共犯声明の冬


※本誌「グラビアマタギ」ネタからおふざけ回。

「ミョウジ上等兵、ちょっとついてきてくれないか」
「鶴見中尉殿。どちらへ行かれるのですか?」
「フッ着いてからのお楽しみという奴だ」

はぁ、と息を吐けば空中に白い吐息が浮かぶ真冬のある日。

唐突に呼び出されたナマエは自分の仕事を中断して言われるがままにその後に着いていった。

いつもは前日にどこぞに行くから準備をしろと言われていたのだが、こうも唐突だと緊急の用事だろうかと勘ぐってしまう。面倒ごとでなければ良いが。

歩いた先の執務室には、月島と妙にウキウキした様子の鯉登。…は良いとして何故か尾形と谷垣も呼ばれていた。何故この組み合わせなのだろうかと首を傾げつつ、皆一様に呼びかけた張本人を見る。しかし、鶴見は特に説明をする気もないらしい。視線もおかまいなしに「行くぞ」と呼びかけ、結局ナマエはこの疑問を投げかけることはできなかった。


**


「写真館、ですか」

一行がやってきたのは近場の写真館だった。

店主であろう妙齢の男に案内され、あれよあれよという間に並べられた椅子に座り、ポーズやら立ち位置を指示される。

三脚ある椅子のうち、中央を鶴見、断固として隣を譲らなかった鯉登。反対側に無理やりナマエが座らされていた。少しばかり振り向けば、あきらかに面倒くさいと言いたそうな尾形と目があう。

「鯉登少尉がどうしても、と言うからね」
「××××!」
「鯉登少将殿に送りたいそうです」
「なるほど。それにしてもこの人選は…」
「何か言ったかね?」
「いいえ、なんでも」

全くとんだ我侭少尉だとナマエはあくびをかみ殺した。それならば三人でくれば良かったものを。写真が好きではないナマエは内心彼らに毒を吐く。けれどそう思っても現状何かが変わるわけではないのでぐっと言葉を飲み込んだ。

そんな気持ちを知ってか知らずか「撮りますよ」という男の掛け声に、いつも通りのすまし顔をして動きを止める。写真を取る六秒間は動いてはいけないのだ。
身体に力を入れて、じっとその場に佇む。その間は誰も喋る事はなく、妙な静けさが場を支配した。

「はい。もう動いて結構ですよ。次は個人撮影に移りたいと思います。まずはそちらの色黒の…」

「個人撮影?」
「せっかくだから一人一人撮ったらどうかと言われてね。我々は呼ばれるまで別室にいようではないか」
「はぁ…」

中尉や少尉、軍曹ならばともかくただの一兵士の個人写真など撮影してどうするんだろうか。
相変わらずその笑みからは何を考えているのかよく分からない。

店主にはじめに指名された鯉登を置いて一旦隣の別室に移動すると、店主の妻らしき女性がお茶とお菓子を出してくれた。しかし写真館にいるとは言え勤務中の身、と断れば「良い良い」と鶴見中尉があっさり言うものだから大人しく茶を頂く事になった。
だからと言ってその場は和気藹々と行く訳もなく、ただただ時が流れるのを待つばかりである。

少しばかりすると、撮影を終えた鯉登が戻ってきた。湯のみを傾ける中尉にパッと顔を明るくさせ、何を言っているか分からない早口の薩摩弁を披露する。それを見計らったかのように、次に呼ばれたのは中尉で、極端にシュンと落ち込む鯉登を見る月島の目が異様に冷たかったのが印象的だった。

中尉の次は月島、谷垣、尾形と撮影し、ようやく呼ばれたナマエはすっかり重くなった腰を持ち上げた。
隣の撮影部屋は、先ほどは人数がいたせいか狭く感じたが、店主と二人だと広く感じる。

「どうぞ、こちらへ」

個人撮影では先ほど座った椅子は使わないらしい。何も物がなくなった白い布の前に言われるがままに立つと、さっそく一枚と六秒間動きを止める事になった。

そしてそこからは店主の気分が乗ってきたのか、次々と指示が飛んできた。背中に背負っていた小銃を外して一枚。被りなおしていた軍帽を撮って一枚。これには取っていなかった自分が悪いなとナマエも少し反省していたのだが。

「え?脱ぐんですか」
「はい。是非その軍人らしく引き締まったお身体を一枚…!」
「いやでもさすがに」
「他の軍人さんにもやっていただいているので…」
「え?脱いだんですか…?」
「はい」

さすがにこれはおかしくないだろうか、と首をかしげた。

しかし店主の男は真剣なまなざしで大きく頷くのだから、本当に誰か脱いだのだろう。中尉はありえる訳がないし、鯉登少尉あたりだろうかと勝手に想像していると、その間も撮影していたらしい。「悩ましげな表情が良いですね〜」などと暢気な事を言っている。

しかしここで揉めるとまた中尉達を待たせてしまう。人前で肌を晒すなど本来ならば断固として拒否したいところだったが、これ以上の面倒ごとはごめんだと大きなため息をついた。

脱いでさっさと帰れるのならばそれで良い。

投げやりになりながら、腰の装備を外し上着の釦に手をかける。まさか写真館で脱ぐとも思っていなかったナマエの動きは遅い。上着を脱ぎ、シャツの釦を開け放つまで、店主はまるで焦らされているかのようだった。

そして留めるものがなくなった今、薄い布の隙間からはよく鍛えられた腹筋がちらりちらりと見える。「はぁ」と気乗りしなさそうなため息すら妙に艶かしく感じるのは、やはり彼だからこそだろう。

欲を言えばその一枚すらも脱いで、曝け出した姿も見たかったのだがこれはこれで何か掻き立てられるものがある。ごくりと生唾を飲んだ店主は、震える手で「それでは撮ります」とレンズの蓋を外してその立ち姿を写真に収めた。なんて事はない、ただぼうっと立っているだけなのだが店主にはこの一枚が今までで一番良い作品だと確信していた。

「もうこれで大丈夫ですか…っくしゅん」
「あ、はい。ご協力ありがとうございました」

屋内とは言え外は極寒のこの季節だ。シャツを羽織っているとは言え腹の出たこの格好はいかんせん寒かった。店主の許可が出た事でさっさと釦をかけ、上着を着るとようやく逃げた体温が戻ってきたような気がした。後は革帯をつけなおせばおおよそ元通りだ。

革帯を腰にあて、ガチャガチャと付け直していると「何してるんだ?」と控え室の方から尾形の声がした。声がした方へ顔を向ければ、隣の部屋からこちらへ小走りでやってきた。

「尾形、どうした?」
「遅いから鶴見中尉が見て来いと」
「なるほど。つい今しがた終わった所だ」
「ほぉ…?」

床においていた小銃を拾い上げ、背中に背負えばようやくホッと肩をなでおろした。
それをどこか怪しむような目で見る尾形は、これまた素知らぬ顔で、カメラの動きを確認していた店主を捕らえた。獲物を見つけた猫のような、ギラついた瞳に彼はビクリと肩を揺らす。

「そ、そうだ。せっかくですから最後にお二人で一枚撮りましょうか」
「え?」
「…そうだな、せっかくだしな」
「そこにお二人並んでください」

じろじろと遠慮なく視線を寄越す尾形に、しどろもどろの店主は下手な笑みを浮かべてそう提案した。きょとんとするナマエと、何か言いたげな尾形を半ば強引に布の前に立たせ、「ここだ」というその時レンズの蓋を取った。

ピシッと指先までそろえてまっすぐに立つ、という訳ではなくあくまでもいつも通りに肩の力を抜いた二人は、お互いの顔を見た。全員で撮った時は違って口がゆるく弧を描いている。写真を撮影していなかったらきっと、そのまま大きな笑顔を浮かべるのだろう。

ありのままの、本来の姿を映したレンズはその姿を微笑ましく思った店主の手によって、きっちり六秒後に蓋を閉じられた。


**


写真は後日、鶴見中尉の執務室に届けられた。

鶴見がその紙封筒をゆっくりと丁寧に開くと、綺麗に撮影された写真が机の上に広がった。月島の少しこわばった立ち姿に、面倒くさそうに椅子に座った尾形。生真面目に敬礼する谷垣に続いて少し険しそうな顔をしている鯉登。自分の写真は想像以上に真顔で面白みがない。

そして一番楽しみにしていた写真を、鶴見はこっそりと自分の引き出しの中に仕舞って誰にも聞かれないほど小さく笑った。後に時折眺めては楽しむ姿が見られるのだが、ナマエはそんな写真を撮った事は少ししてすぐに忘れてしまうのだった。

「おや?」

鶴見はまだ一番最後に入っていた一枚を見ていなかったことに気が付いた。その写真は他と違って随分と和やかな雰囲気だ。

「月島軍曹。これをミョウジ上等兵に渡しておいてくれ」
「かしこまりました」
「鯉登少尉、あの全員で撮った写真だが…。ほら、君動きすぎて顔が誰だか分からないよ」
「キエエエエエエ」
「あぁ…(中尉の隣で異常なまでに興奮してたから)残念でしたね」

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