ずっと前から......

朝から鬱陶しいモノが付きまとう。

「なぁって、聞いとんの?」

「邪魔ですよ」

手で軽く払ったところで、動く気配はない。

「仕事、大丈夫なんですか? また雛森副隊長に怒られても知りませんよ」

「そう思うんなら、話を聞けや」

仕事の邪魔だから帰ってと言わんばかりに、背中を押して副官室から追い出す。悪態つきながらも、抵抗せずに押されるままに歩くこの人は、一体なんでこんなにもここに来るのか不思議で仕方がない。布越しに伝わる彼の温もりに、嫌でも胸がざわついた。

「隊長は不在ですよ、またのお越しをお待ちしております!」

「俺は名前ちゃんに会いに来とんのやけど」

「はーい、平子隊長のお帰りですよぉ」

嫌そうな顔で見下ろしてくる。そんな顔をするのに私が目的なんて、嘘でしょ? 騙されませんよ。そんな言葉を信じて泣くのだけは御免です。

「五番隊には可愛い子がいっぱいなんでしょ? いつも自慢されてるじゃないですか」

そっちで楽しくやってください。ため息をつきながらドアに手を伸ばした。

その瞬間、隊長の足が止まって彼の手がドアを抑える。

「その手、退けてもらえます?」

「これ退けたら閉めるやんけ」

「そうですとも、閉めるためのドアですよ」

「そしたら、閉めよか」

ドアは閉まったものの、どうして隊長は室内にいるんでしょうかね?

「お帰りはあちらですよ」

「つれへんなぁ、そないに邪険にせんでもええやろ?」

「仕事の邪魔なだけですよ」

邪険にした覚えはありませんけど。

一歩踏み寄って来るから一歩下がれば、また不機嫌な顔になる。

外で会うたびに女性と楽しそうにしている姿を、夜に友達と飲みに行けば昔馴染みと騒いでる姿を、これまでに何度も見かけた。その頃はときめいたりもしてたけど......いや、こうやってちょくちょく関わるようになってからは、隊長とのやり取りが心地よかったりするけど......でも、それ以上は密かに想うだけで良いんですよ。

「話って......なんですか?」

どうせ、何時ものように自慢話しでしょ。

一歩後退ると、ドンっと机にぶつかった。その反動で机の下に置いていた物が落ちた音が聞こえた。

平子隊長は私が机のせいでそれ以上下がれないのを見てとると、口角をあげて見下ろすように笑いながら、迫って来る。

白い羽織の袖が私の横を通った。机に置いた私の手の上に、温かい手が重なって来る。白い羽織と死覇装が目の前で揺れて、頬の横で金色の髪が揺らぐのが微かに見えた。

「話し......って......」

心臓がうるさくて、声が出せない。

「黙っとき」

首にかかる息が暑くて、顔がカァッと赤くなった。

手の上に置かれた隊長の手が離れたと思ったら、腰に回され引き寄せられる。隊長の鼓動が聞こえるんじゃないかと思うくらい密着して、彼の体温と香りにめまいがしそうだ。

「なぁ......」

ゆっくりと囁く。耳の奥が痺れるような低い声に身体が小さく跳ねた。

「もったいぶらんとサッサと出せや」

......は?

「何をですか?」

あっさりと開放されて、頭を掻きながらため息をつく平子隊長を見上げた。目が合えばニヤリと嫌な笑みを見せてきた。

「今日がなんの日か......知っとんのやろ?」

「知りませんよ! 隊長の誕生日だなんて、これっぽっちも知りません!!」

ほら、ちょっとでも気を許したら泣く羽目になるんだ。さっきまでのトキメキを返せ!

ムカついて、床に落ちた包みを拾い上げて投げつけた。

隊長のクックックっと声を押し殺して笑う姿に、どんどん自分が恥ずかしくなっていって、泣きたくなってくる。

「もう良いでしょ。仕事の邪魔です。お帰りはあちらですよ!」

ドアを開けてやろうと、隊長の横を通り過ぎた瞬間、腕を掴まれた。あっという間にさっきまでの香りに包まれて、隊長の顔が間近に見える。

懲りもせず、トクンっと胸が鳴った。

「おおきにな」

背中と腰に回された腕がきつくて、思わず羽織の袖を掴んだ。

「来年は、もっと素直に祝ってもらいたいんやけど」

隊長の瞳が優しく揺れる。

「名前ちゃんは、ホンマ素直やないから相手すんの大変なんやで」

「......どういう意味ですか?」

はぐらかすように笑う。その対応にですら胸がざわつく。

「俺に言わなあかんことがあんのやろ?」

はい?

「ちゃんと聞いてやるから、怖がらず言うてみ」

もうずっと心臓はうるさくて、身体は暑くて、きっと顔も赤い。渡す予定もない贈り物まで用意して、さっきはそれを投げ付けてしまった。

「......好き......かも?」

ため息が頭上で聞こえる。

「かもって何やねん。今日は俺の誕生日やで、最高のもんが欲しんやけど」

「私に言わせるのが最高ですか?」

「俺から言うたらあかんやん」

もう、意味がわからない。この状況も隊長の言ってることも、遊ばれてるとしか思えないよ。どうせ遊ばれてるのなら、楽になった方がいい。サッサと振られて笑われて、お終いにしよう。

「好き......でした」

「過去形になってるやん!」

「好きです! いいでしょこれで!」

返事がない。冗談やって笑うならさっさと笑い飛ばして欲しいよ。

しばらくの沈黙の後、微かな声が耳に届いた。

「やっと聞けた」

包み込まれるように抱きしめられて、身動きが出来ない。身体が痛い......。

「来年は2人で祝おうな」

......隊長、私の誕生日、忘れてるよ。

「俺はずっとお前んこと好きやってんで」

......隊長。

「やのにお前ときたら、俺が会いにきてやっとんのに一瞬嬉しそうな顔したかと思たら、仕事がどうの邪魔や鬱陶わって、ホンマ素直やないもんなぁ」

......やっぱり鬱陶しい。だけど、嬉しい。

手を伸ばせば隊長の頬に触れた。ものすごく長い距離だと思ってた。手にそっと落ちる口付けに、思わず頬が緩む。

「好きですよ、ずっと前から」

「知っとるわ」

「来年も隊長のことが好きだって言えるように頑張ってくださいね」

「......なんやねん、その言い草」

クスクスと笑いが込み上げる。床に落ちた包みを拾って、隊長の胸元に押し当てた。

「誕生日おめでとうございます。平子隊長」