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標的17 早朝ランニング





昼間は未だ、残暑が厳しいとは言っても、早朝ともなれば、もう既に秋が色濃くなってきている。
昨夜、いや、もう今日か。梅さんと話をした後、そのまま寝付くことも出来ずに、今晩のことを考え、そわそわと緊張していた私。
それを見るに見かねて梅さんが、ちょっと走ってこいと、私を家から放り出したのは、ついさっきの事だ。

「……。」

体を動かせば、這い上がってくる肌寒さも忘れられる。今晩の高揚と不安も。余計なことは全部頭から追い出して、真っ白にして走る。いろんな感情が入り混じって、震えてしまう手が止まるように。もっと速く、もっと速く。何も考えられないように。


「桜ッ!!」

突然の声に腕を引かれ、危うく転びそうになる。が、自分よりも幾分か逞しい腕に支えられ、地面と仲良くするのは避けることが出来た。振り返れば、額の汗を拭いながら少し息を切らしている、幼馴染の姿。
あれ、そういえば、私も、息が切れてる。どれくらい走っていたのか、自分でもよくわからない。少なくとも、走り始めた時に濃い群青に染まっていた空は、もう白み始めている。

「走ってるとこ、見かけたから、…声掛けたのに、無視するし……」

かなり全力で走ったのか、苦しそうに息を吸いこみながら、途切れ途切れに言葉を紡ぐ武。全然気づいていなかった。

「……わる、い。」

返事をした自分自身も、あまりの息切れに上手く言葉を発せない。存外身体は酷使されていたようだ。
暫く二人で、呼吸を落ち着けるために立ち止まっていれば、腕が未だ武に掴まれたままだったことに気づく。
あれ、こんなにこいつの掌、でかかったっけ。
肘あたりを掴まれているそのすこし高い体温に、微かな戸惑いを感じる。
私のその視線に気づいたのか、焦ったように手を離す武。別にそんなに嫌がらなくても良いだろうに。ちょっと前まではよく手も繋いでたじゃないか。

「てか、早いな。どうしたんだ?今日は野球部、朝練無いだろ。」

少し気まずい雰囲気になりかけた為、思考を離す。ま、流石に幼馴染とはいえ、中二にもなってもう手は繋がないか。

「ん?あぁ、流石に昨日は寝れなくてさ……」

外された話題に食いついてきたため、さっきの事なんて無かったように話を続けながら、商店街へ向かう道を歩く。

「……あぁ、だろうな。」

あんな話をされたし、あんな奴らと顔を合わせたんだ。流石に昨日の今日で、お気楽に寝ていられる程馬鹿じゃなくて安心した。

「いやー、わくわくすんなー!!」

前言撤回。こいつは馬鹿だ。
まさかの楽しみからくる興奮で寝付けなかったのかよ。遠足前日の小学生か。

「でも……」

明朗な笑顔を浮かべていた奴が、少し顔を曇らせる。なんだ、似合わないことを。

「ちょっと、怖ぇな。……勝てるかわかんねーのがさ。でも、負けたらツナとかに迷惑かかっちまうしなー。」

そう言って、微かに眉尻を下げて、心配させまいとしているのか、上っ面だけの笑みを貼り付けたその姿に、心底からの呆れを感じた。
全く、柄にもないことを。

「……戦ってるのはお前だけじゃない。」

「……?」

武の方を見つめて言えば、突然の私の脈絡のない言葉に、理解が追いついていないのか、頭にはてなマークを浮かべている。

「ツナ君も獄寺も笹川先輩も、ランボも雲雀も戦ってる。もちろん私もだ。」

全員未熟でまだまだ青い。それでも、そんな八人全員で戦ってるんだ。
険しく寄せていた眉を下ろし、にっと、笑ってやる。

「八戦もやるんだぞ?お前がたった一回負けたところで、どーも何ねーっつーの。」

そう言いながら、グシャグシャと隣を歩く幼馴染の頭を、少し背伸びをして掻き回す。
無駄に背だけはでけーんだから。

「………………そっか……、そう…だよな。」

私に好きなように弄り倒されながら、武は憑き物が落ちたような顔をしていた。その貼り付けた笑みを消して、まるで目からウロコでも落ちたみたいだ。

「お前は、勝敗なんて関係無しに、ただ純粋に、あの剣士と戦ってこい。リベンジ、するんだろ?」

撫でるのを止めてやれば、武はまた再び、いつもの雨上がりの太陽のような、私の好きな笑顔を浮かべた。

「おう!負けっぱじゃ、いらんねーからな!」

さっきまでの曇り顔が嘘のように、鼻歌まで口ずさみながら、家路を再び歩み始めた武。
こいつはこれでいい。昔から、馬鹿が思い悩むとろくなことに何ねーんだ。飛び降り事件しかり、な。
無駄なことなんて、お前は何も考えなくていい。ただ勝つことだけを純粋に考えていればいい。だが、もし負ければ、あのヴァリアーの事だ。武の命が危ういかもしれない。でも、そこから先は、私の仕事だ。私が守る。武を、ファミリーを。あの人と、約束したのだから。

いつのまにやら自分の手を離れて、少し大きく成長していた幼馴染の背を見ながら、私は決意を固めた。
気付けば、手の震えは止まっていた。




竹寿司の前で武と別れ、家に戻れば、準備万端の朝食が出迎えてくれた。

「お、帰ってきたかい。朝飯、さっさと食っちまいな。」

梅さんが支度をしてくれたのか、カウンターから首だけ伸ばし、顎で席をさされる。父さんはもう既にその美味そうな朝食に箸を付けている。

「梅さん?これは……」

「ん?あんた、すごい汗だね。飯の前にシャワー浴びて来な。」

あのカカァ天下の梅さんが、朝食の準備なんて……そう思って尋ねたのにも関わらず、質問の答えをもらう前に、バサりと頭にバスタオルを被せられ、脱衣所へ突っ込まれる。
パタンと閉められた戸と、忙しそうに去っていく足音。

「……………………風呂、はいろ……。」



自分でも気付かぬうちにかいていた大粒の汗を、シャワーで綺麗さっぱりと流し終え、長い髪を拭きながら居間へ戻る。
すると、扉を開けた途端に鼻腔をくすぐる、ほっとする暖かい匂い。
これは味噌汁だろうか。良い匂いだ。

「梅さんが、作ってくれたのか?」

自分の膳らしきものが用意されている席に座り、カウンターの向こうで忙しそうに作業をしている祖母に尋ねる。
ちらりと私を見た後、すぐに手元に視線を戻し、薄く口を開く。

「あぁ。だったらなんだい。」

「いや、……梅さんが家事してるとこ見るなんて、早々ないなと思って。」

正直に思ったことを告げながら、手を合わせ、小さく挨拶をしてから椀を手に取る。だってそうなんだから。
私が生まれてこの方、祖母は何度もうちに来たこともあるし、私自身が何度もイタリアの祖母の家に行ったこともあるが、その度に祖母が自分で家事をしているところなど、見た覚えがない。それほどまでに、祖母は家庭的な所からは遠くかけ離れた人のように思っていた。だが、目の前の食卓には、彩りよく様々な小皿が並べられ、気づいていなかった腹の虫が動き始める。

「……あんたねぇ……。」

梅さんは私のその言葉に、少し呆れながらも、図星をつかれたようなぎこちない笑みを貼り付け、ため息をついた。

「星の守護者たるもの、出来ないことがあっちゃいかんだろうが。」

そう言って、カウンターに置かれたのはいつも私が使っている弁当箱。先程からなにか作業をしていると思えば、私の弁当を作ってくれていたのか。
なんだか、いつもは軍教官みたいな祖母の、初めての祖母らしい一面を見て、朝から度肝を抜かれてしまう。

「星の守護者は、常にボスの傍で仕えるんだ。何でもかんでも出来ないと、務まるもんじゃないよ。」

かくいう私も、幼少の頃から父に色々と仕込まれてきた身だ。英語やイタリア語は勿論。ある程度の国の言葉は話せるようにされているし、武道も一通りは触れてきた。楽器や炊事、家事全般など、当時はマフィアにこんなもの必要なのかと、疑わしかったほどだ。だが、九代目の傍で仕事をする梅さんを見て、その考えは改められた。何が起こるかわからない、マフィアの側近だからこそ、多種多様なことが必要なのだ。ただただ戦闘スキルだけが有れば良いという訳では無い。だからこそ、父は辛くも私に幼い頃から教育を施してきたのだ。

「ん、というか、なんで弁当?」

近頃、学校なんて休んで修練ばかりしていたから、弁当箱なんて久々に見た。今日もそうなるだろうと思っていたのに。

「今日くらいは、恐らくあのもやし小僧は学校に行くだろう。少なくとも、リボーンならそうさせるはずさ。」

少し目を細め、薄く笑う祖母。その意図が私にはよく理解出来ず、追って尋ねる代わりに首を傾げる。

「昨日の一件で、ビビりまくってる小僧に自信と戦意を付けるなら、どうすると思う?」

ツナ君に戦意をつけるなら……、ツナ君は仲間のためならどんなものにだって立ち向かうだろうから、……あ、そうか。

「……学校で、仲間に合わせる……。」

「そういう事さね。」

特に、他の守護者はこの戦いに関して、熱い奴が多い。獄寺しかり、笹川先輩しかりだ。武ももう既に、今晩の戦いへ向けての覚悟は座っていたし。そんな彼らに会えば、ツナ君の腹も決まるだろう。もう、こうなった以上は逃げることなどできないのだから。

「あんたももう星の守護者だ。自分の仕事をしな。まだ、奴らが闇討ちしてこないと決まった訳じゃない。」

梅さんがそこまで言うのを聞いてから、ところで……と、父さんが食後の茶を啜りながら口を開く。

「桜、随分とゆっくりしてるが、時間大丈夫なのか?学校に行くんだろう?」

「え、」

その言葉にはっと、我に返り居間の壁掛け時計を見上げる。
まだ遅刻確定という訳では無いが、そろそろ急がねばまずい時刻だ。食べ終えた皿をキッチンに運べば、 無言で梅さんが受け取ってくれる。洗っておいてくれるのだろう。
短く礼を告げ、自室へ向かう足を早める。なんだか、最近よく遅刻しかけるな。今日こそは、雲雀に目をつけられないように急がなくては。
今日は、武ももう起きていたし、無駄に時間をロスすることもないだろう。





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