第七師団の日常(過去)


その日は何故か俺の中に積もっていた鬱憤が爆発した日だったのだ。

「俺はあなたの事認めてないですから」

だからと言うのは言い訳がましいが昼食の乗った盆を持ったまま、俺は真っすぐ奴の元へ歩いて行き、真正面からそんな言葉を投げつけていた。

数多く兵士がいるこの食堂でなんで目的の人物の元に真っすぐ向かっていけるのかって、それはこの男の傍で飯を食おうとは誰も思わないからだ。皆いつも遠巻きに見ている。
見惚れている奴もいれば、俺みたいに嫌っている奴もいる。とにかくいつも一人で飯を食っているから不自然に席が空いていれば奴がいるということだ。

ミョウジナマエ上等兵はご丁寧にも咀嚼していたものをごくんと飲み込んでから視線を上げた。感情のない目が俺を捕らえて、

「認めるも認めないもご自由にどうぞ」

すぐにふいっと自分の盆に顔が戻る。

「なっ」
「ごちそうさまでした。お先に失礼」

わずか数秒。気に留めるようなことでもないとでも言いたげな冷めた態度だ。
しかも俺に二度と一瞥をくれることもなく、盆を持って席を立ちあがったミョウジは俺を無視して一足先に食器を片づけて食堂を出ていく。
混んでいる食堂の出入り口すらもミョウジが歩けば人が避けていくのだから誰しもが彼をいろんな意味で特別視しているのがよくわかる。

腹立たしい。
俺は目の前の空席に座って早速朝食の漬物を口内に放り込む。
ポリポリ、ポリポリ。良すぎる歯ごたえが余計に火に油を注いだ。

ミョウジナマエという男はとにかく鼻につく。
俺達田舎者には興味ないとでも言わんばかりにいつも能面みたいな顔しているし、無表情な顔もただただ綺麗なだけじゃないか。
それに普段も自分勝手な振る舞いが目立つ。鶴見中尉に目をかけてもらってるからって調子に乗ってるんじゃないのか。そもそも鶴見中尉に特別視されてるのだってその顔ありきに決まってる。あんな可愛げもない奴。

「くそっ」

気づけば俺は鍬を振り上げて勢いよく地面に打ち下ろしていた。
ぐっさりと人一倍勢いよく地面にささった鍬と、怒りを吐き出した声は黙々と作業を進めていた兵士の間じゃ目立ってしまったらしい。何事かと周囲の注目が俺に集まっている。「すいません、何でもないです」俺はすぐさま頭を下げて、何事もなかったかのように鍬で濃い土色を掘り返す。
そうして少しずつ皆自分の作業に戻っていってくれるのだが

「何怒ってんだよ」

興味を失わず、むしろ食いついてくる奴もいる。
古参の一等卒だ。俺と同じ一等卒だが、先に入っているから一応先輩ということになる。だから俺も無下に対応はできず、少し面倒だと思った。

「うるさかったっすね。すいません」
「いや?ただ最近お前イライラしてるみたいだから何かと思ってよ」

先輩は鍬を杖のようについてニヤニヤした顔でこっちを見る。
そんなに表に出ていただろうか。自覚していなかった分驚きつつ、俺は半ばヤケクソになりながらミョウジのことを口にした。
この先輩を無難に躱すのはやっぱり面倒だったし、当の本人は今日もやはり鶴見中尉の使いか何かでどっかにでかけていていないのだ。いないことを良いことに俺は吐き出すようにあぁだこうだと文句を言った。それはもうありったけ。先輩がうんうんと頷くから余計に喋ってしまう。

「実は俺もあいつは調子に乗りすぎだと思うんだよ」
「ですよね!」

俺は大きく頷いた。やっぱり同じことを思う人は他にもいたのだ。
元が金持ちだから何なのだ。今は俺達と同じ兵卒で、特別扱いされるなんておかしな話だ。
特に先輩はそう思うだろう。
ここだけの話、上等兵には試験が通らなければなることはできないのだ。ミョウジの方が年は若く、立場は上なのだから腹も立つだろう。

「じゃあお前も俺の作戦にのらねぇか」

ニヤリと先輩の口端が上がる。

「え?」
「実はちょっと悪戯をしてやろうと思ってな」

声を潜めた先輩は周囲に聞こえないように俺にだけ耳打ちをして、数秒後にはその意地悪そうな笑みを見開いた目で見つめていた。



ミョウジの周囲には目に見えない壁が生まれるのは食堂が混んでいる朝食時ですら同じらしい。俺も変わらず離れた席からそれを見ているのだからその見えない壁の一端を担っていると言っても過言ではない。
さて、何故俺がそんな事に気付くかと言えばさっきからミョウジを監視しているからだ。

「おい、お前食わないのか?」

ハッと前を向くと同期の奴が頬杖を付きながらじとっとした目で俺を見ている。
おかしい、さっきまでは奴の器には飯が半分ほどあったはずにのだがもう空だ。

「いや食う」
「ぼーっとしてるとまた時間になるぞ」
「あぁ」

それはまずい。昼時まで飯抜きなんて腹が減って死にそうになってしまう。
俺は急いで飯をかきこんだが、視界の端でミョウジがゆっくりと席を離れたのを見つけてからは最早噛まずに味噌汁で米を流し込んだ。同期が目を丸くしているのも無視して「ごちそうさまでした!!」食べ終わった食器を片付け、まだ混み合っている食堂を走りぬける。

「おいッ」

そして人混みのその先にやはり優雅な足取りで一人歩いているミョウジがいた。
さすがに誰も周りにいないせいか、呼び止められたのは自分だと自覚はしているらしい。すぐにくるりと振り返り、俺の顔を見た瞬間にお美しいと皆が口を揃えるその顔に嫌悪の表情を見せる。

「また君か。今度は何の用?」

俺は忙しいから手短に、と付け加えるミョウジはやはり上から目線でカチンとくるものがある。いや事実立場は上なのだが。
そんな言い方をするから敵を作るのだ、と内心ひとりごちながら「ミョウジ上等兵、この後の予定は」と聞くと

「この後?それ君に関係ある?」

とミョウジは言った。

「ないです。けど教えてください」

俺の言っていることがおかしいのは分かっているが、そんなにあからさまにおかしなものを見るような目をしなくてもいいではないか。
自覚があるのかないのか、わざとなのか俺には検討もつかない。ミョウジは渋々といった様子で口を開いた。

「これから物品の確認をしに物置に行く」
「じゃあそれは俺が変わります。ミョウジ上等兵殿は狙撃の指導にでも」
「ちょっと待て。なんでそんな話になるんだ」
「仕事がひとつ減るんだから喜んだらどうです。良い後輩を持ったとでも」

思って素直に頼めばいいのに、ミョウジは食い気味に「思う訳ないだろ」と言う。

「大体お前俺のこと認めないとかなんとか言ってただろ。何を企んでる?」

ジリジリと俺に詰め寄ってきたミョウジは俺が何かを答えるまで意地でも張り付いてきそうだ。俺はつい小さく肩を竦めて、目敏く気がついたミョウジが怒ったように腕を組む。

「別に。俺は貴方の事嫌いですし今も認めてないです」

嫌いなのは変わりないのだ。だからミョウジもこんな事を言わざるを得ない状況も変に首を突っ込む俺自身も面倒くさくて大嫌いだ。

けれど、けれどもだ。

『実はちょっと悪戯をしてやろうと思ってな。なに、奴が一人でいる時に……』

いかに嫌いな奴が面倒ごとに巻き込まれようとも少なくとも俺の中に残っている正義感のようなものが俺の身体を突き動かすのだから仕方ない。
それに何よりこの隊がまたミョウジのことで風紀が乱れるのは良くないだろう。鶴見中尉のお手を煩わせたくもない。「とにかく、物置には近づかないで下さい」念押しにもう一度、同じことを言うとさすがに何かを感じ取ったらしいミョウジがようやく一歩引いて、深くため息をついた。

「……分かった。では君に物品の確認を頼む。詳細は月島軍曹に」
「頼む気になったんですか。最初からそうすりゃいいのに」
「うるさい」

俺はついははっと声に出して笑ってしまった。
明らかにむっとした顔になるのは見ていてなんだか笑えたのだ。しかもうるさいとは。まるで子どもの口喧嘩だ。みるみるうちにミョウジの眉間にしわがよるのを目に入れながら、俺は無理やり顔を引き締めて「月島軍曹に聞いておきます」とだけ言った。
もうこれ以上言うこともやることもあるまい。ミョウジもそう思ったのか、はたまた嫌いな俺に笑われたのが腹立つのか。

「礼は言わないぞ」

と言ってこの場を去ってしまった。

はて、俺はいじめっ子気質だったのだろうか。大嫌いなミョウジが嫌そうな顔をしているとどうにも面白い。ひとまずしばらくは俺を見る度にあの顔をするのだろうことを思えば、悪巧みを思いついたようなニヤリとした表情が俺の顔には勝手に浮かぶことだろう。

「ふ、仕事するか」

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普通の兵士達にはまぁまぁな確率で鬱陶しがられてそうだなと思った話。
拍手ありがとうございました。
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