泡にはさせない


「ベルモットのハロウィンパーティーですか」
「えぇ。風の噂で聞きましてね。どうやら船を貸し切ってやるのだとか・・・どうです?きな臭いでしょう」
「それはそれは、怪しいですねぇ」

安室がふと思い出したように言ったその言葉が、事の始まりだったように思う。

ナマエはテーブルに広げられた羊皮紙から目を離す事なく、「で?」とあくまでも淡々と話の続きを促した。言葉数が少ない分、手は忙しなく動く。…かと思いきや、羽ペンはひとりでにデコボコした羊皮紙の上を滑り、綺麗な筆記体が紙の上に一瞬浮かび上がった。定期的に行う、イギリスへの報告書だ。

内容は主に黒の組織がかかわっているかもしれない事件の詳細や自分がかかわった仕事や人物について、だ。

潜入捜査をしているのだから、知った事は全て報告する義務がある。とは言っても安室がノックだと言う事は魔法省には伝えられない。共同戦線を張る事になった経緯もどうごまかそうか…と動く羽ペンを見つつ文章を考えていた。
目まぐるしく変わる状況にを伝えようとすればいつも羊皮紙は1メートルなんてゆうに超えてしまう。インクの乾いた冒頭部分は既に何巻きかされていた。

そんな彼女にコーヒーを差し入れ、テーブルに置く安室はさりげなくその羊皮紙を覗き込んだ。止まる事のない羽ペンの先には不思議なインクがついているのか、書いた端から文字が消えていく。

こういう消えるペン、子ども達の間で流行っているんだっけ。とぼんやりポアロで聞いた子ども達の話を思い出した。

そんな穏やかそうな日常の中で、こうして時折物騒な話が出てくるのがこの家の常である。

「ハロウィンですから、変装するにはぴったりでしょう?」
「彼女はその道のプロですからね。行くならばめいいっぱい見破られないようにしないと・・・中々ハードルの高い仕事ですね」
「えぇ。そういうわけですから、お願いします」
「行くのはかまいませんが、私マグル式の変装というのはあまり得意ではないのですが、」

適当に文章を締めくくると羽ペンはまた勝手にスタンドに戻っていく。書き終えた羊皮紙をぐるぐると巻き取りながらナマエはテレビで時折見かける特殊メイクやらコスプレやらを想像していた。

魔法界で言うハロウィンなんてものは、仮装よりもよっぽど悪戯の方に重きを置いていたし、なんなら悪戯で動物の耳が生えるのだからマグルとは世界が違いすぎる。しかもナマエ自身も魔法にかこつけて重要な時はポリジュース薬を飲むなどしてごまかしてきたのだ。身体の根本から変身するポリジュース薬は今回の仮装、という言葉にはそぐわないだろう。

ベルモットに見破られないような変装、というのは中々にハードルが高い課題だ。しかし頼りになる安室の変装など、ナマエは見た事がない。果たして本当に大丈夫なのだろうか?

「なんなら今度練習しますか、道具も揃えなければいけませんし、」
「そうですねぇ」

なんて話をしたのは一昨日の話だ。安室はこの季節外れのハロウィンパーティーを楽しみにしているのか、それとも重要な仕事として見ているのか。いや、おそらく完璧主義者の彼の事だ。後者に違いない。本格的な特殊メイクセットを買ってきた。
この組織に身を置くならば、特殊メイクが得意ならおおいに役立つ事はずだ。それを考えれば不思議な絵の具や筆や何やら特殊メイク一式も安いもの・・・だと思う。

「それじゃあナマエさん、ここに座って下さいね」
「え、私にやるんですか」
「当然です。客観的に見たいですからね」
「な、なるほど・・・?」

筆を片手ににこにこと微笑む安室におされて、ナマエは大人しく椅子に座った。服が汚れないようにとケープをかける。気分は美容室だが、これから施されるのは変装メイクなのだ。

見るからに変装、といったマスクなどは用意されておらず疑問に思えば、「下手なマスクをかぶるよりは元を生かした方がいいかと思いまして」とひとつ。準備を整えた安室と対峙する。

対峙なんて言うと構えているように聞こえるが、実際安室はフラットに立っているだけだ。エプロンをかけ、絵筆を持つ姿は気取った絵描きにも見える。けれど真正面に立たれるとその一挙手一投足が今は妙に緊張して気になってしまう。

「大丈夫。緊張しないで下さい」

落ち着かせるよう、やわらかな雰囲気をまとった声がスッ顎にほっそりした手が触れた。これは恥ずかしい。ナマエが無意識に顎を引こうとすれば、ぐいと上を向けさせられる。そして細い化粧筆が肌に触れた。一瞬ひやりとしたが、すぐに冷たさは消え去っていった。

「くすぐったい」
「でしょうね。でも良い感じにできてますよ」
「安室さん器用ですもんね」
「それほどでもありますかね」
「ふふ」

肌の上を撫でる筆はこそばゆい。右へいったり左へいったり。飛んだり跳ねたりと筆を忙しなく動かす手から安室の顔を見ると、真剣にやっているのだろう。真剣なまなざしでこちらを見つめるのだから思わず身体もカチンと固まってしまった。

「リラックスして」
「む、無理です近い」
「あ、動かないで」

ピタッ

顎を押さえていた親指が唇のふちをなぞる。

あぁ近い。近いな。いつもは少し離れて見る青い瞳が今はとてもよく見える。青い瞳なんて、イギリスにすらいっぱいいるわけじゃない。綺麗だ、澄み切った空のような。ふせられた睫も長くて女の子みたい。

あまりにもじっと見つめていたせいか、安室が「穴があきますよ」と笑った。

じゃあどこを見ればいいんだろう。目の前には鮮やかな金の髪がさらりと揺れる。心なしか良い香りもするし、なんともないような顔を保つのは中々難しい。意識しないようぎゅっと目を瞑ると、彼の息遣いがよく聞こえるようになってしまった。実に困った話である。

結局ナマエは全身に力を入れて石のように固まったまま安室の筆が止まるのを待つ事になった。



「はい、できましたよ。鏡をどうぞ」
「うわ、なにこれすごい…。鱗、ですか?」

言われた通りぱちりと目を開けると、瞑っていたせいか部屋に差し込む日の光が眩しい。少し眉間に皺を寄せながら、渡された鏡を見ればナマエの頬には魚のような鱗が描かれていた。ラメが入った鱗はきらきらと輝き、まるでファンタジーの世界の住人にでもなったような気分だ。

「あなたは光の海を泳ぐ人魚姫が似合うかと思いまして。試しに魚の鱗を描いてみました。お気に召しませんでした?」
「いいえ。とても上手で驚きましたよ。でも私が人魚姫なら安室さんは王子様ですね」
「おや。嬉しい事を言ってくれますね」
「姫一人でパーティーは寂しいでしょう。なんなら従者でもかまいませんが?」

手鏡を椅子の上に置いて立ち上がると、頬の鱗がきらめいた。初めてにしてはうますぎるほどの完成度で、安室はやはりマスクはなしだなと一人頷いた。

そしてそんな彼女の前に恭しく膝をついてナマエの手を取るとにこりと微笑む。それは流れるような、全く違和感を感じさせない所作で、本物の王子様のようだとナマエは握られた手に目を白黒させた。

「意地悪な事を言ってくれますね。もちろんあなたの王子様を務めさせていただきますよ」
「約束ですよ!」
「もちろん」

(実際に行く際にはネイルチップにラメを塗り、それを貼ると更に鱗度があがりますので是非)
(完璧主義者・・・)

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鴇様

魔女とゼロの二人のイチャイチャ話!というリクエストありがとうございました。
原作回の季節外れのハロウィンパーティーにもしも潜入するならこういう話があるだろうなと思い書いてみましたが、イチャイチャというよりは一方的にドキドキ!になってしまったような( ´˂˃` ) この後二人は人魚姫と王子様コスでパーティーにいます!たぶん。

リクエストありがとうございました〜!


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