幸せを数えるなんてことは不躾だ。
それらにもし、違いがあるとするなら。
それは感じる幸せの大きさだろう。



幸せを背負って



結婚をした。
約一ヶ月と少し前に。
正式に言えばちょっとだけ違うのだけど。まぁ、法律上許されていないのだから致し方ないのだが。
それでも、役所に出す婚姻届には名前を書いたし結婚指輪だって購入した。
散々ねだられたウエディングドレスなり白無垢なりは結局の所着ないまま。着る機会なんぞ訪れそうにない。桐の箱に大切に仕舞っている白い布だけが、思い出となって残るのだろう。


「土方。」


三度の軽いノック音の後、扉を開けて入ってきたのは淡い銀色。旧姓を呼ぶ癖は今だ健在していて。まぁ、世に言う新婚さんだから仕方ないと取るべきなのか。それとも、意地悪く訂正をしてやるべきなのか。


「ああ…」


答えの出ない俺はいつも合間な生返事を返すのだ。薄い不透明なプラスチック越しの声に、男は少しだけ顔を濁らせながらも目を細めて笑う。
無理をさせている。
毎回その表情を見てはそう、思ってしまう。
枕元にあるパイプ椅子に座り、男はこちらだけを見つめる。同じ輪っかの嵌められた手が額を撫でた。


「具合は?」


毎日聞く日課な言葉。もう慣れてしまったそれを、俺は後何回聞けるのだろうか。


「普通だ。」


そう答えると、男は少しだけホッとした顔をする。常人の気付くことのできない位、些細な変化。左手を伸ばしてその髪に触れた。チューブの絡まった手が伸ばされる度に、男は泣きそうな顔で笑う。
なぁ、いい加減慣れてくれよ。


「土方から薬の匂いがする、な。」


白い白い空間で、その声はじわりと染みた。男の手が重なり、熱を分け合う。いつの間にか衰えた細い腕が、手が、男に覆われることに悔しさしか感じない。一ヶ月に買った指輪は、今では外れないように注意するのに精一杯で。


「銀時。」


この職についてから、死を怖いと思ったことなど一度もなかった。人間はいずれ死んでいくのだから当たり前なことだと割り切っていた。それは今だって何ら変わりはないはずなのに。


「十四郎…」


今頃になって、惜しいと思うだなんて。離れ難いと思うだなんて、自分は随分歳でもとってしまったのか。


「愛してる。」


知ってる、と返すのが馬鹿らしくなって。持っていた銀色をそっと重ねた。
死してなお遺る思い出に、一生の思いを込めて。



11.11.22
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