男はしばらくの間、沈黙を貫いた。
人一人分。離れたところにいるのに酷く近く感じる。間に置かれた団子に手を伸ばす、男の指は思ったよりも線が細かった。人差し指の端っこ。少し欠けた爪。

「迷惑、かけたな」

絞り出すような声が謝罪を告げる。きっと、心の中で十分に葛藤したあと、ようやく出された言葉なのだと思うと酷く愛おしく感じた。

「何が、」
「こないだ、の、」
「あぁ、うん」
「組の中の話だってのに、餓鬼共まで巻き込んじまって」
「いいよ、うん。首突っ込んだのはこっちの方だしな」

あぁ、どうしよう。なんだこれは、なんだこれは。
土方十四郎というこの男が、自分に対して謝っているという姿が物珍しい。正直、巻き込まれた騒動なんて、今更で。今回がなかったとしても
あったとしても、どうせ何かの縁。自分たちはこの縁あってこいつらの問題に多少なりとも巻き込まれるのはわかっている。今も、そしてこれからも。

「礼は、後で山崎にでも持っていかせる」
「うん、」

素直に返事をする自分。やけに謝る土方。
あぁ、どうしよう。こんなの、おかしい。柄じゃないというか、なんというか。くすぐったいような、甘酸っぱいような、なんか不思議でおかしな感じ。
土方までの距離が酷く暑い。ぶわっ、と熱を帯びているような気がしておかしい。どうしよう、熱くて暑くてたまらないのに、隣にいる男は涼しい顔をしている。自分だけ、こんな。と、思えば余計にあつい。土方に近い左側。ほっぺたまで熱を帯びてきている気がしてたまらない。なんだ、新手の風邪かなにかなのか。

「やけに静かじゃねーか」
「お、おぅ?」

沈黙に耐えられないのか、いつの間にか煙草に火をつけていた土方が話しかける。意味がわからなくておかしな返事をしたあとに、脳内で何度も言葉を繰り返した。『やけに静かじゃねーか、やけにしずかじゃねーか、ヤケニシズカジャネーカ』
そのあとに、少し悪そうな顔をして、まぁ、俺もか。なんて言葉を吐いているのを聞いて、もうダメかもしれない。
なんだって傍からみたら、一般人から見たら悪そうな顔をしたってのに心臓がうるさいんだ。たのむ、静まってくれ。暑くてたまらない。
ドッドッ、とうるさい心音が耳のすぐ裏側で聞こえてくる。おれはどうしていいのかわからず、わけもなくぼんやりと前、人が行き交う道を見ていた。男、女、男、女、女、犬、煙。
視界に煙。モヤがかかったようなそれの発信源は隣の男で、唇から出された煙が喧騒に溶けていく。それを見て、煙になりたくなる。煙。土方のその口内の奥、人の手の及ばない気管を通って肺に、そして肺胞に。じん割りと体内を犯すようなそれにわけもなく興奮する。落ち着け、馬鹿なこと考えるんじゃない。
白い煙は何度か吐かれた後に押しつぶされた。煙草一本の沈黙。どうにも、男と沈黙に陥るのは気まずいきがする。気まずい、というより、どうしてだか思考がおかしな方向に進んでいっている。
そんな俺のおかしさを、相手も多少なりとも感じているのか。俺のおかしさのせいで、この男が嫌にしおらしいのが調子に狂うようで。「あー、」と、なんとなしに言葉を吐いてから出された茶を一気に喉に流した。
土方十四郎、頼んだみたらし団子2本に持参の煙草一本、出された熱いお煎茶一杯完食。

「じゃあな」

残すものなどない、終わった間食と調子の可笑しい俺を残して男は立ち上がる。いつもみたく、道端ですれ違うような気さくさで。でも、すれ違う時にいつも言い争っていた、幼い子供の喧嘩ような嫌味は一言も零さず。少しだけ他人行儀なそれに距離を感じて寂しいなんて、そんな。

「おい、」

(なんだよ、まだ行ってなかったのかよ。どうせこの後も仕事があるんだろ。今日の俺はおかしいんだ。あることないこと、口にしちまいそうで怖いんだ。んでもって、正体不明の風邪菌に犯されちまったみたいで脳みそなんかピンク色しちまいやがってる。厭、原因なんてのは本当はわかっているから。だから、早く立ち去れよ、なぁ)

「おい、手」

立ち去れ、立ち去れ。心の中でそう唱えながら土方の言葉に思わず自分の手を見た。右手は団子の串を持っていて、だからこっちじゃなくて問題は左手の方だった。伸ばされた自分の左手。土方の腰あたりのシャツを離すまい、と迷子に怯える子供のように握っていた。縋っていた。引き止めていた。

「お前、風邪なのか」
「は?なにが」

突然、心の中を読まれたようでギクリと体が固まった。あまりにも俺の思いが強くて伝わったのだろうか。それとも土方は人の心を読むのに長けているのだろうか。やっぱり。警察だしな、嘘ついてるやつはすぐに直感でわかる、これが刑事の勘だってこないだテレビでやってたもんな。真選組副長レベルになると人の心くらい簡単に読めてしまうのだろうか。それなら今流行りのマインドコントロールだかなんだか知らないけどそれでテレビ出たら一発流行るんじゃないだろうか。こいつ、目つき悪いだけで顔は整ってるし、うん。

「や、風邪がどうとかピンクがどうだとかブツブツ呟いてたぞ」

まずった。心の声が漏れていたらしい。何がマインドコントロールだってんだ。よくよく考えれば、土方より一応は上の地位にある近藤なんて嘘すら見抜けそうにねえのに。副長レベルだったら出来るとかないわ。落ち着けって俺。

「それよりも、手」
「は?」
「だから、手」

言われたとおり、自分の手を見たらいまだに土方のシャツを掴んでいるそれが見えた。俺の意志とは無関係に隊服の下にある、腰あたりにくすぶっているシャツの端っこ。少し怪訝な顔をして土方がこっちを見ていて。あぁ、どうにかしないといけないと思えど、どうすればいいんだ。

「服伸びるから、いい加減放せ」

そう言われてハッと気付く。そうだ、離せばいいんだ。こんな簡単なこと、どうして言われるまで気がつかなかったのだろうか。強ばっている指先の一本一本を丁寧に解いていく。ただシャツを手放すというだけの行為なのに馬鹿に時間が長くかかったように感じた。そんな俺を、怪訝そうな顔で見るも土方はすぐに立ち去りはせずにそこに立っていた。

「熱出てんなら餓鬼どもにうつす前に治せよ」

数秒の沈黙の後、先程からの俺の不審な行動は全て熱のせいだろうと結論づけたらしい。そんな言葉をかける優しさは持ち合わせているというのに、そういいながら煙草に火をかけるアンバランスさが笑えてしまう。病人の前で煙はいかんでしょうに。

「じゃあな」

立ち去る男。その背中を見つめる。
例えば、後ろを向いた男の首筋、隊服と切りそろえられた髪の隙間から赤い所有印が覗いたりだとか。例えば、スカーフに隠れた襟元。鎖骨の上に噛み付いた跡がのこされていたりだとか。スラリとした足の付け根、決して他人の目に触れないところに印がついていたりだとか。
そして、その印をつけたのが自分であったりしたりだとか。そうだったらいいな、なんて。欲にまみれたことを思いながら男を見つめる。感情はピンク、恋愛色一色な脳内を平和なもんだと皮肉に思いながらも、決して嫌ではないのだ。自分は。



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