キン、という高い金属音が、開け放たれた窓を超えて、校庭から私の耳まで届いてくる。その後に続く歓声と、ある人の名前を呼ぶ声。
もう聞きなれた、野球の音だ。
窓から外を見れば、野球部が練習試合をしている。広いグラウンドに、ポツポツと散った白いユニフォーム。そしてその中を、駆け抜ける、一人の選手。
こういう時は、自分の目が良いことをすごく褒めたいと思う。だって、走ってる彼が、ホームランでも打ったのかな、とても嬉しそうに笑ってる顔が見れるから。
ホームベースに帰った彼は、周りの部員達にもみくちゃにされて。そんな彼の笑顔は、本当に人を惹きつけて止まないと思う。周りまで華やぐようなそんな笑顔、私も、惹き付けられた者の一人だ。
でも私は、惹かれながらも彼とのこの距離が詰められない者の一人でもある。
私が密かに焦がれている、山本武君。クラスでも人気者で、野球も天才的に上手い。沢山の人に慕われてて、いつもみんなの中心にいる彼は、平々凡々に、それこそ並盛な人生を送ってきた私には眩しすぎて、触れることすら、近づくことすら許されないような。
彼を囲む可愛い女の子達に、私はなれない。でも、彼を全く諦めて、こんな休日に学校に来るのをやめることも、出来ない。
校庭と教室。この微妙な距離。手は届かないけど見ることは出来る。意気地のない私は、ここからその憧れの彼を眺めてるだけで、充分なんだ。
そう思っていたんだけど。
人垣に囲まれていた彼が、ふと、キョロキョロとあたりを見回し、そして、そのくりくりとした少年らしい光り輝いた目と、目が合った。
「え?」
突然のことに身体が固まる。偶然?なのかな。でもそれにしたって、凄くしっかり目が。
思考が纏まらず、オーバーヒートしそうだ。頑張って私の頭。
なんとか冷静になろうと、整理していたのだが、次の瞬間、それは全て頭の中で散り散りになって、私は顔を抑えて座り込むハメになった。顔に、熱が集中してる。熱い。
「なに、それ……。」
彼は、私と目が合ったあと、パァッとお日様のような笑顔を浮かべたかと思えば、まるで百点満点を自慢する子供のように、ピースサインを掲げてきたのだ。
「ずるすぎ、でしょ……。」
あんな笑顔、ほんとに反則だ。
というか、わざわざ、こんな遠くから見てた私に、ピース……?ここから見てたの気づかれてたの?
期待しても、良いのかな……。
雲の上みたいな人だった彼が、私を認識してくれていたことに。
もう少し、詰めてみようかなって。もう少し、頑張ってみようかなって思ってもいいのかな。
顔の熱が収まるのを待って、グラウンドまで降りよう。まずは、彼の声が聞こえる位置にまで、行ってみようかな。
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