尾形と夏
ミーンミンミンミン
ミーンミンミンミン
「…うるせぇ!!」
「虫に怒ってもしょうがないだろ」
「分かってるがうるさいもんはうるさい。いっそ全員的にするか…」
「やめとけ。乱射事件になる」
北海道の夏は他に比べたら短く、そして過ごしやすい季節だ。
だが完全に涼しいわけではなくほどほどには熱いのだ。そして北海道に住む虫は、今ここぞとばかりに湧き出るのだ。
木々にとまる蝉を撃ち落としてやろうかと一瞬本気で銃口を向ければ隣にいる尾形が呆れたようにため息をついた。俺だってため息くらいつきたい。空は海とはまた違った澄み渡る綺麗な青一色だというのに、これから書類整理が待っているのだ。
この気晴らしを兼ねた射撃訓練も早々に切り上げなければならない。特別書類整理が嫌いなわけではないが、こういう日はぱーっと遊びにでも行きたくなる。
「海がこんなに近くにあるってのにな」
「それは全員が思ってるだろうよ」
「だよな。あ〜このまま海に沈みたい気分だ」
頭では海を、手では銃を片づけながらボヤいていると額から滲んでいた汗が玉となって頬に一筋流れてきた。夏は暑いのも嫌だがこうして汗が流れてくるのも鬱陶しくて嫌いだ。適当にシャツでぬぐってから、同じ姿勢で凝り固まった身体を伸ばすために大きく背伸びをすると、少しだけ気持ちがスッキリした。
「はー、書類整理頑張るか…」
終わったら何か冷たくておいしいものでも食べようか。そうでも考えないとこの暑さには参ってしまう。うん、なんだかやる気が出てきた。
すると尾形がじっとこちらを見ているのに気が付いた。相変わらず奴は熱さなどみじんも感じさせないような涼しい顔をしている。
「なんだよ」
「暑さをまぎらわせる方法を思いついた。やってみるか?」
思わず何?と食いついてしまった。
何せそれを言っているのは汗ひとつ書いていない尾形だ。もしかしたらその方法とやらで暑さを感じていないんじゃないか?と思ってしまう。その言葉に妙な信憑性があるのだ。
…いい加減この暑さともおさらばしたいし。
「やり方は簡単だ。やるか?」
「ふむ。じゃあ乗ってやる。どういう方法なんだ?」
「お前で実験してやる」
そうや否や、尾形がこちらに歩いてくるとごく自然と顔が近づいた。
(なんだ?)
それも実験とやらのうちなのだろうと疑問に思いながらも、抵抗しないでいるとあっさりと唇が触れ合った。薄く開いた唇が尾形によってこじ開けられると、ザラリとした舌で歯茎をなぞられる。
それだけでもう頭が溶けそうだ。
「っはぁ…余計に暑くなったっつーの馬鹿…」
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【主と尾形の夏】
けたたましく鳴く蝉の声の中、青過ぎる空に向かって伸びをする君が、どうしようもなく儚げで、溶け合ってしまうようなキスをした。
でしたが全然儚げじゃない…。
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