真面目先輩と宇佐美5*


網走監獄の敷地は広い。
放射状に伸びる中央見張所をはじめ、生活に必要な食糧庫や官舎など建物が何軒もある。それに加え囚人たちが肥やす広い畑やいくつもの独房。囚人の数が多い網走はそれなりに広い。だからこそ町と監獄を仕切る壁は厚く、門で仕切られ、外はぐるりとが走り、鏡橋を渡らないと町には出られない仕組みだ。

ならばその逆は、と言えば自然の城壁。雄大な山に阻まれている。
人間の背丈よりも何倍も高い木々がこれでもかと生い茂る。遠目からでも恐ろしい雰囲気を漂わせる森。そんな森の中に入りたいとは普通の人間は思わない。それでも時折脱走者が逃げていくのだが、囚人服の赤は天然の要塞の中ではよく目だつ。

いち早く見つけるのは、森の中に点々と設置された高見張り台である。空に上った月を見るように、首をもたげて見上げなければならないほど高い所にその小屋はあった。

そんな高見張り台からの監視は夜通し行われる。脱走なんて昼夜問わず行われる可能性があるのだから当然と言えば当然の話だ。二畳にも満たない狭い空間の中で日夜看守たちは目を光らせるのが仕事なのだから。

一看守であるミョウジも新人教育も兼ねて、今夜は高見張り台の上でじっと目をこらして一夜を過ごす。はずだったのだが、新人が一緒の時点で大人しく終わる訳がなかったのである。


「ねぇもう大人しくして下さいよ。2時間しかないんですから」
「嫌だ!お前が諦めろ」
「それこそ嫌ですよ。目の前にこーんなにそそるものがあるのに」

深い森の中に立つ高見張り台の上には小さなランプの光が揺らめいている。狭い見張り台の中ではその明かりだけでも充分なのだが、今日は満月。月明かりが部屋の中に差し込み、より部屋の中は明るい。

その中でひらり、ひらりと踊るように動く影。踊る、というよりはもう足元がフラついて、まともに動くのも辟易、といった調子だ。影の主であるミョウジはもう文字通り息も絶え絶えだった。

突拍子もなく伸ばされる腕に捕まらないように待ちうる全ての反射神経を注いで身体を捻る。追撃するように、首元を狙ってきた手を今度は上半身だけ右にそらして躱す。

「あ、また避けられちゃった」

黄色い光に照らされて、宇佐美の微笑みはより影をより一層濃くなった。影を纏った微笑みはどこか恐ろしく感じられる。対峙している今は更に。目は口ほどに物を言うというが、きゅっと細められた目にはメラメラと欲情の炎が燃えている。ミョウジにとっては絶望的と言えるこの状況が心底楽しいと言わんばかりだ。

「よくそんな恰好で動き回れますねぇ。すごい、けどもう諦めてくれません?」
「お前が勝手にこうしたんだろ!」
「あはは、そうですね。よく似合ってますよ」

残された反論の術は口ばかりで、今やその口すらも時間稼ぎに動いているだけだ。反撃にすらならず、むしろ煽っているようにすら捉えられる。

何せ今のミョウジは、と言えばとんだ痴態を晒しているのだ。
上着とシャツの釦は全て外され肌が露出しているし、軍袴も帯革が外れて中途半端にずり下がっている。今や腰で履いていると言っても過言ではない。今日は運悪く大き目の軍袴を調整して履いていた事もあって、もう少し動こうものならずり落ちそうだ。

ひどくだらしない……、羞恥心やら貞操観念やらがゼロの男といった印象だ。バカがつくほど真面目なミョウジとは真逆である。

だからこそこんな姿、絶対にしようとは思わないし、ありえない事なのだが現実はこれである。犯人はもちろん目の前の男。とても楽しそうなのだから悪質な愉快犯だ。

この高見張り台の上に梯子を登ってさぁいざ仕事だと目下に広がる森を見下ろした時。後ろに控えていた宇佐美に捕まったのだ。

「人捕まえるのが趣味なのかよ最悪だな!!」

最早宇佐美が遊んでくることなどには驚きやしないが、服を脱がしにかかるわ、恐ろしい”秘密兵器”を取り出してくるのだから慌てて見張り台の上を逃げ回るはめになったのだ。

「一方的に蹂躙するのって楽しくないですか?」
「そうだった、お前は悪趣味な奴だったよ」

身動きをひとつするたびにガチャリ、と微かに金属音がする。ひどく耳障りな音は宇佐美の手から逃れるたび、手元の冷たい感覚とともにやってくるのだ。よく見慣れたそれは、誰かがつけているのを見た事はあれどまさか自分がこんな事になるなんて思いもしなかった。

両手の動きを封じるために嵌められた囚人用の手錠のせいでミョウジの腕は一纏めにされてしまっていた。手と手を繋ぐ間の鎖は短く、ろくに動けやしないし、頑丈でどうやっても外れそうにない。

……何故手錠をはめられているのか、なんていうのはミョウジが一番聞きたい事だった。

「え〜?それ、いいと思うんですけど」
「よくないに決まってるだろ!」

お互い手を伸ばせばぶつかるほど狭い小屋の中にいるのだ。ミョウジが後ろに下がろうとも、宇佐美にはすぐに追い詰められてしまう。それでもすぐ捕まえないのは、宇佐美が単に弱った動物をいたぶる様に、ミョウジの反応を楽しんでいるからだろう。

「早くカギ出せ。今ならまだ許してやる」
「カギは梯子の下に落としてきちゃいました〜」
「はぁ!?嘘だろお前」
「本当ですよ。カギもない、手錠は取れない。ねぇ、ここから逃げられないのは分かってるでしょう?」

小屋唯一の出入り口はひとつだけ。今宇佐美の後ろに存在する扉の向こう側だ。しかし小屋を出たところで、この見張り台から降りるには梯子を降りなければならない訳で。
腕を拘束されている今、失敗して高台から落ちる可能性が高い。そうなればこの高さだ。骨でも折るかもしれない、骨が折れれば仕事はできない、と脳内でどんどんネガティブな妄想が広がっていく。

つまりは宇佐美が落としたと言い張るカギを取りに行く事は宇佐美にしかできないのだ。

それを分からせるように、わざとポケットの中身をひっくり返して見せる奴は策士、としかいいようがない。かと言ってこのまま宇佐美の言う通りというのも釈然としない。

「先輩はどうされたいですか」
「はぁ?」

狭い高見張り台の上では逃げ切る事など不可能だ。そう伝えるように宇佐美の空ぶっていた手がミョウジのすぐ隣に、窓にトンと付けられる。

そして逃げられないよう、一瞬で距離を縮めた。顔を少しあげると、息遣いが分かるほど近い顔には暗い影がかかっている。

「時間切れになって、この痴態を他の先輩方に見られるのと……僕と一緒に気持ちよくなるか」

山を描く唇から仕事の平常時とは打って変わって艶っぽい声に熱い吐息が混じる。それはミョウジの思う春を売る女のようで。そんなものを耳元で囁かれでもしたら背筋がぞわりと粟だった。

嫌悪か、色気に当たられたか。たぶんどちらもだ。

「僕としては後者の方がおすすめです。後者なら少なくとも僕が黙っていれば先輩はいつも通りの日常に戻れますから」
「何の話だ、」
「ここまで来てとぼけなくてもいいじゃないですか。何をするか、なんて分かってるでしょう」

考える暇など与えないほどつらつら言葉を並べ立てている間にも、ひっそりと地を這う蛇のように男らしいゴツゴツした指が曝け出されている腹筋にそっと触れる。指の腹から手のひらへ、嫌にゆっくりに、だ。

その間にミョウジの頭はフル回転していた。
こんな所を誰かに見られるのなんてことは絶対嫌だ。何もなかったと言って信用されたとしてもミョウジの気分が悪い。かと言って痴態を重ねるのは更にもってのほかだ。どうすればいいんだ。延々に抜け出ない暗闇の中を歩いている気分だ。なんてぐるぐると考えてしまう。

これがまさか作戦のうちだなんて思いつきもしなかった。

案の定ミョウジが答えあぐねていると、宇佐美の手はじわじわと肌に絡みついて上っていく。答えを促す手に堪え性はない。

「答えがないのは良いって事で」

腹から胸まで、届くのはあっという間だ。鍛えられた腹筋の谷間をなぞり、胸筋にたどり着く。それだけでもピクリと反応してしまうというのに、宇佐美は開けっ放しのシャツと身体の隙間に手を差し込んで胸をバッと光の下へと曝け出した。
一歩後ろに下がると、少し前かがみになって露わになった胸へと舌を這わせる。乳輪をなぞるように舌先でなぞると、唾液が光りに反射してぬらりと光る。

「やらしいなぁ」
「誰が、」
「え〜、僕じゃないですよ」

さりげなく手錠を片手で制しながら、宇佐美の瑞々しい唇が唾液で縁取られた乳輪に口づけた。空気が入る隙間もなくぴったりと吸い付いた唇の奥に広がる口内はどろどろしていてひどく熱い。
潜んでいた舌先が立ち上がった突起をつついたり、舐めたりと未知なる生物のように動き回っている。

「うっ、」

胸など触る機会などあるわけもないミョウジは初めての愛撫に身体を震わせた。頭の中で何かが燻っているような、変な気持ちになる。

「何してるんだ、」

わずかに視線を下げると胸にしゃぶりつく人がいるのだから自分でも自分の目を疑う。

なんなのだ、これは。

考え途中の思考も正常な判断も一瞬で目の前の景色に上書きされてしまう。それほどにまでミョウジは抵抗するという事も忘れて呆けてしまった。ちゅっと可愛い水音と共に乳輪ごと吸い上げられ、そこに全神経が集中しているんじゃないかと錯覚してしまうほど意識が向いてしまう。

しかし放っておかれていたもう片方の突起をも思い出したように指でこねくりまわされるのだからたまったものじゃない。たまらず身じろぎすると、忘れるなと手錠を繋ぐ鎖が揺れた。

その音に宇佐美がふと顔を上げる。名残惜しそうに胸へ口づけをひとつ落として「あ、いい事思いついた」と瞳をとろけさせる。

「先輩、見張りの仕事したいんですよね」
「あ、たり前だろ。今勤務中だぞ、!」
「ですよね。じゃあ窓の外見てていいですよ。僕は僕で好きにしてますから」

こんな状況だと言うのに相変わらず喋り方は間が抜けている。けれどそんな声に相反して宇佐美の力は強い。一体どこからその力が湧いてくるのか。ミョウジもそれなりの…平均男性ほどの体格だというのに、指が食い込むほど肩をぐっと掴んで簡単にその身体をぐるりと反転させた。

あまりの唐突さに軍袴がずり落ちて太腿に絡まった。抵抗らしい抵抗もできず、慌てて窓硝子に両手をついて転倒を防ぐ。

小屋は丁度腰の高さから、よく外が見えるように360度ガラス張になっているのだ。だからこそ身体を翻したミョウジの目下には見慣れた暗闇の森が恐ろしいほどの静寂を伴って広がっている。

これならばたしかに外は見えるが、「分かった」などと言えるわけがない。
露出した肌が窓硝子とつかないように胸の前に手を持ってきて間に挟む、なんともおかしな恰好なのだ。
通常ならばきっちりと首元まで釦をしめて、後ろで手を組んで2時間を過ごすというのに。今や加えて後ろからぴったりと宇佐美が寄り添うのだから、抵抗虚しく結局身体と硝子は適度に触れ合って冷たい。

「こんなんで仕事できるかッ」
「我儘だなぁ。外見れるんだからいいでしょう」
「よくない!」

ちらりと後ろを見ると宇佐美との距離は1ミリの隙間もなくぴったりとくっついているように見えた。最早腕を通しているだけのシャツ越しに感じる身体は押し付けてきているようで鬱陶しい。
仕事をする人間とは思えない格好だ。何かあった時に言い訳もできやしない。「早くこの遊びを終わりにしろ」とため息交じりに言うと、一歩後ろに下がった宇佐美がきょとんとした顔で首を傾げる。

「?誰もやめるなんて言ってないじゃないですか」

言いながら再び背後から手が伸びた。
わずかに身体を沈ませて中途半端に引っかかっていた軍袴を膝下まで降ろし、手早く下履きを解く。

腰から下は板張りで見えやしないがミョウジの肝がドッと冷えた。

布切れ一枚の防御壁なんてものはこうなってしまっては機能しない。静かな室内にぱさりと布が落ちた音がした。もう手の届かない所に行ってしまったのだろう。それを見る事すら今のミョウジには叶わない。

宇佐美の手がミョウジを窓に押し付け、もう片方の手で腰をぐっと後ろに引き寄せられる。

「ふふ、楽しいですね」
「どこがだ!それ返せ!!」
「後で返しますよ後で」

誰がいるわけでもないのに二人にしか聞こえないほどの小さな声で囁きながら、無骨な手が曝け出された陰茎に這う。

こんなにふざけているのに、宇佐美はきっちり武道の訓練をしているようだ。その指先は堅く、ミョウジよりも男らしい。そんな手が触れた瞬間、ビシリと身体が強張った。

不本意ながら悪夢のような思い出のせいで、この手がどれほどの快感を与えるかという事は身をもって知っていた。だからだろう。ごくり、と無意識のうちに小さく息を呑んでしまったのだ。

それを知ってか知らずか。宇佐美が喉の奥で笑った。

太い親指が鈴口に触れると、最早意思とはおかまいなしに先走りがあふれ出ている。ぬるりとした先走りを指ですくいとり、裏筋にこすりつけると揃えられた4本の指が先走りの滑りを利用してなめらかに擦り上げた。

「んっ、……ぅ」

身体の硬直をほぐすような、ゆっくりとした扱きはあの時とは全く違う、耐えられる気持ちよさだ。

……逆に言えば煮え切らない。
裏筋を撫でる指も、時折亀頭を撫でる手のひらも、小刻みの波のようで、決定打に欠ける。目を瞑って集中して見ても触れる指先がよりもどかしくなってしまう。はぁ、と熱い息で窓が白くなった。

「う、宇佐美……?」

中途半端にくすぐられた熱に、ミョウジ自ら動くなんていう恥ずかしい事はできやしない。ちらりと後ろを見ると宇佐美は器用にも腰を支えていた手をポケットに突っ込んでいた。何やらゴソゴソと探し出す。

「あったあった」

出てきたのは白い包みだった。薄墨で花の絵がかかれたそれは、この場には、この監獄には似つかわしくない華やかさだ。何故そんなものを今。

その動向を見ていると、一度ミョウジの背に包みを置き、器用に片手で開けて中身を取り出し、また包みをポケットにしまう。

「なんだそれ、」
「見ててくださいね」

目だけをそちらに向けると宇佐美は包みから取り出し白い紙のようなものを数枚口の中に放り込んだ。

もぐ、もぐ。
唇をぴったり閉じたまま、何度か口を動かすと、ふいに口が開けられる。口内からどろりと落ちてくるのは、唾液かと思いきやそうではないらしい。

唾液にしては白っぽくて粘り気がある。真っ直ぐに落ちてきたそれはミョウジの尻の割れ目を伝って落ちていく。想像より冷たくはないが、得体のしれない何かにヒッと声を上げると宇佐美が糸を引きながらあはっと笑った。

「いちぶのりって言うんですよ。初めはこれがないと大変ですから、」

糸がぷつりと切れると、ようやくと言わんばかりに指先が背筋をなぞって後孔へと降れる。

「大変って、ん”っ」

ぼうっと手の動きに気を取られていると、また陰茎をぐっと擦られ意識が持っていかれる。わざとなのか、単に手を動かす事に集中できないからか。ぬちゅ、ぬちゅと響く水音はじれったい。

穏やかな快楽の波を、窓に縋りつきながらやりすごす。声が漏れそうになるのをぐっとこらえるために唇を噛み、俯いた。尻を突き出したような恰好にこれ以上の羞恥心などない癖に、ミョウジは変な所で頑固だった。

「あッ…はァ、」
「先輩今日はこっちばっかりに集中しちゃダメです」
「なんっ、でだよぉ」
「今日の先輩はなんで、とかなんだとかばっかりですねぇ」

ゆっくり、ゆっくり前を擦りながら宇佐美の指はいちぶのりを掬っては入口の襞に塗り込んでいく。時折様子を伺うように窄まりを指の腹で押されると、反射的にピクリと腰が動いてしまう。いつ指が入ってくるのか、タイミングが分からず身体が強張るのだ。

「ぐッ、」

次第に指の腹から、少しずつ指先で中へ割って入る。一本。指先がぐっと沈み込み、つぷ、と空気の抜けたような音を立てて入り込んでくる。

何かが入ってくる、初めての異物だ。勝手に粘膜が指をぎゅうぎゅう絞める。
早く出て行けと言わんばかりの反応だが、うねりに逆らって進んでくる指に臀部から首までゾクゾクした何かが這い上がってくる。

「うぅ、ッ……」
「ほぐさないと後でしんどいの先輩ですから、ね」

子どもに言い聞かせるように、後ろからそっと言いくるめられる。その間にもまだ第二関節程までしか入っていない指が、確実に根本まで埋まっていく。柔らかい内側の壁に沿って少し曲げて挿し込まれ、慣らすためにゆっくり出し入れすると媚肉が少し引っ張られたような気がした。

「次行きますよ」
「む、無理…ッ」
「大丈夫ですって。僕を信じて下さい」
「お前が、っん……信用ならないんだよっ!」

たまらず後ろを振り返って怒ると、「まだ怒れるんだから余裕ですよね」とにっこりした笑顔が帰ってくるのだからミョウジは墓穴を掘ってしまった。

遠慮なく次いで中指を新たに突き刺され、腿が震えた。さすがに指を一本受け入れているだけあってスムーズだ。更に薬指をも添え、三本の指がミョウジを内側から圧迫する。加えていちぶのりをまとった指はすべらかに中で遊び、気まぐれに動くのだからたまらない。

「あ、…ンンッ…はーッ」

ミョウジはもう窓に手をつくので精一杯だった。
いつの間にか竿を撫でる手は離れていて、ただただ自分の中で蠢く指から与えられる不快感と快楽のようなものを拾い上げ、窓に縋りついて息を荒げて耐える。

どこがいいのか、探すように奥や壁を撫でる指は宇佐美の思うがまま。まるで未知なる生物に侵されているような気分になるが、後ろで鼻歌でも歌いそうなほどご機嫌な声が時折聞こえるのだからこの手は後輩のものだと思い知らされる。

恐ろしく静かな小屋の中に響く水音に思考が支配されている最中、何の前置きもなしにずるりと指が引き抜かれた。

「あぁッ」

思わず足の親指にぐっと力を入れて床を踏みしめる。抜くだけでも指はごつごつしていて入口を刺激するには十分だった。三本分がいなくなった後孔はヒクヒク動き、次のモノを待っているようだった。

「先輩」
「は…ァ…何?」

最早酸欠状態のミョウジも今のうちだと大きく胸を動かして酸素を取り込んだ。ハァと手錠をかすめる息は熱く、冷めそうにもない。

呼吸を整えながら宇佐美の呼びかけに声だけで返すと、何やらカチャカチャと布と金属の擦れる音がする。

「もう我慢ならないので入れていいですか、いいですよね」

そう言いながら、宇佐美の手はミョウジの腰に添えられていた。後ろを振り向く気力もなくて、わずかに顔をあげると丁度窓硝子に反射した宇佐美が再び口内に残ったいちぶのりを舌先から自身の逸物へ垂らしているのが見えた。
先走りと混じった半透明を纏い、ぬらりと光るそれはひどく恐ろしいものに思えてしょうがない。

「待てッ、それ、」

案の定、それはミョウジの臀部の割れ目を数回こすってから後孔にあてがわれた。充分にほぐされた窄まりは、抵抗しつつも先端を咥える。

「待ったはなしです」
「!あ“、あああァッ、」

制止の言葉も空しく、宇佐美の逸物は明確な意思を持って中に入り込んできた。つい逃げようと動く腰はがっちり掴まれていて、逃げるどころか容赦なく引き寄せられる。

「痛っ…!んぅ、やめッ……!」

指とは比にならない太さがじわじわと強引に、誰も受け入れた事のない媚肉の中をこじ開けていく。痛みと圧迫感が同時にやってきてミョウジは息をするのも忘れていた。

どうにか襲い来る痛みを逃そうと窓の木枠に引っかけた指に力を入れると、呼応した窓がガタガタ音を立てる。

それでも宇佐美は腰を手放す事なく、むしろゆっくりと推し進めていく。眉間にぎゅうと皺を寄せて、少し苦しそうにしながらもやはりその顔は悦に入っている。額には興奮の汗がにじみ出ていた。

「まだ、もう少し、」

異物を追い出そうと締め付ける壁を、ゆっくりと時間をかけて慣らして奥へ奥へと進んでいく。そしていい加減呼吸が苦しくなってようやく、ミョウジが大きく息を吸った時。待っていたと言わんばかりに宇佐美がぐっと腰を突き出した。

緩んだ媚肉の中をずるり、と一番太いカリ首が中に入り込む。その先はもう散々指でほぐした場所。いちぶのりのおかげですっかりドロドロだった。推し進めた腰の勢いをそのままに、一気に亀頭が奥へ飲み込まれていく。

散々閉じられていた壁をかきわけた、更にその奥。

「ひッ、あ“ァッん!!」

こつんと奥に何かが当たった衝撃に、目の前で白い光が弾けたような、そんな錯覚すら覚えた。視界がチカチカして、背筋がぐんと弓なりに反る。言葉にならない叫びが勝手に口をついた。

「あはっ入った……!」

笑ったのは宇佐美だ。少し身動きをするだけでギチギチと軋むような後孔に熱のこもった吐息をこぼす。わずかに身体を反らせるとシャツに隠れた結合部が見えた。
ようやく収まった竿をぎゅうと絞めつけられるのは苦しいが、それがむしろ宇佐美の興奮を掻き立てていた。

引き寄せた腰が逃げないように、腹に両腕を回して宇佐美の腹とミョウジの背がまたぴたりとくっつく。そして汗ばんだ腹にそうっと触れた。

「ねぇ。ここに今、僕の入ってるんですよ。分かりますか?」

するりするりと腹の上で円を描くように指先が躍ると、下腹部が引きつったように動く。

「わかっ、んなぁッ、あァ!」
「本当に〜?」

撫でられるとたしかに少し膨らんでいるように思えた。自分を貫く、熱い塊がそこにあると意識してしまうとただでさえ熱っぽい身体が更に熱くなり、ただでさえ苦しいそこに力がまた無意識の内に入ってしまう。

それがどうにも宇佐美には面白いらしい。ひどく楽しそうに「ね、先輩もう動いていいですか」と言いながら愛おしげに膨らみをぐっと押した。ミョウジから顔は見えないが、あのふざけたホクロを持ち上げて笑っているのだろう。

「また返事なしですか?」
「うッ、んぁ…」
「なら好きにしますよ」
「あッ!やめ、…っ無理、だってェ…ッ」
「やめない」

ずるりと逸物が引き抜かれると、忘れていた痛みがぶり返す。しかし同時に、宇佐美の手が再び起立したままの陰茎に触れた。吐き出したくても吐き出せない陰茎を今度はしっかりと掴んで上下させる。
じゅっじゅっと擦る水音に負けないように、身体と身体をぶつけあう。中を開かれて痛いのに、逸物を擦られて気持ちがいい。相反する刺激が一緒にやってきてミョウジの頭はぐちゃぐちゃだった。

「はッ!あぁ、……ッん…!!」
「先輩っ、はじめてのっ、気分は、どうですか」

宇佐美は耳元で息をフッとふきかけて到底答えられやしない言葉を囁いた。今のミョウジは何もかもが敏感になっていて、ただの低い声も、耳をかすめる風にもピクリと身体を揺らす。

「う、ァ、」

手の動きを少しずつ鈍らせ、じわじわと穏やかな快楽だけを与えながらも、抜き差しする速度だけは早めていく。カリ首でうねる壁を引っ掻きながらギリギリまで引き抜き、再び中に押し入る時には宇佐美の逸物はまた興奮して大きくなっていた。

形を覚えさせるように何度も執拗に腰を揺さぶり、その度に吐き出す息がミョウジの首をくすぐった。

「うーん、もうちょっといけそうだなぁ……」

これ以上中には入らないというのに、宇佐美は身体を起こすとミョウジの腰を掴んで踵が浮きそうになるほどぐっと押し込んだ。ぐりぐりと切っ先をこすりつける。

「ふッ、ん“ん”ん“!!!」
「うんうん。気持ちいいですよね。僕も、先輩のなか、最高にいいですッ!」

うん、なんて言ってない!!と普段のミョウジなら言える所、もうそんな余裕もない。暴力的な快楽に、馬鹿みたいに口を開けて喘ぐ。

いつの間にか違和感なく腰を動かせるようになっていた宇佐美が腰をくねらせて先ほどとは違う角度で刺激する。

息つく暇もないとはまさにこの事で、両手を拘束していた手錠がずっとガチャガチャ絶え間なく鳴り、縋りつく窓硝子もカタカタとうるさい。襲い来る未知なる快楽や音と視界の支配から逃げるためにミョウジは下を向いて悲鳴をあげていた。けれど突然ぐいっと後頭部を後ろに引っ張られるとそんな抵抗も意味をなさない。

「あァ、ねェ先輩、仕事しなくていいんですかぁっ?」
「ッあ」
「外、見ないんですかッ」

ずっと床を見ていた視界がぐるんと持ち上げられ、ミョウジはカァッと体温があがっていくのが自分でも分かった。窓には見知った顔は映っているが、お堅い仏頂面の男はいなかった。今、目の前にいるのは少し泣きそうになりながらも顔を赤くしてだらしなく喘ぐ、知らない自分だった。

その向こう側には暗い森。一瞬見た限り誰もいやしないが、外が見えるという事はつまりこの痴態も外から見えるのだ。

真面目に仕事をするはずだったのに、今や180度違う。色に溺れて身体を貪っているこのありさま。今になって恥ずかしさがこみ上げてきた。窓についていた手に顔を寄せて、なくても大して変わり映えのしない抵抗をした。

「あ、ちょっと絞まった。お好きなんですねッ?こういうの」
「っちが、あぅッ」

ぐんっと中を突き上げられ、根本までずっぽり咥え込むとお互い全身に痺れのようなものが駆け巡る。逸物を咥えた身体は震え、早く出してしまえと言っているようで、宇佐美はたまらなくなった。
ぐじゅ、じゅぷと厭らしい音も、飲み込まれそうな快楽の原因も全てミョウジだと思うと心の底からゾクゾクと背徳感のようなものがこみ上げてくる。

初めてだから優しく、なんて心遣いよりも今はこの身体を貪る本能の方が勝ってしまう。腰を揺らす度に最早悲鳴を上げるこの男。

「あ、あ、ああッなんかくるッ」

じわじわと積もっていた何かは、宇佐美のせいでもうとっくのとうに限界ギリギリまで溜まっていた。それが何か、自分は知っているようで知らない。

ミョウジは恐くて逃げたくなった。けれど腰を引こうとしてもぐっと宇佐美の手に抑えられ、縋りつくものもない。咄嗟に目の前の硝子に指を立ててはち切れんばかりの熱に備えた。

「じゃあ一緒にいきましょうッ、初めてですもんね!ふふ」

喘ぐミョウジを見て、宇佐美もまた全身にみなぎる熱に浮かされていた。限界というのは自分で分かるものだ。そしてこの身体も耐えるのはそろそろ限界だというのを宇佐美も分かっていた。
この熱を全てぶちまけたい。そう思ってしまえば後は簡単だ。

気持ちいい、なんて余韻は与えない。意識が飛びそうなほど、執拗にミョウジの身体に杭を打つ。

「はあ、んッッ!!そこ、ダメだッ!!」
「っふぅ、ここがいいんですね」

窓に身体を押し付けるように、強く奥に切っ先をねじ込んだ。ミョウジがダメだと言うと宇佐美はそれを良しとして、何度も何度も同じ壁を押し上げ、吸い付いてくる媚肉に意識を持っていかれそうになる。

「誰も先輩が、こんな事してるなんてッ、思いもしないだろうなぁ!」

早く、早く。何かに急かされるように、腹の中をかき乱す度にまた質量を増す逸物に耐えきれなくなったのはミョウジの方だった。ぐり、とイイ所を押し上げられたと同時に耳に飛び込んできた宇佐美の一言にビクッと身体を震わせた。高まった快楽が一気に全身を駆け巡る。

「ッく、ァああ!!!」

腰が震え、指の先まで強い電撃のようなものが走った。背を丸めて、身体を揺らしながら身悶える。触れてもいないのに起立したまま放置されていた鈴口から濃い白濁がぼた、ぼたと陰嚢を伝って床に落ちていく。

そして宇佐美の陰茎を受け入れていた媚肉も大きくうねった。宇佐美の形が分かってしまうかもしれないと思うほどぎゅうううと食い尽くす。

「はッ、ふぅッ、」
「先輩、ミョウジ先輩ッ」

ピク、ピクと痙攣する身体は絶頂したせいで力が抜け、崩れ落ちそうになった。宇佐美が落ちないよう身体を支えながら更にぐっと窓に押し付けると、深く突き刺した先端がまた最奥を叩いた。

そしてついに宇佐美も耐えきれず、ふるりと腰を震わせた。ミョウジの中で痙攣する逸物はびゅく、びゅくとゆっくり体内を白で満たしていく。奥に押し付けたまま出したせいだろうか。少し固い、どろりとした精液を吐き出す度ミョウジの下腹部がわずかに動く。

「ふぅーッ…、中に出しちゃった」

すぐ抜いてしまうのも勿体なく思えた宇佐美は抜かずに亀頭でぐりぐり奥に押し付けてやると、精液を絞り出そうと律動していた壁がまた一際震えた。
痙攣の止まらない身体は宇佐美を離したくないように思えた。ほぐされてもなおぴったりと吸い付き、奥へと誘うように動く。そして宇佐美もまだまだ元気が有り余っている。

「あーッ…、はぁ」
「ね、先輩。もう一回しましょう?」

薄っすらと額に汗を浮かべる宇佐美に、ミョウジはもううんともすんとも答えを返す事ができなかった。じんじんと臀部を襲う、痛みやら気持ちよさやらにもうまともな思考など一欠けらも残っていない。ただただ呼吸を整え、窓硝子を白く曇らせるので精一杯だ。

だがこの誘いは、後々冷静になったミョウジにとっては死刑宣告のようなものだった。

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