魔女とゼロの夜


「おや。ナマエさん。どうしたんですか、いつもはもう寝てる時間では?」
「寝つきが悪くて…。安室さんこそ、なんでまだ起きてるんですか」
「一人寂しく晩酌をしていた所ですよ」

時計の針が深夜の2時を回った頃。

どうにも寝付けなかったナマエがベッドを抜け出してリビングに行くと、まだそこは明かりがついていた。人工の眩しい光に目を細めていると、彼の方が先にナマエに気が付いて、優しい声で問いかける。

二人掛けのソファを一人で独占していた安室は、ナマエがやってくるや否や自然に端によって座れる場所を空けた。ソファの前に置かれたテーブルには缶ビールが2本。コンビニで買ってきたのだろう申し訳程度のつまみ。BGMには深夜のバラエティが流れている。

何の違和感を覚える事もなく安室の隣に座ると、ナマエにはあまりなじみのない缶ビールをしげしげと眺めた。

「眠れないのならホットミルクでも作りましょうか?」
「この頭の冴えがそれで収まるわけないですよ…。これ、一口もらってもいいですか?日本のビールって飲んだ事ないんですよね」
「どうぞ」

元々眠れなかった上に明るい場所に来れば目も覚める。もう今日はこのまま起きていようか、なんて思いながら安室からプルタブの空いた缶ビールを受け取った。メタリックで無骨な、いかにも男性が飲む缶ビールといった見た目だ。時折テレビCMで見かけた事がある。ぐいっと煽るように飲んで、ぷはーと言う。ナマエの中のビールはそんなイメージだった。真似をするように冷たい缶の底を天上に向けると、唇に泡があたってしゅわしゅわと弾ける。

「苦い!」
「おや。ナマエさんの口には合いませんでしたか」
「合わない、というよりは想像してた味と違ったので驚いたというか…」

ナマエの知るビールと言えば学生時代によく飲んだバタービールだ。子どもでもおいしく飲める甘さが特徴で、しかも温かい。何もかもが真逆の飲み物である。口の中に広がる苦味は嫌いじゃないが、いかんせん甘い物だと思って飲んだものが想像と違う味だったのだから大げさに驚いてしまうのも無理はなかった。

「本当に眠れないので今日はもう起きてます」
「なら僕の晩酌に付き合って下さい。今度こそビールの代わりにホットミルク作りますから」


それで眠くなったなら丁度いいでしょう。そう言いながら安室はゆっくりと立ち上がってキッチンに向かった。

小さな鍋を取り出し、丁度カップ一杯分の牛乳を温める。量が量だけに温まるのにはそうたいした時間はかからない。完全に沸騰する前に火からおろし、ナマエがよく使うマグカップへと注ぎ込んだ。

「はい、どうぞ」
「ホットミルクなんて随分と久しぶりです」
「たまにはいいでしょう」

そしてキンキンに冷えていた缶ビールとマグカップを入れ替えて、再び元の席に戻ると出しっぱなしのつまみを適当に食べ、ぐいっとビールを煽るように飲んだ。

いつもはオシャレな食べ物を上品に食べる彼が、コマーシャルのように男らしい仕草をするものだからナマエは少し目を見開いて驚いた。同時にこれが彼の素の部分なのだろうと思った。たまにはオシャレな酒よりビールが飲みたくなる。そういう時もあるのだ。

「ありがとうございます。安室さん」
「どういたしまして」

でも彼がどんな人間であろうとも少なくとも手の中に納まるホットミルクは彼の優しさでできたものだ。ふわふわと顔にかかる湯気がなんだかとても愛おしくて思えて、ナマエの頬をほんのりと染めるのだった。



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