真面目先輩と宇佐美10*


ナマエの人生において悩みと言えばここ数年は仕事の出来だとか囚人との付き合いだとかそんなお硬い悩みばかりだったと言うのに、今もっぱらの悩みと言えば宇佐見の事である。

先日門倉に告げ口をしようとした所を発見されて以来、宇佐見の動向がおかしいのだ。
宇佐見と言えば勤務中にあれやこれやとナマエの妨害をしてきたものだが、ここ数日すごく真面目に働いている。真剣なのはいい事だが、逆にこちらがそわそわして落ち着かない気持ちになる。

「お前ほんとに何がしたいんだよ」

我慢ならなくなってついに矛先を向けると、宇佐見はへらりと笑ってナマエの追求を避けた。

「何って?」
「四六時中視線を感じるんだが」

ナマエだってこんな事は指摘したくはないが、事実は事実なのだから渋りながらも口を開いた。
宇佐見の行動が落ち着くと同時に、今度は突き刺さるような視線を感じるようになったのだ。
ただぼうっと見ているだとか、仕事を盗むために観察しているだとか、そういった類ならまだしも宇佐美の視線はそのどちらでもない。その視線に晒されるとどんな物を身に纏っていても剥がれていくような、熱を帯びたものだ。

「自意識過剰じゃないですか」

全く悪びれる様子もなくけろりと言ってのける宇佐見を心底質が悪いと思う。

「んな訳あるか!」
「だって後ろ向いてる時とか、僕の事見えないでしょう?後頭部に目でもついてるんですか?」
「ないけど分かる」

ついて回ってくる事に大しては諦めもつくというものだが、仕事中だけでなく風呂や休憩中、果ては厠に行く時まで。おかげでここ数日全く気が緩まない。
もしやまだ門倉部長に相談しようと思っている事を根に持っているのだろうか。だが元はと言えば宇佐見の行為が原因であって、こちらに全く非はないはずなのだ。

だって俺は完全に被害者だ!

最近は常にある眉間の皺を抑えて、ナマエは俯く。
そんな事を考えた事もあったが、考えた所で常識外れの宇佐見の事など分かる気もしなかった。

「もう理解ができない」

つい本音も溢れてしまう。溜まりに溜まったストレスをどうにか緩和させようと一度大きく息を吐き出してから、ナマエは壁に引っ掛けていたマントを手にとる。
一つを宇佐美に手渡して、二人して大きく翻して肩に羽織る。いつ身につけてもゴム独特の匂いがしてあまりいい気分ではないが、匂いに我慢するのとずぶ濡れになるのとどちらがいいかと言われればナマエは間違いなく前者だ。

「先輩って僕の教育係じゃないですか。仕事を盗むために見るっていうのは間違いじゃないでしょう」
「だからって厠にまでついて来るなよ。関係ないだろ」

いつでも振り向けば誰かがいるなんてとんだ恐怖体験だ。まだこうして堂々と傍にいてくれた方がマシだが、だからといって調子に乗ってずっとこうされるのも気分が悪い。
ナマエは仕上げに襟元に縫い付けられた頭巾をすっぽりと被る。宇佐見の準備ができたかなんて気にもせずに、「行くぞ」と声をかけてさっさと職員官舎の玄関から外に踏み出す。

今日は生憎と曇天の空で、こんな日が休日だったなら濡れずに済むのにと思う。そんな無意味な願いを打ち消すようにマントの上で水が跳ねる。

「怒ってます?わざとやってたんですけど」

さらりと告げられた一言に、頭巾に覆われたナマエのこめかみにぴきっと青筋が浮かんだ。
置いてきたつもりがちゃんと隣に追いついてきた宇佐見もゴムでできた頭巾を額にまでかぶっている。影のかかった顔は普段よりも薄気味悪く感じた。

「誰だって怒りたくなるに決まってるだろ」

こんなに好き勝手やられて怒らない奴がいるならお目にかかりたいものだ。そんな仏みたいな人間いる訳ない。

「わざとなんて言われたら猶更苛々する」

おかげでマントの上をびちゃびちゃと当たって流れていく雨の音すら鬱陶しく思えてくる。人の気も知らないで纏わりついてくる雨水はこの男のようだ。指先に滴ってきた雫を手を振って払い落としても、すぐに雨水が肌を濡らす。

「すみません。でも僕先輩が怒ってるの好きなんですよね」

そう言いながら宇佐見は大股で二歩先を歩いて首だけを後ろに向ける。にやぁっと口元が歪んでいた。

「最悪の趣味だ。即刻やめろ」

そのまま器用に後ろ歩きのまま歩いているのを見ると、ナマエは少しだけ足元に視線を落とす。
ゆるやかに傾斜のある下り道は土が剥き出しで、雨が降ってぐちゃぐちゃになっている。その上あちこちに小石が転がっていて、つるりと足を滑らせそうだ。そんな道の上を足下が汚れるのも気にせずぴしゃぴしゃ泥水を跳ね上げている宇佐美を見ると、転ぶんじゃないだろうかなんて心配が一瞬思い浮かんだが「絶対嫌です」と断言する宇佐見がどうなってもいいかと思うくらいには心がやさぐれていた。

「せっかく先輩が何もできないように見張ってるのに」

ナマエははてと宇佐美の楽しそうに雨に打たれる姿を見る。
何をしないように見張っているとはどういう事だろうか。宇佐美に監視されなければならない事などするつもりなどないのだが。全く心当たりがない。

「何を見張ってるって?」

宇佐美が立ち止まっていたので、三歩で追いついたナマエは頭巾に覆われた顔を覗き込んだ。

「何って、ひとつしかないじゃないですか」

雨と共に薄く微笑む視線が降ってくる。そちらに気を取られて、胸を真横からつつく人さし指に触れられるまで気が付かなかった。ナマエの身体がピクリと跳ねる。

「僕としたの結構前でしょう。それからずぅっと見てるから、弄ってませんよね?」

宇佐美の濡れた指先がゴムの上から真っ平らな胸をなぞり、胸から腹へ少しずつ雨水と一緒に下りていく。

「そんな事のために?くだらねぇ」
「大切な事ですよ」

宇佐美の言う通り、ここしばらくそういった事はご無沙汰だった。何せ視線がある所でそんな事をする趣味はないし、厠にでも籠ろうものならあの悪夢がよみがえりそうだ。いっそこのまま気付かないフリをして、忘れてしまえたら良かったのに。
そう思いながらも腹の底から熱い訴えが蘇ってくるのだからナマエは困る。これですら宇佐見の計画通りみたいじゃないか。

「面白い事のためには手を抜きたくないんです」

そのまま腰を引き寄せられて見た目よりも分厚い身体と身体がぶつかりあう。毒を乗せた血が素早く全身に巡りそうな気がした。雨に打たれる宇佐見の身体はひんやりとしていて、ナマエは「こいつの思いやりの無さそのものみたいな温度だ」と思いながら胸板を手で押し返そうとした。

「俺は面白くない」

ぐっと掌全体に力を込めているのに、逆に近づいている。ナマエの力もプライドも全て抱き込んで潰す勢いだ。

「ここ最近の先輩はあからさまにそわそわしてて、見ていて面白かったから僕は満足してます」

ぼそぼそと耳元で囁く声は雨音にかき消されずしっかり拾えてしまう。聞こえないフリができたらよかったのだが、ナマエの目と鼻の先に宇佐見の顔が近づいてそれもできそうになかった。

「顔が近い」

ぐっと近づいた黒々とした瞳には仄暗い炎が揺らめいているように見えて、ナマエは目を奪われる。

「もういい加減放せよ」

それも一瞬の事で、ハッと我に返った。胸と胸の間に挟んだ手は最早挟まれるばかりで最早抵抗ができないが、このまま容認するのはもっと嫌なのだ。

「例えばこことか、むずむずしてませんでした?触って欲しいなぁとか思いませんでした?」

背中に回った手が双丘を淫猥に撫で上げ、反射的に身体がカッと熱くなる。宇佐見は時々、ナマエよりもナマエの事が分かるような事を言う。

「その手にはのらないからな」

けれどこれは驚きであって決してそういうものではないのだ。
じわじわ忍び寄ってくる色事を今度こそ振り払うように身体を突き放した。すると案外簡単に空いた距離に拍子抜けしたのはナマエの方だった。

「つまんないなぁ」
「つまんないならつまんないらしい顔をしろ」

笑ってるぞ、と指摘するとまた一段とにんまりと笑う。
わざとらしく両手をあげてお手上げのポーズを示しているのに、顔は笑っている。言葉も動作も何もかもがチグハグで、その歪さが宇佐見らしいとも思える。
だがわざわざ不気味なこの男をつついてやる程ナマエは暇ではない。かまってやると調子に乗るのだから放っておくに限る。
重いマントを翻して再び歩き出すと端についていた雨が宇佐見に直撃したらしい。「あっ濡れた!」と騒いでいるのを無視してナマエは黙々と歩いて行った。

ゆるやかな傾斜をくだっていけば正門はすぐそこにある。
官舎から正門に歩いてくる間に、まさか雨がやむことなどなく打ち付ける雨の強さに比例して正門のあたりには人気はなかった。唯一正門脇の詰め所からは淡い光が漏れている。
赤煉瓦を積み上げて作られた立派な門の両端には二畳ほどの部屋が作られている。正面から見て左が面会するためにやってきた一般人が待つ待合室で、もう片方は看守の待機部屋と受付を兼ねていた。晴れの日は外で見張りをする看守が悪天候の日にはその部屋の中に入り執務に励むのだ。
今日は外に出るのも嫌になるほどの雨だ。迷うことなく受付の扉を叩くと内側からゆっくり扉が開いた。細く漏れてきた光に思わず目を細める。

「おつかれさまです。交代にきました」
「ようやく来たか。お疲れ」

緊張感に欠けた顔がひょこりと現れた。そのまま扉が大きく開き、ナマエと宇佐見を引き入れる。

「今日はどうですか」

狭い受付部屋の中でマントを脱ぎながら、湿気のこもった狭い部屋の中をぐるりと見渡す。
部屋の中に唯一ある小机の上は皺の寄った帳面が置かれ、男が先程まで座っていた肘掛椅子が引かれたままだった。

「この雨だからなぁ。わざわざ囚人に会いに来る奴はいないよ」

おかげで暇だった、とぼやく看守は眠そうにくぁと欠伸をする。外で立っていればまだしも、椅子に座って外の様子を黙って見ているというのはとても暇な事だ。究極の退屈は眠気を誘う。時折交代時間になっても眠りこけた奴もいるくらいだ。
この男は眠気に耐えていたのか、それとも調子良く起きたのか。今ではどちらだか分からない。
男は壁に引っ掛けていたマントを羽織って、襟元の頭巾を引き寄せる。

「そういやナマエさ、最近なんかあった?」

そうして何気なくナマエを見た。

「え?何かって何ですか」

思いついたような言葉にナマエは一瞬驚き、次いで怪しむ目つきになる。
あやふやな質問はどうにも何か探られているような気がする。あるいは自分の与り知らぬ所で噂話でもされているのだろうかと疑ってしまう。

「うーん。雰囲気が変わったような気がしたんだが」

煮え切らない視線が宙に向けられ定まらない。蛇に睨まれたカエル、ならぬナマエに睨まれた男は無言で発せられる圧に言葉を濁す。

「でもその調子を見ると俺の勘違いか」
「俺は何ら変わりありません」
「そうだな、うん。それじゃ後よろしく。新人も、しっかりやれよ」

ぽんと通り過ぎざまに宇佐見の肩を叩いた男は逃げるように雨の中に身を投じた。ナマエに何か言われるのを避けたみたいだ。
自分が話を振ってきたくせに自分勝手だと思いながらナマエはやれやれと肩をすくめた。

「宇佐見、扉閉めろ。雨が吹き込む」
「はい」


雨音が硝子に当たって砕ける音が延々と聞こえる。再び窓の向こう側を見れば雨に歪まされた景色ははっきりと見えない。これでは客が来ても気が付かないかもしれないと思う反面、男の言う通りこんな雨の中では誰も来ないだろうと思う。
ナマエは机の上に目線を戻し、定期的な報告文を帳面に連ねていく。
雨の音と無心に取り組める仕事。ナマエの好きなものだ。集中していれば心が落ち着いてきて、このまま穏やかに仕事が終わる事を願う。
けれどそれは己一人でいれば、の話だ。
肘掛椅子に座っていたナマエの背後からするりと鎖骨あたりに手が伸びて来る。

「しっかりやれって言われたばっかりだろ」
「だって退屈ですし」

ぶぅぶぅと文句を言う宇佐見の手をパシッと弾いたが、当たり前のようにまた纏わりついてくる。
帳面に鉛筆を走らせるのはナマエの仕事だが、外を見るのは宇佐見の仕事だ。だがこの雨だ。ずっと潤んだ窓を見ているのも退屈なのだろう。
気が滅入るのは理解の範疇ではあるけれど。

「ふんふふーん」

だが顎をなぞり顔の形を確かめるみたいにペタペタと這う指は鬱陶しい。気が散ってしょうがない。どうにか無心を貫こうとじっと耐え忍んでいると、やがて口元にまで回り込んだ親指が唇を割って入ってくる。

「おい」

これ以上は許せない。
振り返ろうとすると、額をぐっと後ろに引き寄せられて叶わない。後頭部に硬いものが当たったが、おそらく釦だろう。

「ふ、楽しい」

開いた隙間から差し入れられた指が舌を引っ張り出しゆるゆると摩る。そのまま上顎を指先でなぞられると、背筋がゾクゾクしてくる。口内が感じるなんて宇佐美が触れてこなければ知らないで済んだ事だ。

「うぁ」

閉じられない口内には次第に唾液がたまってこのままだとこぼしてしまいそうだ。

「さっきの、先輩が雰囲気変わったって絶対僕のせいですよね」
「ちか」

違う、とはっきり口を動かせない。代わりに耐えきれなくなった唾液がだらりと口端からこぼれて静かにナマエの顎を伝い落ちて行く。
さすがに見逃せなくて一度鉛筆を置いた。口端を親指で拭って、空いた手で口内を弄ぶ手首を引っ掴む。

「違わないですよ」

ついでに額の手も払いのけ、ようやく後ろに立っていた宇佐見を見上げる事ができた。狭い部屋とは言え互いに手を伸ばしても余り有る広さがある。なのにこんなに至近距離にいるなんておかしな関係だ。

「きっと前の先輩ならとっくのとうに僕の事殴ってそうだし」

きゅうっと弓なりに細められた双眸に見下ろされると、捕えられた小動物になってしまったような感覚に陥ってしまう。どうやったって逃れられないと、染みこんだ快楽の支配がナマエの動きを鈍らせる。
ほら、と耳元で囁かれたのもつかの間。五本の指が服の上からナマエの首筋を撫でた。直接的な刺激にはならないものの、身体中を這いまわる手にはむずむずと落ち着かない快感をもたらす。

「ココだってこんなに反応してないでしょ」
「っ何すんだよ……!」

首筋、鎖骨、さらに滑って腹筋を辿る。終いには敏感な股の上を撫でられてナマエは小さく喘いだ。

「さっきの続き」

触れられて始めて、そこが硬さを持ち始めていた事に気が付いた。塊の形にそって指でなぞられ、鳴りを潜めたはずの刺激が強引に目覚めさせられる。

「……っう」

せっかく仕事で満たそうとしていた頭が、また与えられる快感で塗りつぶされてしまいそうだ。どうにかやり過ごそうと広げっぱなしの帳面に視線を戻したが、集中などできるはずもない。一度昂った身体は熱くなるばかりだ。

「やめろよ!……仕事にならない」
「煩悩に生殺しにされるよりいいじゃないですか」

ナマエが眉根に深い皺を刻んでも、宇佐美からは見えない。見えていた所で無視を決め込んだに違いない。
肘置きを掴んでガタガタと椅子を揺らした抵抗も、片手で背後から抱き込まれてしまえば成す術がなかった。

「ほっとけば治まる……!」
「そんな風には思えないですけど」

そんな言葉が耳元でから注ぎ込まれたかと思えば、熱い唇がナマエの耳朶に噛みついた。柔く歯を立て、荒くなった息が火照り出した肌をくすぐる。
無意識の内にナマエが肘掛の上に爪を立てると、肋骨に回っていた腕が緩まった。代わりに悪戯な指が背後から器用に上着の釦をひとつひとつ開けて、上着とシャツの間に入り込んだ。どこにそれがあるのか、まさぐる指の一本が小さな突起をかすめた。

「ひっ」

反射的に声が引きつった。自分では決して触らない場所だ。久々の刺激に恐ろしく肌が敏感になる。
今度は確信をもった爪先に突起をピンと弾かれると、じんとした甘い痺れに震えた。下半身に繋がる琴線を直接触れられたみたいだ。

「今はこういう事で頭がいっぱいでしょう?」

爪弾くだけでは飽き足らず、二本の指でくにくにと弄られたかと思えば爪先で引っかかれる。気まぐれな猫みたいな指先に翻弄されて、ナマエの乳首は固く尖って布との摩擦ですらしっかり拾ってしまう。

「乳首気持ちよさそうにしてる」

ふぅっと耳元で告げられる言葉に一瞬ぐっと喉が詰まった。

「お前がこういう事するから……ッあッ」
「ふふ、僕のおかげですよね」

指の腹でやわくつままれた先端の感覚にナマエの言葉は続かない。
こんな事に嫌悪こそあれど恩なんか感じる訳がない!仕事そっちのけでこんな色欲にふけっているなんて、落ちぶれているにも程がある。
やっぱりこのまま流されてはいけない、と持ち直した意思も突起を再びきゅっと摘まれるとあっという間に瓦解していく。

「んんっ」

意思と身体が乖離してしまっている。久しぶりの快感に身体は素直で宇佐美の味方だ。
宇佐美がナマエを弄ぶ度に下半身に熱が集まってくる。ずくんずくんと静かに脈を打つ腰はもうとても無視できそうにない。わずかに俯いた頬をほんのりと染めて、こっそり擦り合わせた膝をもじもじさせた。
すると宇佐見は服の中に差し込んでいた手を引き抜いて、ナマエが使っていた机の下に潜り込んだ。

「な、なにしてんだ」

驚いている間に、宇佐美は小さく丸めた身体でもぞもぞと落ち着く場所を探している。動く度にしっとり濡れた布同士がこすれて少し気持ちが悪い。

「何って、こっちを見せてもらおうかなって思って」

やがて両膝をついて座り込む体勢に落ち着くと、揃えたナマエの両膝の上に手をのせた。

「さわるな、っ」
「もう先輩の方がやめられないでしょう」

ナマエは慌てて革帯を掴んで抑えた。これだけは最後の砦だ。そう思うのにこの後の事を考えてしまってごくりと喉が鳴ってしまう。革帯を掴んだせいで張りつめた股間が余計に強調されてしまった気がして羞恥に瞳が潤む。

「今更恥じらう事もないのに」

まるで心を読んだように宇佐美は囁いた。
思いのほか優しい手つきでナマエの指を一本一本解いて、穴だらけの防衛線を突破した手が革帯を外した。一気に緩んだズボンの中に淫猥に蠢く指先が堂々と入り込む。

「苦しそうですね」

そう言いながら下着の上からやんわりと形をなぞられると、嫌が応にも反応してしまう。

「ッあ」

声を出さないよう歯を食いしばっていたのに、自然と甘く気怠い声が空気に溶けた。
宇佐美は閉じられた膝を片手で開き、下穿をも緩めてナマエの下半身が空気に晒される。雨が降る今はひんやりとした空気が漂っているはずなのに、全く冷たいとは思わない。

「わぁガチガチだ」

改めて指摘されると快感を貪る自分の身体がひどく浅ましく、ナマエは現実から逃亡するように下半身から目をそらした。
宇佐見の言う通り、締め付けから解放された陰茎は既に芯を持っていて、空に向けて反り立っている。我慢に我慢を重ねたそれは既に先端から蜜液をはしたなくこぼしていた。

「あッ、馬鹿!」

突然腰の奥から焦がれる快感が広がってナマエの背がしなる。思わずぎゅっと目を閉じてしまった。
重力に従って伝い落ちるその一滴を悪戯な指が掬い、ナマエの下半身に塗りつけるように陰茎を上下に擦ったのだ。

「あっ、あぁ」

宇佐美の手に触れられると、身体の奥の奥まで触れられているようだ。
ビク、ビクと揺れる反応を見ながら巧みに指を動かして攻め立ててくる。指先だけで優しく根元から扱き上げ物足りない愛撫を与え、ナマエの我慢できるラインを探っているのだ。

「触って欲しいですか?」

薄っすら目を開け、足元に視線を落とすと足の間にはにっこりと笑う宇佐美がいる。
己の屹立に両手を添えて微笑む様は異常な光景だ。ナマエが黙ってその顔を見下ろしていると、宇佐美が嵩張ったカーブを親指でなぞりはじめた。沸き上がってくる痺れが椅子に縫い付けられた全身に行きわたる。

「くッ……」

何もかも宇佐美の思い通りのような気がする。それが無性に悔しくなって、ナマエはわずかに残った理性をかきあつめて肘掛を掴んでいた手で机の中に納まっている綺麗な頭を押しのけようとした。

「もう、よせ……ッ」

思いのほか力が入らない。ただ掌でやんわりと押しただけだ。こんな時にナマエは宇佐美の髪が思いのほか柔らかいのだと知った。

「ふふ、ナマエ先輩って本当に強情だな。嫌いじゃあないですよ、それ」
「じゃあ」
「見逃してあげる、訳ないじゃないですか」

宇佐美の手中にある陰茎は痛い程張りつめていて、できることならば抗いようのない波にのまれてしまいたいとも頭のどこかで思う。快感に震える身体の熱はあがる事はあれど冷める事はなさそうだ。
けれどまさかこの男の手に委ねて遊ばれるのも、自分で極めるなどもってのほかだ。ナマエは与えられる快楽に耐えようと背中を丸めて宇佐美を見下ろす。

「ずいぶん余裕そうですね?」
「ア”ッ」

ぱくぱくと雫をこぼしていた割れ目を指の腹が擦った。勿体ないからと先端に塗りこむようにぐりぐりと捏ねられると腰骨が砕けるような悦楽が襲ってきた。それはさながら津波のように躊躇いを押し流して、脆弱になったナマエが宇佐美の手中に転げ落ちる。

「あ……あぁッ……」

反射的に片手で口を塞いだが、隙間だらけの指はさして役に立たない。容赦なく掌で陰茎を包まれ、上下に扱かれると嬌声が止まらなくなった。
自身の零した蜜液が立てる厭らしい水音と混じって狭い部屋の中に反響して、一層淫靡な空間になる。漂う雰囲気に飲み込まれて、ナマエの頭はクラクラしっぱなしだ。

「もっと聞かせて」

楽しそうな宇佐美が足の間から上目遣いでこちらを見ている。休む事なく絞られる陰茎に、時折吐息がかかって、それすらも刺激的だった。

「んん―ッ!」

長い間触れられていなかった陰茎はもう我慢の限界だ。かぶりを振ってナマエは全身でこれ以上は無理だと訴えた。握られた逸物はさらに熱を帯びて、腰をわななかせる。湿った靴の中に納まっている爪先が思い切り丸まった。

「もうイキますか?」
「ん…ッうァ、いぐ……ッ!」

煮え滾っていた熱がせりあがってくる。待ち望んでいた感覚に耐えきれる気がしなくて、もう片手で肘掛を思い切り握った。

「でも今日はイカせてあげません」
「うッ、」

途端ぐっと宇佐美の指が根元を押さえつけた。その瞬間、腰に重く甘苦しい刺激がのしかかってナマエは叫びそうになった。目の前に楽になる瞬間があったというのに、せき止められた逸物はただただもどかしくて苦しい。吐き出す場所のない苦悶が身体の隅々まで行き渡った。

「なんで、ぇ」
「だって先輩我慢するの好きでしょう?」

片手でナマエを押さえつけながらも、空いた手で意地悪く茎を撫で上げた。昇りつめようとしていた逸物をなおも触れられて、ナマエはたまらず己に手を伸ばしたが指先に力が入らない。添えるだけになった指は飾りでしかないのに、何故かいけない一線を越えてしまった気がする。

「っ嫌だ、離せよ……!」

じんじんと身体に響く刺激は苦しく触れられるのは辛い。けれど次第に甘美なものへと変わっていく。その先にある快感を思うと腹の奥底から尖った快感が膨れ上がってしまうのだ。
知らず知らずのうちに昂る期待がナマエの身体を少しずつ変貌させているのに本人だけが気が付かなかった。

「本当にそれだけですか?実はイイって思ってません?」
「思ってな、いッ」
「ふぅん。じゃあ良くなるように僕頑張りますね」

にこっと男の目が笑い、小さな口の隙間からちらりと赤い舌が覗いた。薄い唇を舐める、その仕草にナマエの肩が大きく跳ねた。言わずとも何をしようとしているのか、ナマエにはもう分かってしまった。

「無理、あ、ッ!」

これ見よがしに伸ばした舌が、硬くそびえる陰茎の根元にぴたりとくっつく。ざらりとした熱いものが裏筋を一気に舐め上げた。

「ッあ、……くぅ」

雷のような快感が脳天を突き抜け、熟しすぎた下半身が大きく戦慄く。充血したそれをぱくりと口に含まれて、滲み出ていた蜜を音を立てながら吸われると、口腔の中でピクピクと己が痙攣した。

「ぐ、っあぁあ……ッ!」

我慢のさらに向こう側へと全てが引っ張られた。暴れ狂っていた快感が抑え込まれていた陰茎から全身へと駆け巡り、皮膚を総毛立たせる。呻きながら甘く達したナマエの身体は意識が飛びそうな絶頂の中でも熱を吐き出せない辛さに苛まれた。体内に留まっている気持ちよさは全く冷める事なくじっくりと余韻を味わわせ、同時に思考も焼き尽くしていく。

「出したいですか?」
「はァ、っんん」

蜜口を舌先でつつかれて、ナマエの目じりに涙が浮かんだ。張りつめた逸物はとぷとぷと雫を滴らせて、宇佐美が一度舐めてもまた溢れた蜜が手を濡らし、滑りを良くする。
再び手中から淫猥な水音がこぼれ始めるとどうしようもなくなってただ声を聞かせる物に成り下がってしまう。

「ん、んんッ」

喘ぎ続けた声は細く掠れて、すすり泣きのようだった。もう自分の声も外の音も一枚壁を挟んだもののように思えていた。

「ね、ナマエ先輩ってば。聞こえてます?出したいなら返事して下さいね」

逸物をぎゅっと握られて、宇佐美のうっとりとした声だけが聞こえてくる。
机の下に納まっている悪魔は酒でも飲んで酔ったような、劣情に飲み込まれた顔をしている。なんでお前がそんな顔をするんだ、と苦い気持ちが一瞬舌の上に乗せられて、ごくりと飲み下した。

「出したいに……っんん、決まってんだろ…ッう」

代わりに情けない嗚咽のような声が口をついて出る。
元々ありもしなかった威厳も先輩という立場もぐずぐずに溶けて、頭の中にはこの溜まりに溜まったものを解放したいという欲望だけが渦巻いていた。自分が何を口走っているかもよく分からない。
ただ下から覗き込んで来る宇佐見が人さし指で敏感になっている先端を一掬いして口元に突きつけてくるのだけはしっかりと認識していた。

「んァ」

苦い。気が付けば舌先に宇佐美の指が触れていた。いや、宇佐美の指をナマエが舐めたのだ。何を言われた訳でもなく、肉欲に負かされたナマエの身体が素直に無言の要求に答えていた。

「あは」

両頬のホクロがわずかに持ち上がり、笑った宇佐美の白い歯が見える。それが解放の合図だった。

「よくできました」

締め付けていた指の輪がゆっくりと大きくなって、くすぶっていた歓喜があっという間に体内を這いまわる。

「はァ……ッあ、あ…ッ!」

とぎれとぎれの鳴き声を後押しするように、宇佐美の手が熱い塊を擦りあげた。解放を渇望する反面、少しの恐れに喉を引き攣らせたナマエが足を閉じようと内腿に力を入れようとすると、宇佐美が片手でぐっと足を開かせた。

「僕によく見せてください」

決して強くない、むしろ残酷なまでに優しい手淫ですらナマエを悦楽に突き落とすのには十分だ。
腰の奥からこみ上げた熱が狭い通り道を駆け抜けていく感覚は耐えがたく、気づけば汗ばんだ身体を淫らな手に擦りつけていた。
宇佐美の口端がニッと持ち上がる。

「ぅっ、あ”アァ……ッ!」

とうとう先端から白い精をぶちまけた。その瞬間、身体が燃え尽きそうな程熱く、頭が真っ白になるほど気持ちがよかった。
宇佐美の前で足を大きく広げていることなど頭から抜け落ちて、素直に快楽に飲み込まれる。目の前で自分の蜜で汚れた宇佐美の顔や手を潤んだ視界の中に捉えながらも理解ができない。ただただ甘美な痺れに指先まで支配される。

「ンン、はぁ……ッまた出る……ッ」

射精は一度に留まらず、まだ出し切っていないのだと主張するように開閉する先端から精を弾けさせる。どくん、どくんと己が外に出ていく度に背がしなって軋む。首まで反って、喉仏がくっきりと浮き出た。

「ん、もっと出して」

反らせた胸越しに宇佐美が大きく口を開いているのが見えた。直後、温かな口腔に包まれて舐られる。
残滓を一滴も残さないように、ちゅうと吸われるとたまらない。強烈な刺激に震えて宇佐美を見下ろす。

「んふ、もっとくらさい」

痙攣し続けるナマエのモノを頬張る宇佐美は目じりを下げて笑っている。敏感な陰茎をしゃぶりながら、ナマエの痴態を一生懸命にその目に焼き付けていた。

「〜ぅン、ァあ、……くぅ」
「ん、んん」

何度もやってくる怖い程の極みをもう拒めなかった。一度崩壊した理性はそう簡単には戻れない。宇佐美に咥えられたまま大きく脈を打ち、白い蜜を迸らせた。


「うーん、やっぱり机の下は狭いですね」

宇佐美はくつろがせたナマエのズボンから手拭いを引っ張り出して後片付けをしてからガタガタと机を揺らしながら這い出て来た。自分の手拭いで頬、指先と拭いながら間接をポキポキ鳴らす。長い事窮屈に収まっていたせいで、改めて真っすぐに背筋を伸ばした姿を見るとさっきまでの事は幻だったような気がしてくる。
椅子に座ったまま突っ伏したナマエはチラリと宇佐美を見てから額を机と擦り合わせる。射精後の気怠さと心地よさにが抜けきらず、未だに酩酊したように肌が淡く色づいている。

「はァ……」

息を整えているつもりだが傍から見れば居眠りでもしているような体勢だ。

「先輩ってば、もう無視ばっかり」

突然そんな声が真上から聞こえてきた。
顔をあげるのも億劫でナマエが無視を決め込むと、頭の上にぽんと手が置かれる。そしていきなり髪を引っ張られ、無理やり上を向かされた。

「なん、だよ……」

もう終わったんだからほっといてくれ。
そう思いながら今できる目いっぱいの険しい顔をする。髪を引っ張られるのにもムッときた。宇佐美の顔が静かに近づいてきても微動だにしない。
また何をされるのか分かったもんじゃないのだ。本当は顔を反らすなり何なりしたい所だが、疲れ切った身体を動かす気は起きないのが事実だった。
じっと黒くて丸い双眸と見つめ合う。

「“今日も”良かったでしょう?」

ニコッと目を細めて笑った顔はどことなく幼く見えるがその無邪気さがナマエを毎回溺れさせる。だからこそ恐ろしい。子どもっぽい笑顔の裏で灯った色欲の炎は未だ消える事なく燃えているように思える。
身体に触れられるたびにナマエの全身を眺め回すそれは未だにねっとりと絡みついている。

「もって何だよ」
「言葉通りですけど」

何の脈絡もなくパッと髪を手放されて、ナマエはまた頬をべったりと机にくっつける。そのまま目だけで宇佐美を見上げた。
ナマエは宇佐美がどうしていたかなんてあまり覚えていないのに、宇佐美はきっと全てを覚えていて、コマ送りのように思い返せるのだろう。そして今日の痴態も間違いなく綺麗に丸刈りされている頭の中に記録されたはずだ。

「お前のせいでまたこんな、」
「はいはい。だから僕のせいでいいって言ったでしょう」

そう言われると言い返す言葉がなくなって、ナマエの口も自然と閉じてしまう。宇佐美のせいだと認められてしまうと、どう言葉を選んでも空振りしたような気分になりそうだ。
ナマエがどうしたものかと思案しているのを知ってか知らずか、宇佐美は壁に寄りかかって何気なく窓の向こう側に視線をやる。

「僕、雨は嫌いだったんですけどこういう楽しみがあると思うと好きになりそうです」

窓を打つ雨音はここに来た時よりも激しく煩い。
この調子ならば外に声は聞こえていなかっただろう、と安心する一方でこんなに煩かったのに全く気にならない程周りが見えなくなっていた自分をナマエは恥じた。
腕で顔を隠しながら「そんな楽しみねぇよ」とくぐもった声で返すのが精いっぱいで、宇佐美に聞こえたかどうかなんて二の次だった。

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