事務は定時で帰りたい2


今日は見事な晴天だ。
透明な壁越しに見上げる空は遠近感が鈍る程の青一色で、飾りっけがない。殺風景と言えば殺風景な天気だ。日差しを遮るものすらないのだから、熱を逃す隙間のない箱庭の中はいつもより少し蒸し暑い。

ナマエは片手でネクタイを緩めながら整えられた植物をきょろきょろと見回す。
目に優しい緑とあたりに漂う土と草、それからちょっぴり甘い匂い。何かの花だろう。こんな用事でなければ足を止めて香りの根源を探っても良いけれど。

「レオナ。レオナ・キングスカラーくん」

ようやく見つけた問題児はやはり木々に囲まれて優雅に寝転がっていた。
ガラス張りの天井から燦々と差し込む光を浴びながら芝生で昼寝をするのは実に気持ちがいいだろうが、あいにくと今は午前の授業中である。本来ならばここに生徒はいてはいけないはずだ。
腕を枕に昼寝をしているレオナを見下ろすと、己の影が寝顔に落ちる。
レオナは実に健やかに、スヤスヤと眠っていた。
てっきり近づいたらすぐさま目を覚ますと思っていたのに、とんだ拍子抜けだ。ナマエは思わず数秒その寝顔を見つめていたが、思い出したように眉を顰める。

「君、昼寝している場合じゃないだろう。起きろ」

起きろ、と言う割にナマエは面倒くさがって身体を揺さぶりはしない。ただ反応がなかったらどうしようかと思案しながら首紐にぶら下げていたマジカルペンに手を伸ばしていたが、それは杞憂に終わった。
光が遮られた事に違和感を覚えた瞼がピクリと動いた。そのままゆっくりと持ち上がり、深い緑色の双眸はナマエを捕えた後また目を閉じた。

「二度寝するな」

ピクピクと獣のような耳が動いている。
一応起きたようだから魔法は勘弁してやるが、無視はいけない。ナマエは代わりに手に持っていた書類を丸めて先端で額を小突いた。

「またお前か……。昼寝の邪魔すんじゃねぇよ。それとも暇なのか?」

突つかれて眉間に皺を寄せる、いかにも不機嫌だという顔だ。気だるげに上半身を起き上がらせたレオナは丸められた書類を片手間にパシッと弾いた。薄く開いた口からは低い唸り声が漏れている。

「昼寝するにはまだ早いだろ。授業中だぞ今は」

昼寝を邪魔されて怒っているのならば、レオナは本当に身体だけ大きい子どもだとナマエは呑気に思う。
叩かれてへにゃりと曲がってしまった紙を指先で直しながら、ナマエはこれ見よがしに肩をすくめた。

「それに俺は忙しい。忙しいが君のその行動を改めさせる事は優先順位が高いんだ」

そして丸めた紙を真っ直ぐに伸ばして、レオナの目の前につきつけてやる。

「錬金術二回、魔法史五回、飛行術三回、今週君が授業を休んだ回数だ。新学期早々出席率低過ぎる」

紙にはでかでかと「レオナ・キングスカラー出席率」と書かれている。
その名の通り新学期早々の出席率をまとめた書類はナマエがわざわざレオナ用に作ってやったものだ。授業を休んだ回数だけで言えば少ないように聞こえるが、一週間の内各授業は片手に納まる程の回数しかない上、新学期が始まったばかり。このままでは再び留年まっしぐらだ。

「それとこれ、いい加減取りに来ないからこっちから来てやった」

続いてレオナが去年受け取りに来なかった小テストや授業のプリントも押し付ける。
もちろん大人しく受け取るような人間ではない。それは既に分かっていることだ。だからこそ態度が悪いと思いつつも、あぐらをかいた足の上にクリップ付きで置いてやった。
両手が空いたナマエはようやくこの書類を本人に突きつけられて少し胸がすいた気がした。

「こんなもんいらねぇよ。どうせ全部満点だ」
「俺には生徒の個人的なものを捨てられねぇの」

小テストやプリントは教師が持っているものもあるが、面倒くさがる教師がナマエに預ける事もある。そして延々ととりにこない生徒に大しては呼び出して返しているのだが、レオナのような生徒がいるおかげでナマエのデスク周りは常にプリントだらけだ。かと言って捨てる事などもってのほか。結局こうして押しつけるしかないのである。

「これより出席率の話だ。お前また留年するぞ」

繁々と出席率を記した紙を見ながら面倒くささを全開にするナマエを見ても、レオナは全く焦った様子もなければ「またそんな事か」と今にも後ろに倒れ込んで再び眠りそうだ。それがまたナマエのテンションを一段下げた。

「そんな事なんて言うな。留年なんか許さないからな」

もしレオナが留年でもすれば、留年の手続きは面倒くさいし書類が溜まる年数が更に伸びる。それはぜひとも回避したい。レオナのためでもあるが何より自分のためだ。
そもそも既に留年しているのにまた留年なんていくら強かろうと格好がつかないのではないだろうか。

「成績は良いんだから文句ねぇだろ」

鬱陶しそうに頭をかくレオナの顔は二十歳という年よりもっと幼い子どものように見える。知ってか知らずか、感情をそのまま反映したようにフサフサした尻尾が床を叩くように大きく揺れた。

「成績と出席率は別問題なんだよ。出席率低かったら点数よくても単位やらねぇぞ」

生徒手帳にだってそう書いてあるのだ。
レオナの怜悧な頭脳には恐れ入るが、学校としてのルールがある以上レオナも対象だ。ナマエが淡々とレオナに促しても、退屈そうにくぁとあくびをしている所を見ると全くやる気はないのだろう。

「いい加減ブッチくんが心労で倒れるからブッチくんのためにも出ろ」

あぁこんな寮長の世話を焼いている彼がかわいそうになってきた。
今頃ラギーは真面目に授業に出ているだろうに、終わればまたこの男の世話をかいがいしく焼くのだ。ナマエの差し金で授業に出ろと囃し立てもするのだろう。

「なんでラギーが倒れるんだよ」

けれどこれでは梨の礫だ。このレオナの態度を見ると本当に効果がないのだ。
何故急にラギーが出てくるのか、心底訳が分からない、怪訝な顔をするレオナにナマエもおかしなものを見るような目で見返す。

「なんでって君のお世話係だろう」
「あれはあいつが勝手にやっている事だ。俺は頼んでない」

腕を組んで顎を突き上げたレオナは実に偉そうだが、あぁそういえばこいつは事実偉いのだったのだと思い出す。
優雅で怠惰で横柄な、絵に描いた様な王族。
何故ラギーはなんだかんだと言いながら付き従っているのか、不思議ではある。

「哀れだなブッチくん……」

本人たちにしか分からない何かがあるのかもしれないけれど、ナマエはただただ素直にラギーを哀れんだ。そしてレオナをどう丸め込もうか、改めて思案しはじめた頃になって、重たい鐘の音が鳴った。午前授業の終わりと昼休みを告げる音だ。

「もう昼か。俺もう行かないと」

思ったよりも時間が過ぎていたらしい。ナマエはぱっと顔を上げて、植物園の出入り口の方へと視線をやった。

「あ?なんだ急に」

その変わり身の早さが腑に落ちなかったのだろう。「さっきまで散々口うるさかった癖に」とレオナの驚きとも文句とも言える言葉を聞きながら、ナマエは未だ座ったままの子どもを見下ろす。
普段は見れない真上からの三角形の耳や頭のつむじがなんだか少し可愛く思えた。

「俺は君とは違ってメリハリをつけて休んでいるんだよ」

本当は休憩中にまで仕事なんて面倒だから御免だし、休憩中は給料は発生しないし。と内心色々理由を並べてみたが口には出さずそっとしまっておく。

「突かれたくなきゃ早く卒業して大人になれよ。キングスカラーくん」

わざとらしく小馬鹿にしたような声をあげると、小さく舌打ちらしい音が聞こえた。
そういう所だってば、とはさすがに言わなかった。
大人であるナマエは聞かないフリをするのが得意だった。

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