白黒つけないグルメ


「よし」

全身を映す鏡の前でぐるりと回って前から後ろまで見た目を確認する。髪も整えて、シャツには皺ひとつ見当たらない。あまり着慣れないスーツも今日のためにおろしたものだ。

スーツは堅苦しくて苦手だが、今日の潜入先であるパーティーにはうってつけの服装だ。パーティーに招かれたゲストとしてはもちろん、一般人のサラリーマンにだってなれる。SPとかもいけるかもしれない。ようするに変装にはぴったりって事だ。
後は何かあった時用に小型録音機やら護身用の銃やらを鞄につめ、車のキーを持てば準備完了だ。

窓の外を見れば丁度日が沈みそうな時間帯だ。今出れば会場には程よい頃合いにつくだろう。ふんふーんと適当なメロディの鼻歌を歌いながら鞄を持って玄関に向かい、ドアノブに手をかけた。
チェーンを外し、鍵を開ける。

「赤井ィ!まさかこんな所で会うとはな!今日こそお前を捕まえて突き出してやる!」
「それはこちらの台詞だ。何故君がナマエの家の前にいるんだ」
「ふん、そんなのナマエさんとこれから出かけるからに決まってるじゃないですか」
「ホォー君とナマエが仲がいいなんていうのは初耳だな。だが生憎と俺も譲る気はないんでね」

キィィー……バタン

土曜日の推理アニメのあの重たい扉のように、一度開いた扉はゆっくりと元の場所に閉じられた。

たしかにあいつらがいたような。

閉じた扉に備え付けられているのぞき穴から覗き見ると、黒と金が静かなる冷戦を繰り広げている。今でこそまだ穏やかそうではあるが、放っておけばあの二人は勝手にヒートアップするのだろう。まさに水と油、決して交わる事はないのだ。

だがここに出ていくのは憚られる。
確実になんやかんやと揉める未来が見えるのだ。そもそも俺がドアを開けたというのに気付いていないのだから周りが見えていない証拠以外の何物でもないだろう。

はぁ。思わずため息が出てしまう。けれど時間が時間だ。早く行って準備がしたい。

渋々キィーと耳にうるさい音を立てながらドアをそっと開ける。

「…おい」
「あっナマエさん!」
「やぁ、待ってたぞ」
「待ってたぞ、じゃねぇよ。出待ちみたいな事しやがって」

俺はアイドルか何かか全く。

ドア開けて男が二人いたら普通の人だったら通報ものだ。というか俺の家の前でそんな事が行われてたら近所にでも通報されていそうで怖い。

とりあえず家の鍵を閉め、この二人を撒いてさっさと仕事に行かねばなるまい。しかしそう簡単に行くものでもない。両サイドに立たれると逃げ場がない上に威圧感のようなものがすごいのだ。

「さっこんな男は放っておいて僕とでかけましょう!おや、今日はスーツですか。似合ってますね」
「そりゃどうも。俺はこれからし「シーフードがうまい店がある。今晩一緒にどうだ?」

全く人の話を聞くという事ができない奴らだ。
言葉を遮るようにグイッと強く赤井に腕を引き寄せられ、自ずとそちらに身体が寄る。突然の事に崩したバランスも厚い胸板に受け止められた。少し顔をあげれば急に近くなった距離感には目を瞬かせるしかない。

「っ赤井!横取りするのかっ!?」
「そんなつもりはないが選ぶのはナマエだろう?」
「だからし「じゃあ僕と良いお肉でも食べに行きましょう!ほら、人のお金で食べる肉はうまいって言うでしょ?もちろん僕のおごりですよ!」

にっこりと満面の笑みですごい事を言う安室は俺の鞄を奪い取ると、反対の手でまるで絵本の王子のように俺の手を取った。
それがまた様になっているのが悔しい。こんな事を世の女性にやったら大評判間違いなしだろう。何をしてもイケメンというのは様になるのだから悔しい。

「し「何を言う安室君。奢るのは当然だろう」
「あなたには手が出ないほど高級な所へ連れてってあげますよ」
「……」

ただしいくら二人がイケメンだろうと、俺を挟んで飛び交う口喧嘩には辟易する。「仕事」という単語を言おうとする度にかき消され、更にヒートアップしていくのだ。入る隙も無い。
腕時計をちらりと見ればもう予定がだいぶ押してしまっているではないか。これは静観している場合じゃない。いい加減黙って聞いているのも限界だ。

「分かった。間をとって今日は君に奢られてあげよう。ただしナマエの独り占めは禁止だ」
「はぁ!?…全く仕方ないですね。でもあなたの分は奢りませんよ!!」

「あのさ!!俺!今から仕事なんだけど!!」
「「え」」

溜まりにたまったストレスを爆発させるように、大声でそんな事を言ったのはほぼ無意識だった。自分でもハッと気づくと、赤井と安室はそっと離れてくれたがなんとなく気まずげだ。ここまで大声を出してキレた事がないからかもしれない。

一度怒ると、風船の空気が抜けるように、俺のイライラも小さくなっていく。冷静になって二人を見てみれば、肩を落としたような二人になんだか申し訳なくなってくる。もちろん悪いのは人の話を聞かない赤井と安室に原因があるのだが。

はー、と小さく息を吐いてしょぼくれている安室から鞄を奪い取った。

「俺これから仕事。だから二人と飯行くのはまた今度な」

赤井はそのシーフード、安室は高い肉奢れよ。
それぞれビシッと指さしてからそう言ってから、足早にエレベーターまで駆け抜けると二人は追いかけてはこなかった。その場に置いてきてしまった二人が気がかりではあったのだが、仕事までの時間がとにかく無い。
ひとまずその事は頭の隅っこに追いやって、目の前の仕事に頭を切り替えた。


**


「ん?メールが入ってる」

仕事を終えて車に戻ると、車内に置きっぱなしにしていたプライベート用の携帯が光っている。画面を見れば『メッセージを2件受信しました』と文字が浮かんでいる。指紋ロックを解除し、そのメールを順番に開封していく。

『From:安室』
先ほどは怒らせてしまってすいませんでした。
ナマエさんがおっしゃった通り、今度僕のおすすめのお店に行きたいのですがご予定はどうでしょうか?
行く日はナマエさんがお休みの日に合わせます。
絶対休みをもぎとるので安心して下さいね!

『From:赤井 秀一』
さっきは怒らせてすまなかったな。
一緒に出掛けたいのは本当だ。今度また誘う。

「ふっ…あはは」

二人のメッセージは同じ時間に同じような内容でこの携帯に送られてきたらしい。
まさかあの二人が示し合わせたわけでもあるまいし、偶然の産物に笑う以外ないだろう。
それならさっさと家に帰って食事に行ける休みの日を考えなくては。ひとまずその携帯をカバンの中に仕舞って、愛車のエンジンをかける。

その時、自然と俺の口角があがってしまっていた事は、愛車だけが知る秘密だ。

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リクエストありがとうございました!
前々から安室vs赤井の話は書いていたのですが、中々完成させる気になれず笑
今回のリクエストは完成させる良いキッカケになりました。シリーズの方でも今後衝突させたい…!

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