Asylum | ナノ

Asylum

「クーパー」

深夜、そろそろ眠ろうかと読んでいた雑誌を閉じたとほぼ同時に、
部屋のドアをたたく音と共に聞こえてきた、己を呼ぶ声。
あの声は聞き間違いようもない、気難し屋のこまっしゃくれた、愛しい上官殿だ。
こんな時間にどうしたのかと思いつつも、
少し焦るかの様なノックの音への疑問とあまりにも稀な相手からの訪問に
少なからずの感動を覚えたクーパーは扉へと足を向ける。

「どうなさいましたか?サージャ…ン…!?」
扉をあけるが早いか、突然襲いかかるかの如くしがみついてきたハーネマンに
クーパーは驚きの色を隠せない。
「あの…!?ええと…サージャント…?」
動揺する心を抑えつつ、しがみついたままの上官に声をかけた。
だがその声が届いていないのか、ハーネマンは応えることなく、微動だにしない。
否、しがみ付くその腕からクーパーのシャツ越しに、小刻みに震えが伝わる。
俯いているため表情は窺いしれないものの、まるで魔王に誘われた子供の様な、
或いは知ってはいけない世界の真理を見てしまった探究者の様なおびえ方。
とにかく普段のあの尊大とも言えるような姿は鳴りを潜めている。

「あの、ここじゃなんなんで、中入って…落ち着いてください…」
暫く、(といってもほんの数分足らずだが)入り口で固まっていたが
ハッと気がついたクーパーがハーネマンを中へと促す。
軽く離れたもののそれでも握ったシャツは離さないまま、
顔を下げたままの状態でハーネマンも部屋の中へと足を動かした。

なんとか落ち着かせてシャツから手を離させ、ソファへと腰を下ろさせ。
「生憎今はコーヒーしかないんですが…よかったら」
偶に訪れるこの上官の為に用意したカップを差し出した。
差し出された側はそれを無言のままゆるゆると受け取り、震える手で口へと運ぶ。
カップを受け取る時にふと見えた目にもやはり力が無い。
一口飲み、軽く落ち着いたのか、ハーネマンがぽそりと口を開いた。
「…すまん…」
俯き気味に、視線を下方に泳がせながらの声。
クーパーの心に今の上官の姿に対する驚きよりも、不安が広がった。
「構いませんよ。それよりも、大丈夫ですか?」
「…ああ、少し、落ち着いた…」
落ち着いた、とはいうもののやはり体が小刻みに震えている。

失礼します、と一声かけ、横に腰かける。
「一体どうしたんですか?急だったんでびっくりしましたよ。」
「……」
「…もし言いたくないんでしたらそれも構いません。
 落ち着くまで…あ、なんなら朝までここにいても構いませんよ?」
後半の台詞は若干おちゃらけた様に口にだした。
それが功を奏したかどうかはわからないが、
ハーネマンの表情が若干緩んだように見えた。



「…夢…をみたんだ…」
やがてまたハーネマンの口からぽそりと声が漏れた。
「夢、ですか?」
「ああ…」
 
視線を正面の壁に向けたまま、ハーネマンが言葉を次々に紡ぐ。

「まだ俺が民間軍にいた頃位の年齢で…
 とにかく辺り一面が瓦礫の山で…
 周りに敵も味方も関係なく倒れていて…
 肉と鉄との焼けた嫌な臭いが立ち込めて。
 …そうだ、足元に誰のかわからない腕も落ちてた。
 俺以外の全員が倒れてるんだ…地面から呻く声が聞こえて、
 耳を塞いでも聞こえてくるんだ」

段々と目が泳ぎ、言葉を紡ぐその声に段々と震えるような音が混じり始めた。

「とりあえずその場を離れようと足を踏み出したら、
 突然足首を誰かに掴まれてな…恐る恐るそっちに目を向けたんだ。」

「その掴んでる相手ってのが、当時その部隊に同時配属された同僚で…
 見たら反対側の手が肩から完全に吹っ飛んじまってるんだ。
 多分足もやられたんだろうな、膝から下が流れた血で赤黒く染まってた。」

手に持ったカップの中身が大きな波紋を立て始める。

「そんな状態なのにまだ死ねなくて、必死に俺の足にしがみついてきてたんだ。
 『ミッヒ、助けてくれ、ミッヒ』ってずっと…呻いて…」

「だけど助からないのは誰が見ても明らかな状態で…俺が…あいつの…」

ついに持っていることもできなくなったのか、カップが大きく傾いた。

「もう、良いですよ。」
カップは床に落ちることなく、ハーネマンの手ごと、クーパーの手に支えられていた。
「すみませんでした…口になんて出したくなかったですよね」
「クーパー…」
「大丈夫です、俺、ここにいますから。休んでいってください。」




あの人は俺の知らない世界を経験している。
俺なんかでは到底理解しきれない何かを抱えている。

―――でも。

その重圧を逃がすのに俺のところに来てくれた。
俺の事を少しは信用して、頼ってくれたんだ。
だったら俺はそれに応えなきゃいけない。


「…ちょっとでも支えになれたら、嬉しいんですよ…」
気分が落ち着いたのか、一言礼を告げ部屋を後にした上官の後ろ姿を見送り。
また一人になった部屋でクーパーは、小さく、呟いた。



Asylum:避難所・待避所。

ミキさんのバースデーに献上した物。
…バースデーにこんな薄暗いもん送りつけるとか
どういう考えなのかとツッコミ入りそうですね。

(10.11.6作成)

back to main

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -