恋連鎖 | ナノ
全部仕組まれたように起こった、3年Z組の戦力メンバーの無断欠席。
今までは、ただいつもどおり、勝ち続けていたせいで反感を買ってしまい他のクラスの挑発に乗って暴動を起こしていたのだ。それと比べれば異例の事態である。
もしも今まで通りだったら皆も銀ちゃんも対処法が分かっていた。それなのに……
「……」
クラスには重い空気が流れていて、あたしも黙っているしかない。
皆不安なのだ。当り前のように勝ち続けていたからその分、負けるかもしれないと言う思いが強くなってしまっている。
それほどまでに妙ちゃんや九ちゃん、さっちゃんやヅラやザキの存在は大きかったのだ。神威は…サッカーしか出てないから分からないけれど、結構点も入れていたし、やっぱりいないという事実は辛い。
最初の試合はドッヂボールだ。どうしよう、サブメンバーとして神楽ちゃんが入ってくれるけれども……
銀ちゃん曰く
「何で神楽がメンバーにいなかったか分かるか?」
「いえ…むしろずっと不思議でしたけど」
「お妙の場合はまだ力の加減を調節する事ができるから都合がよかったんだ。だけどな、神楽の場合それができなくて一年、二年の時に怪我人を出しまくって試合が無効になった事があるんだ」
「え、何それ怖い」
「だからサブにしてたってのに……。結ちゃん、制御は頼んだ」
という事なので、どうやら神楽ちゃんのコントロール権はあたしにあるらしい。
末恐ろしい事実を聞かされて、内心そっちの方が不安なあたしは、時間になりそうな事を確認すれば神楽ちゃんに話しかけた。
「妙ちゃんいないから神楽ちゃんが出なきゃね」
そう言ったら、パッと顔を上げた神楽ちゃんは「おう!!!」とやる気満々で、あたしは冷や汗をかいてしまった。
――制御は頼んだって…言われても
銀ちゃんはもう表彰式の方の準備にまわっていて姿はない。次に会えるのは昼休みである。
頼みの綱は彼だけだったというのに…。ため息をついて、頭の中で次にどうするかを考えた。
神楽ちゃんを、制御する方法……か。
一日目の朝に約束できたように、神楽ちゃんの力加減を調節できるような約束をすれば……。
ん、これだ!!!
「ね、神楽ちゃん」
移動途中に彼女に話しかけてみると、何アルか?と首をかしげて返してくれた。うーん可愛い。しかし今はそうやって和んでいる暇はなくて、試合が始まる前になんとしてでも彼女の力を抑えるようにしなきゃいけないのだ。
「あのさ、次の試合の事なんだけど…神楽ちゃんって投げる力強いじゃない?」
「うん」
「バレーボールの場合は地面にたたきつける勢いでやるからいいんだけど、今回はホラ、人間の…しかも女の子に当てるゲームだから、あの勢いだと怪我人出ちゃうんだよね」
「それは当たる人間が悪いアル」
「う、うん……そうなんだけど」
このままだと子供にあやすように助言していく事になる。そうなると神楽ちゃん、機嫌を損ねたりしないだろうか、と思った。
……でも、考えても時間は過ぎる一方だから、あたしは前に進む。もう無理矢理でいいや!
「神楽ちゃん!ドッヂボールの投げるボールの力加減してくれたら、何でもしてあげるよ!」
「ほ、本当アルか!!?」
「うん」
手を思い切り握って神楽ちゃんは目を輝かせた。
「何でも」という所に何かを感じ取ったのだろう。…ご飯おごれ、とかだったら泣きたくなるけれども、失格にはなりたくないし、友達のためならいいや。そんな風に考えて出た行動に、やっぱり後悔してしまう。だって完璧に保障された事にはなっていないのだから。
彼女の力加減した後のボールでも、もしかしたら怪我人は出てしまうかもしれないし……。
でも、くよくよ考えていても仕方ないのだ。こうするしか方法は無いから。
今は、あたしは神楽ちゃんを信じる。
「じゃあ私、頑張ってボール投げる力加減してみるアル。怪我人が出なければいいんでショ?」
「うん」
「できたら帰りにアイス一緒に食べて欲しいネ」
「う、うん」
意外に簡単なお願いごとに安堵したと同時に驚いたあたしは、思わずどもる。
でもこれで、ドッヂボールは何とか安心してできそうで、またやる気が戻ってきた。
コートに配置され、元外野のあたしは挨拶を済ませればコートの外に。
いつもは内野の妙ちゃんから貰っていたボールをあたしが投げたりして、挟み撃ちにして当て続けていたけれども、神楽ちゃんもそうしてくれるだろうか。万が一そうしてもらっても、あたしは彼女のスピードに追いつけるだろうか。
考え事をしている間に、3Zの方にボールが渡った。
公子ちゃんが高くこっちに投げてきた。早速挟み撃ち、という事なのね。
理解してそれを取れば素早くコート内に投げ返す。
あたしの方からはあてず、あえてパスするような感覚で投げれば、誰かがあたしのボールを取った。
神楽ちゃんだ。
相手チームを挟んで、彼女と目が合う。こっちに投げてくるんだと思う。
ぐっと神楽ちゃんはボールを掴んだ。
そのまま腕を上げて体をひねると、左足をぐっと踏み込んでこっちに真っ直ぐ、真っ直ぐ投げてきた。
「!」
真正面に神楽ちゃんが投げたボールがやってきた。
相手チームは避けたからいいものも、あたしはその速さが怖くてたまらない。衝撃を恐れながらも、胸の中でボールを受け取った。
「……あれ」
痛くない。普通のパスだ。
ふと顔を上げれば、神楽ちゃんがニッコリと明るい笑顔で「早く投げるアル!」と手を振る。
彼女なりに力加減をしっかりして、こうしてあたしの手元に渡って来たボールは、さっきと変わらない姿でまた空を舞った。
それからというもの、神楽ちゃんの投げるボールに対して他の3Zメンバーも恐怖心をなくしたのか、先ほどまでよりも動きがスムーズになり、時間いっぱいになる前に試合は終わった。
「あー久しぶりにハラハラしたわー」
「ピー」
「阿音ちゃん百音ちゃんもお疲れー」
「お疲れ。…ねぇ、結があの怪力娘の事説得したんでしょ?こっちは、また怪我人出て試合が無くなるかと思ったけど今回大丈夫だったし…」
阿音ちゃんは眉を下げて言う。
どうやって説得したのよ、と聞かれてあたしは答えた。
「説得…じゃなくて約束しただけだよ。何でもしてあげるから力加減してーって。あはは、結構無茶苦茶だけど」
「そっか。なんか納得いったわ、アンタの前だとあの子素直になるから」
「へ?」
「よっぽど好かれてるのね」
あたしの頬が少し熱くなった。柄にもなく、友達関係の事で褒められてしまって嬉しくなってるのかもしれない。いつもあたしの事を大切にしてくれているのは感じているけれども、改めて他の人から聞かされたらますます嬉しくて照れくさくなってしまった。
でも、ま、結果オーライって奴……かな。
「結――、次卓球アル。急いだ方がいいアルよ」
「え、うん!!」
呼ばれた方に向かえば、神楽ちゃんは「ちゃんと約束守ったでショ?」と微笑を浮かべた。
これには参っちゃって、あたしは「じゃあアイス特別に一つ追加するよ」と提案してしまった。
あたしとの約束のために頑張ってくれた彼女には、ここまで報酬をつけてあげようじゃないの。
最近気付いたけれども、あたしは神楽ちゃんには少し甘い。