買出しに行きました
「どこに買いに行きますか?」
私は最後の皿を盆からテーブルへと下ろしながら、早速手を合わせている二人へ問いを投げかける。
今朝のメニューは炊飯器がなくご飯が炊けなかったため、私にしては珍しい洋食のサンドイッチだ。定番の卵サンド。ハムレタスのマスタードサンド。キュウリとツナマヨのトーストサンド。ピーナッツバターサンド。フルーツサンド。加えて、汁物にコーンポタージュ。あとは食後にフルーツサンドのあまりの林檎でも剥くとしよう。
武も先輩も、朝一のロードワーク上がりで、きっと腹が空いているだろうから、実家で作っていた時よりも少し重めの朝食にしてみた。
しかしながら、普段なら炊きたてツヤツヤの白飯や味噌汁の香りで始まる朝だが、こうやってパンの焼ける香ばしい香りというのもなかなか悪くない。
「少し歩いたところに電気屋がある。近くに家具を買える店もあるから、一緒にダイニングテーブルも買ってしまえばいい。山本、今日はかなり担ぐぞ。」
「うーっす。」
ポタージュへスプーンを下ろして、先輩が武の方を見やる。流石に一年間多くこっちで過ごしているだけあって、先輩の方が地理はわかっているようだ。
以前にも何度か言ったように、私たちがこの新居で共同生活を始めるにあたって、以前ここに住んでいた笹川先輩のさらに先輩の方々から、たくさんの家電や家具を格安で譲っていただいた。
家電は冷蔵庫から始まり、洗濯機、テレビ、各部屋にエアコンまで完備。家具に至っても色んなものを置いていってくれ、リビングにソファとローテーブル。各部屋にはシングルのベッドフレームまであるというのだから、頭が下がりっぱなしだ。
しかし、生活を過ごすにあたっては、それでもなお足りないものもあるわけで。特に私の目下の課題としては、炊飯器である。
日本人として(祖母はイタリア人とのハーフだが)生まれ、育ったからには、やはり一日一食以上は白いご飯というものを食べたいのだ。
加えて、それを私たち三人で食すためのダイニングテーブルもない。現在はリビングのローテーブルに皿を置き、三人床に座り込んで食している状態だ。
「んー、ついでに昼ご飯と夕飯の買い物もするか?」
武がサンドイッチを一口嚥下してからこちらへ首を傾げる。
「それじゃ重たいだろ。一回ここに置きに帰ってきてもいいんじゃないか?」
「あ、そか。先輩、この辺で食料品買うっつーと、どこがいいですか?」
新しいサンドイッチへと手を伸ばしながら、武が正面に座る先輩へと問えば、先輩は考えるように間をもって咀嚼をする。そしてそれを飲み込んだかと思えば、ポタージュのスプーンを取り口を開いた。
「お前達は大型スーパーと商店街ならどっち派だ?」
「「商店街。」」
ノータイムで私と武が答えれば、先輩は驚いたように目をぱちくりと開いてから、肩を震わせて笑い始めた。武と二人で先輩のその様子に、頭にハテナを浮かべながら顔を見合わせる。
「なんですか、先輩。」
くつくつと小さく笑みをこぼしている先輩に向かって、武が怪訝そうに不思議そうに問いかければ、先輩は未だ漏れる笑いを抑えながら手を上げた。
なんだろう、そんなにおかしなことを言ってしまっただろうか。
「いや、すまん。二人揃ってまっすぐ即答されたものだからつい、な。」
「だって俺、ちっさい頃からスーパーとかあんま行かないスもん。」
「私も……そうですね。」
幼い頃からああいった商店街で育ったものとして見れば、知り合いの多いところで買えるというのはそれだけ安心だし、顔見知りだから値引きなんかをしてくれたりもする。そういうコミュニティ的な意味でも、商店街というものはいいものだと思うんだ。
「なら、商店街に行くとしよう。この家から徒歩五分くらいだ。」
先輩は微笑ましいとでも言うように笑みを浮かべながら、私たち二人を穏やかに見つめ、そう言った。
「うーん、五合半で良いですよね……?」
「どうだろなー。」
「五合もいるのか?」
そして朝ごはんを綺麗に片付けた私達は、新居近くの家電屋の炊飯器コーナーで談義をしていた。
「大体三人暮らしだと五合半が妥当ですね。一人一合とは言っても、一食にちょうど一合食べるわけじゃないですし、何より二人共、結構食べますよね?」
二人共元々運動部であるし、引退したとはいえ毎朝ロードワークで体を動かしている。食事量は一般的な男性よりも多いんじゃなかろうか。少なくとも武は絶対多い。
「桜が心配してんのは五合半で足りんのかってことだろ?」
「あぁ。」
二人がかなり食べると想定すると、五合半で一食を賄うことになる。そうなると朝ご飯で炊いた飯を弁当分に回せなくなってしまうので、たいへん困る。
一升炊にしてしまえば一安心だが、やはりそれだけ値が張る。一応学生の身である私たちだ、無駄な出費は抑えたい。
「なるほどな。」
「うーん……五合半にしときましょう。三人で一升はやっぱり持て余す気がします。」
「いーのか?」
「多分大丈夫だ。」
武が陳列棚から炊飯器の箱を一つ抱えたところで、隣に立つ先輩が私の持つメモを覗き込んできた。
「他になにか居るものはあったか?」
「家電はこれくらいですかね。冷蔵庫が、あれだとちょっと小さいかとも思ったんですけど……どうせ一年だけなので、買い直すのもどうかと思って。」
昨日作ったリストに目を落としながらそう返せば、笹川先輩はからかうように笑い声をあげた。
「ほう、一年で去る気か。随分強気だな。」
目線をあげれば、先輩はまた、昨日みたいな優しげな視線を私に向けていた。先輩のこの視線は苦手だ。なんだか真綿でくるまれてるような、感じたことのない違和感がある。先輩のその真っ直ぐ私を見つめている視線に、真っ向から向かい立てず露骨に目線をそらして、私は私の意志を告げる。昨日、先輩たちの告白を受けて、私の中で固めた意志を。
「決めましたから、私。絶対、先輩にも武にも惚れません。」
二人はもちろんいい人だ。学生時代沢山の女の子たちから騒がれていたほどだし。性格も、その信念も。尊敬すべき人たちだと思う。
しかし、やはり私が、二人のどちらかと恋仲になるというのは、今考えることが出来ない。私にとって二人は、いい仲間であり同僚であり、緊急時に至っては、私の身を犠牲にしてでも守るべき存在なのだ。きっと私のボスはそれを許さないだろうけど。
「この一年、なんともなく過ごして、このままの関係を続けて見せます。」
私は、二人には今までのままでいてほしい。頼れる仲間であり、いい友人である今のような。
「だから、約束してください。もし私がこの一年間でどちらにも惚れなかったら、前と同じように、仲間の関係に戻ると。」
潔く言い切ってから二人へと目線を戻せば、二人は少し驚いたように瞬きを繰り返して、その視線を交錯させた。まるで予想外でもあるかのように。
「こうなった桜は厄介っスよ、先輩。」
「あぁ。知っている。」
二人はそうやって短く言葉を往来させたかと思えば、また私へとその二つの双眸を戻し、強く頷いた。
「わかった。約束する。桜が俺らに、この一年で惚れなかったら、俺らは元の関係に戻る。」
「それをさせんために、俺達はお前にアプローチをする訳だがな。」
まさか三つ巴になるとは思ってもみなかったが。先輩はそう言って、場にそぐわない楽しげな笑顔を浮かべた。
笹川先輩の目的は、この一年で私を惚れさせること。武も同じ。そして私の目的はこの一年、二人のどちらに惚れることなく穏便に共同生活を終えること。
これは三人の勝負、賭けのようなものだ。
一年後には、良くも悪くもこの関係は変貌することだろう。
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