この手に乗るなら切符を拝見

私と彼が交わした初めての会話は「こんにちは」でも「初めまして」でもなく、「付き合うてください」「お断りします」というものだった。



「なあ、いい加減折れてくれてもエエんとちゃいます?ホラホラ」

「こら、脇腹つつくのは止めなさい。私が何をしてるのか見えないの?」

「饅頭食うとるだけやんけ。あーん」

「流石白ちゃんおすすめのお菓子。甘いものはあの子に聞くのが一番!」

「無視は止めてくれません?虚しいわ」



ちらりと横を見れば、言ってることと表情が微塵も合致してない男が目に映る。瀞霊廷をフラフラと歩き回る京楽隊長をやっとの思いで執務室に閉じ込めて、さあ休憩するぞと部下の友達のおすすめの饅頭と緑茶を手に隊舎の日当たりのいい場所に座っていれば、この男はどこからともなく、いつの間にか隣に座っていた。


「大体、平子くんはどうやって隊舎に入ってきたのよ?」

「いややなぁ、もう俺なんか素通りですやん」

「そんな嬉しそうに言われてもね…」


こんな風に彼が八番隊舎に訪れることは珍しいことではない。むしろ彼の言う通り、日常茶飯事すぎてすれ違う八番隊士は呆れ顔をするか素通りするかのどちらかだ。誰か、自隊の三席の安息を守ろうとする隊士はいないのだろうか。


「おい真子ぃ…、アンタ誰の許可を得て名前さんの休憩を邪魔しとんの…?」


前言撤回、いた。くるりと振り返れば、そこには予想通り平子くんに睨みをきかせている部下の七席がいた。


「リサちゃん、お疲れ様」

「はい、お疲れ様です。なんや真子、五番隊は四席がこないフラフラしとっても平気なほど暇なんか?」

「それ、八番隊にも盛大に跳ね返ってくるから止めてほしいな」

「せやった…」


三人同時に思い浮かべた顔はあの女好き酒好きの隊長に違いない。まったくあの人は、と溜め息をつきながら、ちゃんと書類やってるかなぁと隊首室の方角を見る。副隊長はもうやってられないとあの人を探すことを諦めたから、代わりに三席の私が京楽隊長の捕獲をしている。自分で言うのもなんだけど、そのお陰で…そのせいで霊圧探知は他隊の三席より群を抜いている。ありがたいやらなんやら、複雑な気持ちだ。


ふふ、と思わず笑みが漏れる。その瞬間、私と隊首室を遮るようにシュッと瞬歩並の速さでドアップの平子君が現れた。ギャア、と仰け反った私は絶対悪くない。バチンとリサちゃんに叩かれてる平子くんを、まだ煩い心臓を押さえつけながら睨んだ。


「ちょっと、心臓に悪いことしないでよ」

「名前さんが悪いんやで」

「はい?」

「俺がせっかく、」


変なところで言葉を切ったまま黙りこんでしまった平子くんに、私とリサちゃんは顔を見合わせた。なんだか今日は変だ。そういえば、来たときはこれ以上ない程ご機嫌だったな。私があしらってもいつも以上にヘラリとしていたし、かと思えば今、彼は私の前で苦しそうに眉をギュッと寄せていて、その表情に私まで苦しくなる。


「ほんまは今日、名前さんにちゃんと用があったんや」

「…え、あ、そうなの?」

「せやから、リサ、ちょおっとこの人借りてくな」

「「……えっ?」」



言葉の意味を理解する暇もなく、ふわりと浮遊感に襲われた。視界の端には驚いているリサちゃんが、見上げれば長い髪と逆光で表情の見えない平子くんがいた。私の足は浮いている、つまり、平子くんに抱きかかえられている。

真子!!と叫ぶリサちゃんの声が遠ざかったことで、瞬歩によって場所を移動していることが分かった。混乱からか何一つ言葉を発せない私を置いて、平子くんはぐんぐんと人気のない方へ進んでいく。着いた場所は、小高い丘だった。


「ちょっと平子くん!?」

「一番に見せたかったんや」

「なにを!?」


詰め寄る私をよそに、平子くんは丁寧に布にくるまれているものをそおっとほどき、私の前に差し出した。



「名前さん、これ」

「まったくもう…なに?このつつ、み………え、」



それを目にした私は、呼吸を止める。勢いよく彼を見れば、何時ものようにニヤリと得意気な表情は身を潜め、眼差しは真剣に私を射抜いていた。

思わず何度も何度も交互にそれと彼の顔を見比べてしまう。嘘じゃないんだ、すごい、すごい。じわじわと競り上がってくる興奮を抑えきれずに彼の手をそれごと握れば、彼は驚いたように目を見開いた。

キラリ、と馬酔木の副官章が二人の手の中で光った。



「平子くん、副隊長に、なったの…?」

「…はい」

「そっか………、そっか、そっかぁ…!平子くんおめでとう…!凄いよ、ほんとに凄いよ!おめでとう!どうしよう、え、どうしよう!?おめでとう!!今お饅頭しか持ってないや!どうしよう!?」

「ちょっ、名前さん落ち着きぃや」


私の喜びように、平子くんは照れ臭そうにわざと平淡な声を出していた。なんだかもうそれさえも嬉しくて、懐の饅頭が潰れようがお構いなしに彼に抱きつく。「はっ!?」と狼狽える彼が逃げないように力を込めてはしゃぎ続ける私の脳内は、彼の気持ちを完全に忘れていた。


「おめでっ、うっ!?ちょ、鼻、鼻打った!」

「なあ、頼むから、少し黙っといてくれん?」

「なんだと!?私より上になったからって、」

「…名前さん、」

「っ、」


思わず腰が抜けそうになる。彼の吐息混じりの声が私の耳元で鼓膜を揺らし、顔が熱くなった。ギュウ、と頭を胸板に押し付けられて、彼の鼓動がドクドクと伝わってくる。


「俺の昇進そないに喜んで、抱きついて…、それって期待してもええん?俺、あん時のこと忘れた訳ちゃいますよ」


もう何年前になるだろう。当時席官になりたての私の班に配属されたリサちゃんに、霊術院からの友達だと彼を紹介された。そして、私と彼が交わした初めての会話は「こんにちは」でも「初めまして」でもなく、「付き合うてください」「お断りします」というものだった。俗に言う一目惚れをされたらしい。

告白の次の瞬間には平子くんはリサちゃんに張り倒されていて、私は平子くんを何だか軽そうだなぁと思って見ていたのだ。

しかし、彼は幾度も幾度も私の名前を呼び、何度も何度も私の前に現れては告白を繰り返した。何時だったか、からかわれてると思って本気で怒ったことがあった。その時の平子くんの表情は今でも忘れられない。「どないしたら伝わるんですか、」と顔を歪めた平子くんに、私の方が泣きそうになった。


多分このときから、私は平子くんを意識しだした。


けれど散々拒否しといて、そんな今更虫の良すぎる話はない。折れどころが分からなくなり数年過ぎた頃、彼は言った。



名前さんより強うなって、追いついたら、俺んこと男として見てくれます?




「追いつくどころか、追い越されちゃったなぁ…」

「!…名前さん、覚えとったん?」

「…頑固で、意地っ張りで、ごめんなさい。……この日を待ってた、って言ったら…………笑う?」



笑うわけないやろ、とようやくいつもの得意気な表情で彼は笑った。やっぱり笑ってるじゃないか。相変わらず言ってることと表情が微塵も合致してないこの男は、「饅頭、貰ってええですか?」と企み顔で聞いてきた。

返答を待つこともせず、私の唇は彼に食べられてしまう。「甘いなぁ?ごちそうさん」と笑う彼はもう立派な男の人だ。私は恥ずかしさからもう訳が分からなくて、お望み通り懐の饅頭を彼の口に勢いよく押し込んだ。




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平子隊長、お誕生日おめでとうございます!!!生まれてきてくれてありがとう!!!!

そして、このような素敵な企画を立ち上げ、こんな私を誘ってくださったゆに様に、心よりお礼申し上げます。

旧五番隊も、仮面の軍勢も、新五番隊も、どんな時も平子さんが愛しくて仕方ないです!いつの平子さんを書こうかなぁと妄想していた結果、何故か更に過去へ飛んでました。関西弁含む言葉遣いについては、何卒ご容赦ください。

今回平子さんへの愛を再確認する機会をいただきました。再確認した結果、これからもマイペースではありますが自分の平子さん愛を書きなぐるだけのサイトを運営していきます!

5/10 Happy birthday dear Shinji Hirako !!