位は変わらない。グラスに伸びかかった手は途中でぱたりと机に下りた。

飲み比べは早々にライに旗があがっていた。悔しそうに唸るビターズを横目に鼻で笑う赤井はまだまだ余裕すら見える。大々的に飲み会をしたわけではないが、組織の中でもかなりの酒豪に入るこの男、いまや誰も挑もうなんて思わないのだがビターズはそれを知らなかったのかとバーボンは困ったように眉を下げた。

「おーい大丈夫かビターズ」
「…………、スコッチさん」
「意識飛んでたな」

スコッチが顔をふせたビターズの肩を揺らすと、ふにゃふにゃ笑いながらビターズが身体を起こした。そんなに飲み始めてから時間が立っていないというのに、量はかなり飲んだらしい。普段よりも顔が赤い。しかも顔の筋肉がずいぶんと緩んでいるように思える。ビターズは笑いこそすれど、こんな風に笑った顔をバーボンは見た事がなかった。やはり酔っているのだろう。ふふふとご機嫌な笑い声まで聞こえる。

「バーボン、もう連れて帰ったらどうだ?」
「え」
「帰る所一緒だろ?彼女、ここに置いておいたらまた酒飲みそうだ」

酒を飲んだら本性が出るというが、これが彼女の素なのだろうか。頬に大きな笑みを浮かべながら、「お酒〜」と手近にあったグラスを揺らして氷がうるさく鳴る。たしかにスコッチの言う通り、彼女をここに置いておいたら更に飲みそうだ。彼女が飲まずともライが酒をついでしまう気もする。酔うのは何も悪い事ではないが、油断ならない男がいるのだから早々に退散する方がいい。安室も素直に頷いた。

「ビターズ、帰りますよ」
「んんー…」

放っておいたらこのまま寝てしまいそうで、安室は素早くフラフラとおぼつかない足取りを支えるように肩を支えて店を出た。ゆったりとした雰囲気の店内から一転、外は暗くシンと静まり返っている。

「んん……」
「もう、しっかり歩いてい下さい。今日は車じゃないんですからね」

左へ、右へ、揺れる身体が倒れないようバランスを取りながら歩いて行くと静かな町に、二人分の不規則な足音がコツコツと響く。どこへ行くにももっぱら車を使う安室にとっては、足音だけが聞こえるこの静けさは随分と久しぶりに思えた。たまには歩くのも悪くはない。ただし彼女がこんなに酔っていなければ、の話だ。時折唸るような声に、気持ちが悪いのかと心配になってしまう。

「大丈夫ですか、ナマエさん」
「うー…バーボン…」
「!」

その声は、きっとさっきの店にいたならばかき消されていたと思えるほど小さい。きっと誰に言うわけでもない、独り言のようなものだったのだろう。けれど囁きに似た声を、安室はしっかりと拾っていた。

思わず足を止めると、安室に支えられていたナマエの足もぴたりと止まった。伏せていた顔をふらりと持ち上げてまたニコニコと笑っている。

「どうしましたか」
「バーボン飲みたい」
「あぁ、お酒の方ですか…」

別に何かを期待していたわけじゃあない。わけじゃないのだが、「コンビニでお酒を買って帰りましょお」と上機嫌のナマエに、安室は一瞬呆けた後。フッと肩の力を抜いてしょうがないと言わんばかりに眉を下げて笑った。

「今日はもう駄目ですよ。帰りましょう。またホットミルク作ってあげますから」
「んー、ココアがいいですー…」
「ココアは虫歯の元になりますからダメです」
「さっきも思ったんですけど〜…安室さんお母さんみたいですねぇ」
「お母さッ…せめて保護者という事に…」
「ふふふ、おもしろ〜い」
「面白くないですよ全く。はぁ、今度からの見すぎないように見張らなくては…」

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名無し様

リクエストありがとうございました。
『魔女とゼロの主人公とウィスキートリオ』という事でした。これはアニメ、原作を見た方はご存知かと思いますが仲の悪いガールズバンドの回想から派生してみました。初めてのスコッチ登場回。いつかビターズにも『ギター好きか?』と聞いてギターを教えてくれたらなぁと思います。そしてウィスキートリオも時々はお酒を飲みに行って欲しい!という妄想を込めて…。

ありがとうございました!

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