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3/29 山本は思ったより打算的らしい






ある夜のことだ。貫薙の飯を食い終わり(ちなみに今晩は鰆の塩焼きだった。美味かった。)今日の片付け当番である山本がキッチンへと立っていた。貫薙は風呂へ行き、俺と山本だけのダイニングには、水の流れる音と陶器がこすれる音が静かに流れていた。

俺はダイニングテーブルに幾枚かの資料を広げ、大学のレポート作成をしていたのだが。少し集中も切れかけたので、息抜きがてらふとその視線をもたげると、目の前のカウンターの向こうで、手慣れた様子で片付けを行っている山本が目に入った。

「そう言えば……」

そうやって、クルクルと動き回っている山本を見て、俺は先日の山本の実家での出来事を思い出した。貫薙と山本に同居を誘ったあの日のことだな。

「山本。お前あの時、十年抱え込んでいたと言っていたな。」

「え?」

山本は突然の話題に首をかしげている。少し言葉が足りなかったか。手に持っていた資料を完全にテーブルへと置き、俺は先日のことをさらに鮮明に思い返す。

「俺がお前達に同居を誘った日のことだ。確かそんなことを言っとっただろう。」

「ああ。あの時っすか。そんなこと言いましたね。」

山本は話が掴めたようで、笑って頷きながらまた作業に戻った。そういえばあの時の山本は随分と面白い目をしていた。初めて見るような。
いや、強ち初めてではなかったか。奴はいつかの時にも、あんな目をしたことがあった。あの獰猛な獣のような。獲物を仕留めることを企んでいるような。

「十年想い続けていたという事だろう、貫薙を。」

「まぁ、そうなりますかね。」

俺の問いに対して、山本は未だいつも通りのへらりとした笑顔を浮かべたまま、カウンターからこちらへと回ってくる。どうやら片付けは済んだようだ。いつの間にやら、背後の水音が止んでいる。

「何故、その想いを告げなかったんだ?その十年で。」

俺の目には、お前達二人の関係はそう悪いものではなく写っていたが。
そう言って、俺の向かいの椅子へと腰を下ろした山本に問いを投げかければ、奴は少しの間、軽く眉根を寄せて考えるように口をつぐんだ。
そして、瞬刻の静寂の後、山本はまた柔らかく笑った。

「あの時伝えたところで、絶対桜を困らせるだけだから、ッス。」

まぁ、今言ったとしても、それはあんま変わんなかったすけど。山本はそう言って、少し寂しげに眉尻を下げたかと思えば、机の上で組み合わせた自らの手へ目線を向けた。

「先輩も、気づいたでしょ?桜は、どっちかっつーと恋愛より、『任務』を取るんすよ。」

俺は山本の口からするりと出てきた『任務』という単語にピクリと反応した。すると山本は、俺のその反応に目ざとく気付き、少し憂いた顔をした。

「桜には言わないでくださいよ。多分問い詰められるんで。」

俺がそれに頷けば、山本は一度目を伏せてから、また先ほどのように笑った。

「俺がこの気持ちに気づいてから、ずっと。桜に寄ってくる奴らは全部、俺が蹴散らしてきたんす。」

目の前で笑う山本は、全くのいつも通りの笑顔を浮かべているように見えて、その瞳にはあの時と同じく、獲物に狙いを定める猛獣のような光が灯っていた。

「桜に気付かれないように。」

末恐ろしいものだな。普段はあんなに純朴に、快活と笑みを浮かべているというのに、その裏はどす黒いと呼べるほどの慕情に染まっていたのか。
目の前の後輩の、隠された想いの大きさに、ついつい笑みがこぼれてしまう。これは、ぶつかりがいのある。

「俺、もっと長丁場で勝負するつもりだったんすよ?桜とは。ずっと、こうやって幼馴染として桜の隣陣とって、桜に言い寄る奴は俺が全部蹴散らして。それでいつか、桜が俺の物になればいいなと思って。」

「ほう。ならなぜ俺は蹴散らされなかったんだ?」

そう問いかければ、山本は手元へ注いでいた視線を、俺へと真っ直ぐに向けた。

「笹川先輩は、ちょっと俺が蹴散らせるようなレベルじゃなかったんで。」

いい目をしている。俺が言うのもなんだが、お前はこの賭けのライバルとして、不足ない相手だ。

「ただの告白じゃ、桜の心は動かせない。だから、こうやって賭けに持ち込んだ。先輩、上手いっすね。俺だって、元々先輩のこと警戒してたのに、ギリギリまで気づけなかった。」

奴はほんの少しだけ口惜しそうに唇を尖らせたかと思えば、上機嫌そうにまた笑った。そのコロコロと変わる幼げな表情に、なぜだろうか俺は微かな心弛びを感じている。

「だからまぁ……、俺としても今回のルームシェアのお誘いは、いいきっかけだったと思います。桜に俺の気持ちを伝えるための。」

そこまで言って、山本は何かを落ち着けるように一度大きく息を吸った。そしてまた、幾ばくかの静寂の後、今度は俺に首をかしげた。

「先輩こそ、いつからっすか?」

ふむ。中々慎重深いものだな。お前はもう既に、その答えに予想がついているだろうに。
俺は務めて笑顔を崩さないまま、山本に問いを返す。

「気付いておるのではないか?お前は鼻がいいからな。」

山本は俺のその反応に、少しだけ目を細めた後、降参だとでも言うように、自らの後頭部へその両手を回した。

「……高校上がった時、くらいっすかね。」

「ほう、正解だ。」

やはりこいつは鼻がいい。俺も、山本のことを、はっきりとこの恋の道筋の障害として認識したのは、高校の頃だった。

「あまり明確な意識はなかったが、この想いを自覚したのは、恐らく俺が高校一年の時だ。」

中学の頃から、恐らくその気はあったのだろう。しかし、自他ともに認めるボクシングバカだった俺は、当時まだ自分の気持ちに気付いていなかった。
そして高校へと上がり、中学へ通う彼女とはそう簡単に会えなくなった時、俺は、この自分の気持ちに気付いたのだ。
会えなくなったからこそ、胸に燻らせたこの想いに気付くとは、人間とは不思議な生き物だ。

「だから、高校の二年間は少しずつだが貫薙に近づけるよう努力した。ただの同じ学校の先輩後輩から、親密な仲間へ。だが……」

その時俺は一つの壁に差し掛かった。それが、山本武だ。当時の山本はなんてことない顔をしながら、周囲に一定数いた、貫薙に好意を寄せるヤツらを片っ端から、間接的或いは直接的に、へし折っていたのだ。俺がそれに自覚したのは、丁度卒業を目前に控えた頃だったか。やはり俺は鈍いな。

山本が先程、俺のことを蹴散らせるレベルじゃなかったと言ったが、俺だって当時、振り切って突っ込めるほど、山本が甘くないと理解していた。
そうして攻めあぐねているうちに俺は大学へと進学。また、彼女がそばにいない一年を過ごすことになった。

そしてこの一年間は、高校時代の一年間よりもなお色濃く、俺に彼女を、貫薙を渇望させた。

そうしていれば、まさか同じ大学に彼女が来るというのだから、あの時は本当にツキが俺に回ってきたんだと神に感謝したくなったものだ。

「この二度で、俺は決めた。必ず貫薙を俺の物にすると。」

もう二度と、あんなもどかしい思いはしたくない。そう決めたからこそ、こうして念入りに策略を練り、一年間という戦いの場を用意した。
山本が十年間、攻め落とせなかった相手だ。きっと手強いだろうとは思うが、目標が高ければ高いほど、俺は燃えるタイプなんだ。

「先輩には悪いですけど、桜は俺のなんで。絶対渡さねえっすから。」

山本はそう言うと、まるで悪戯小僧のようにニヤリと笑みを浮かべた。その目には、高揚と熱気がギラギラと、しかしながら静かに燃えていた。これは本当に、手応えのある戦いになりそうだ。どちらとも。





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