×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
3/13 家を探しに行きました



それはある初春のこと。
まだまだ桜の木についた蕾の先は固く閉ざされ、頬を撫でる風も少し冷たい。しかしながら日差しは柔らかく、着々と春の訪れを実感する。

「着いたな……。」

久々に長時間電車に揺られると、思いのほか身体が疲れる。改札を出てすぐの陽だまりに当てられ、ぐっと伸びをすれば、隣からも気の抜けた欠伸があがった。

「んー……思ったより長かったなー。実家通いはやっぱちょっと無理あるかー。」

並盛の最寄り駅を出てから、早二時間半。確かに武の言う通り、毎日この道のりを通うのは辛いかもしれない。そう思ったからこそ、私たちは三月の半ばにも関わらず、こうしてここにいるのだが。


私たちは現在高校三年生。……とは言っても、つい先日に卒業式を終え、この四月からは晴れて大学生となる。武やツナ君、獄寺と言ったいつもの面々たち(もちろん私も)はほとんど皆同じ大学へと進学し、新しく始まる新生活を心待ちとしている。
しかしながら、新しい生活を始めるということは、もちろんの事それ相応の準備というものを始めなくてはならないわけで。

「しっかしまさかなー。大学寮が火事で焼け落ちるとか、すげえハプニングだよな!」

「……これをハプニングで済ませられるお前の精神を尊敬するよ。」

そう、今隣の幼なじみが言ったように、私たちが大学を受験してすぐ、一夜にしてその大学の寮が、火事によって全焼してしまったのだ。入学後の住居として、その大学寮を当てにしていた私たちにとってみれば、文字通り路頭に迷わざるを得なくなってしまったというわけで。
しかし、ずっと悲観してもいられない。
大学寮は急ピッチで再建に取り組まれているらしいが、元々がかなり大きな建物だったこともあり、そもそもの建て直しにかなりの時間を要する。さらに入居は上の学年から順番のため、一年生である私たちにその順番が回ってくるのは、一年後の予定になっている。つまり最低でも一年間は、寮ではない別の場所に居を構えなくてはならないということで。全くもって困ったものだ。

とは言っても、私は元々寮ぐらしにはあまり乗り気じゃなかったんだ。マフィアとしての任務がある都合上、正直共同生活は不便だ。
何はともあれ、まずは家探しだ。寮が焼け落ちたんだ、一人暮らしの住居を探す他ないだろう。

「とりあえず、不動産屋行くか。」

「おー。」







数時間後。
ホームのベンチにて、憔悴しきった影が二つ、夕焼けに照らされていた。

「……桜の方、どうだった?」

「…………なかなか、これと思える物件はなかったな。」

大学寮が焼け落ちたということは、元々そこに住んでいた学生達も家探しに追われているというわけで、条件のいい物件はもう既に埋まってしまっていることが多い。勿論、先輩方だけでなく、私たちと同級生の奴らも同じく部屋を探しているものだから、不動産屋としてもてんてこ舞いのようだ。

「この際部屋の広さとかは度外視してたんだが……、大学に近くても家賃が高かったり、その逆もまた然り……だな。お前は?」

「んー、桜と同じ感じ。いくつか見たけど、これにしよう、とはならなかったなー。資料貰ってきたから、また親父と相談する。」

「そうだな。私も父さんと話すよ。……なかなか難しいな。」

「なー。」

いきなり幸先が不安な大学生活に、二人肩を並べて、目の前の夕焼けを前に一つ大きくため息をついた。

「「「はぁ……。」」」

その二つのため息に重なるように、私でも武でもない、もう一つ大きなため息がすぐ近くで吐かれた。あれ、なんだかこの声……聞いたことあるような。

「「「ん?」」」

ばっと武と二人揃って、声の聞こえた方、ベンチの後ろを振り返れば、声の主も同じことを考えていたのか、くるりと捻られた身体が目に入った。

武と比べて少し小さい背、しかし武よりも筋肉質な体格。目立つ白銀の髪と瞳は、なんだかすごく見覚えがある。

「「さ、笹川先輩っ!」」

ついつい、隣の幼なじみと声がシンクロしてしまった。しかし、驚いているのは向こうも同じようで。
元々丸っこい目を、さらに驚きで大きく見開いている。

「貫薙!山本!お前達、何故ここにおるのだ?」

つい反射でベンチを立ち上がった私たちに、数歩歩み寄る笹川先輩。
先輩とは、去年卒業されてから一度も会ってない、なんてことは無く、ボンゴレの仕事があったので私は何度かあっている。武はどうか知らないが。
ボンゴレの仕事というのは……、まぁ詳細は後掲しよう。





「ふむ。なるほどな。お前達もこの大学に来たのか。」

「はい。ツナ君とか、獄寺も。」

「京子がここを受けたのは聞いていたが、まさかお前達もとはな。」

ガタンゴトンと揺れる車内の中、手すりにつかまりながら、私たちは先輩に事の経緯を話していた。
先輩に説明しようとしたところで、並盛行の電車が来たので乗り込んだのだが、全員元運動部だからか、電車内は割合空いているのだが、自然とこうして三人並んで立っている。

「俺むしろ、先輩がこの大学だったって知んなかったっス。」

「む、そうだったか。」

まぁあまり言い回るものでもないしな。そう言って先輩は小さく笑った。電車内だから、いつもの大きな声は今日は少し抑え目だ。

「この時期にここにいたということは、家探しか。」

「はい……そうなんですよね……。」

「でもやっぱ、みんなも同じこと考えてて、なかなかいいのが見つかんなかったんスよ。」

武と二人揃ってまたため息を付けば、先輩は少し嬉しそうにニヤリと笑った。なんだか、なにか企んでいるような、算盤を弾いたような、笹川先輩にしてはとても珍しい表情だ。

「お前達、このあと時間はあるか?」







「お邪魔します、おじさん。」

「おう、桜ちゃん。それに……確か武の先輩の……」

「笹川了平です。お邪魔します。」

あの後、先輩に時間はあるかと問われたので、あとは家に帰るだけだと告げたところ、良い話があるから聞かないかと誘いを受けた。
そうしたら武が、なら晩飯ついでにうちで話しましょうと発案したものだから、並盛駅からその足で竹寿司にやってきた次第である。
他のお客さんもチラホラと見受けられたので、カウンターではなく、店の一番奥のボックス席を借りて三人で座る。

「それで先輩。いい話って?」

適当に寿司の盛膳をおじさんに頼んでいる武を横目に、正面に座る先輩に尋ねる。すると先輩は、にっと微笑んだ後、手元の鞄から一枚の紙を取り出した。

「家を探していたということは、寮の全焼の件は知っておるのだろう。俺は去年からあの寮で暮らしていた。つまり、俺も大学の外で家を探さねばならなくなったというわけだ。」

私たちの目の前に差し出されたその紙を覗けば、それはどこかの部屋の見取り図のようで。しかしながらそれは、今日何回も何回も見た一人暮らし用のものよりは格段に広い。

「大丈夫だったんスか?火事。」

隣の幼なじみは目の前の見取り図を見ることもなく、お茶やおしぼりを準備しながら先輩に尋ねている。

「あぁ。火の手が回るまで少し時間があったからな。教材とすこしの身の回りのものは持ち出せた。」

火事に見舞われたというのに、全くなんでもないふうに豪快に笑っていられる先輩はやっぱり流石と言うべきか。中高時代から変わらないその明朗さは、やっぱり笹川先輩だなと、思わせる。

「今は一時的に実家から通っているんだが……、そしてここからが本題だ。」

話が本筋に入り、少し先輩の声のトーンが変わったのを感じる。武もお茶を注ぎ終わり、やっと隣に腰を落ち着けた。




「ルームシェアをしないか?」

「ルーム……。」

「シェア……?」

先輩の放った、あまり聞き慣れのない言葉に、並んだ私たちは二人揃って目をぱちくりと瞬かせた。
いや、当然ルームシェアという言葉の意味は知っている。しかしそれを、実際的に体験したことや見聞きしたことがあるかと問われれば、今まで十八年間実家暮らしをしてきた我が身としては、答えはもちろん否、なわけで。

「実は今年卒業した先輩に知り合いがいるんだが。その先輩に、とある部屋を継続契約で貸してやろうかとの誘いを受けてな。」

未だ頭にはてなマークが浮かんでいる私たち二人に、先輩は分かるように情報を付け足していく。つまりこの目の前の間取り図は、その部屋のものか。

「その先輩達も三人ほどでルームシェアしてたようなんだが。家賃はだいたい…………。」

「え!」

「安い……。」

今日一日、たくさんの物件を見てまわってきた私達が、ここでピクッと反応した。
どうにもあんなに見せられていると、値段を聞いただけで反応してしまう体になってしまっている。ゲスい話だ。
先輩の口から聞かされた部屋の家賃は、一人で住むには莫大とも呼べるものだが、三等分すると、随分好条件に見えてくる。

「部屋の間取りは3LDK。あとバルコニーもあったな。
三部屋は各々八畳ほど。リビングダイニングは十八畳だ。結構広いぞ。」

なんだろう、今日一日探し回ったのが馬鹿らしくなるほどに、好条件な気がする。こんなにうまい話があるのか。もしかしたら、今までは一人暮らし用の物件ばかり見てきたからかもしれないが、実はこういうものをシェアした方が安かったりするのだろうか。

「しかも、先輩方は前使っていた家電をいくつかはそのまま置いていくらしいから、必要なら格安で売ってくれる。今日見てきたが、中々良い物件だった。あとは、気心しれたメンバーを探しているんだが…………。」

提示されたものは頷くような条件しかなかったが、そこで少し、私の心にブレーキがかかった。

「……私、女ですけど……いいんですか?」

そう、一番の引っ掛かりはこれなのだ。同居をするにあたって、性の別というものはとても面倒なものではなかろうか。なにも、先輩や武と暮らすということに不安を感じている訳では無い。二人共長い付き合いだし、もちろんそんなことをしない人達だということは理解している。しかし、日常的な生活において、他人の女と暮らすのは、少々面倒なことが多いのではないかと思う。洗濯や風呂しかり。

「俺は全く気にならん。………………むしろ、」

「?」

「いや、この先は後にしよう。山本、お前はどうだ?」

その言葉に隣を見やれば、武は手元の間取り図を見ることもなく、じっと先輩の目を見つめている。その横顔はいつになく真剣で、何かを探るような目つきをしている。

「武?」

その見たことのない顔をする幼なじみに、少し不安を覚えて名を呼べば、武はゆっくりと目を細めながら口を開いた。

「……先輩、何企んでんスか?」

すこし、鳥肌が立った。武の視線には、微かだが殺気が孕んでる、のか? いや、殺気のようで、もう少し違う……、ともかく、あまりいい気配じゃない。
しかし、武のその射抜くような目線を正面から受けながらも、先輩はにっと笑った。

「鼻がいいな。山本。」

「まぁ、俺だって十年以上も抱え込んでるんで。鋭くもなりますよ。」

二人は一体何の話をしてるんだ?鼻がいいとか、抱え込むとか……。
私が疑念を抱えて、首をかしげた瞬間、すっと第三者がその空気を裂いた。

「へいお待ち。武セレクトの、寿司握り膳だ。」

「お、サンキュー親父。」

「ありがとうございます。」

先程までの、凍てつくような空気はどこへやら、二人はいつも通りの雰囲気に戻って剛おじさんにお礼を言っている。何だったんだ、さっきのは。

「ほら桜、食べながら話そーぜ。腹減ったろ?」

目の前に差し出された膳には、私の好きなネタばかり。武が頼んだんだから、当たり前か。
そして現金なことに、私の腹の虫は先程までの冷たい空気を忘れて、クルルと鳴き始めていた。



そして、運ばれてきた寿司を各自が二、三貫口に運んだところで、先輩がポツリと口を開いた。

「それで、どうするんだ?貫薙。」

「え?あ……。」

目の前の寿司に夢中になっていた。流石剛おじさん、相変わらず腕は落ちてない。ってそうじゃなくて。

正直なところ、この話には断る理由が見当たらない。武と同居なんて大して今と変わらないだろうし、先輩が気にしないなら、この良い話は受けた方がいい気がする。
家賃は相場の半分、そこそこ広い部屋に、家電まで付いてくるというのだから、本当に断る理由が見当たらない。
一度父さんに相談してみようかとも考えたが……、あの人のことだきっと、お前がいいと思う方にしなさいと言うだろう。あの人はそういう人だ。なんと言うか、いい意味で放任主義と言うか。

ゆっくりとマグロの赤身を咀嚼し、しっかりと飲み込んでから、茶を啜った。
うん、決めた。


←back





←index


←main
←Top