K兄2 | ナノ

nefarious


久しぶりに帰宅が朝のラッシュと重なってしまった。

仕事明けで疲れてはいるが仕方ない。
たかだか10駅だし、早く帰ってゆったりとベッドで眠りたい。
そんな事を考えながら電車に乗り込んだ。


うっすらアルコールの残る体を支えるため、扉近くに立ち手すりを掴む。
すし詰めの、この場だけ温度が上がっているのではないかと思うような車内。
時間どおりの会社勤めは毎日大変だなあ、などと考える余裕が出てきた時。
「…?」右足に違和感を感じた。何かのあたるような感触。

…これだけ人がいるんだ。鞄とかあたってもおかしくないよな。

そのままやり過ごそうとした。が、更に違和感。
あたっていた何かがゆっくりと上に上がってきたのだ。
明らかに手の感触。それもこの大きさは、確実に男のもの。
まさか、そんな。女の子相手ならまだしも、どう見ても男相手にこんなこと。
何かの間違いだと思いたかった。


混乱する頭をどうにか治めようとしていると、突然足にあった違和感が遠ざかった。
やはりただの勘違いだったか。
そう思いほっと胸を撫で下ろそうとした。が。

背後から回された手が、触れた。ズボン越しに。
抵抗されないと判断したのだろうか。
手慣れているのか、ほとんど身動きの取れないこの空間でありながら
巧みに指を動かし、青年を追い詰める。



まずい。これは危険だ。
己の体を弄る手を振り払おうと、手すりから手を離し抵抗を試みる。
と、次の瞬間。ガタリという音と共に体がぐらついた。カーブで車体が斜めに傾いた様だ。

手を離していたため上手く体勢を整えられなかったが
倒れるほどのスペースがなかったので派手な動きにはならなかった。

が。

偶然なのか或いは意図的だったのか、
気付けば背後から伸びてきていた別の腕が青年の腰に回されていた。
それは明らかに不埒な行動を続けている手と同じ持ち主の物。
抵抗するはずが不幸にも結果として更に密着する形となってしまった。

アルコールもとっくに抜けているのに悪い酔い方をした時の様な、そんな気分。
眠気ももはやどこかに飛んでしまった。
声をだしてやめさせようにも、
男が男に痴漢されているという事実への羞恥心や恐怖が声を出させてくれない。
痴漢されたら大声で助けを呼べばいい、
そんな一般論が間違っている事をまさかこんな形で実感するとは。


性的な行為のはずなのに全く気持ち良さもなく、ただただ気持ち悪いだけの行為。
青年の目的の駅まではあと2駅。
たった2駅、普段ならあっという間の距離だが、それが何時間にも感じられてしまう。



電車が止まり、数駅ぶりに乗っている側の扉が開いた。
車外からの涼しい風が入りこんできて、わずかだが体にすっきりとした感覚をあたえる。


次の瞬間、意図しなかった方向へ青年の体が傾いた。
電車の、外。

それは後ろの手の持ち主も同じだったようで、
青年の体につられる様に一緒に外へと転がった。
急に広い空間に投げ出された青年の体が地面に倒れこみ―――


何かに支えられた。人の腕。
それと同時に張り付いていた背後の手からも解放された。

扉の閉まる音、離れていく電車の音を遠くに感じながら
自分の置かれた状況が上手く飲み込めず、硬直してしまう。


「おい、アンタ。痴漢は犯罪だって解ってるよな?」
頭上から降ってきた声。
自分ではなくその後ろにいる人物にかけられているその声に聞き覚えがあった。

「今回は見逃してやるからとっとと消えろ、今すぐ、目の前から」
かなりの怒気を含んだ声色に、自分に対しての言葉ではないのに委縮してしまう。
そんな声を向けられた張本人は更に委縮してしまったようで、
小さく「ヒイッ」っというひきつった声が聞こえたかと思うと
つづけて次に入ってきた電車に向かって駆け込む様な音が聞こえた。


「お前は何されてんだよ」
少しの間をおいて、今度は自分に対して頭上から声が掛けられた。
呆れを含んだような、聞き覚えのある声。
ゆっくりと顔を上げ、声の持ち主と顔を合わせた。
「けー、さ」
「こんな朝早く電車乗ってるかと思ったら、
あんなヤツに痴漢されて青くなってるとか…」
やれやれといった表情の男…KKの顔を認識した途端、
全身から力が抜けていくのを感じた。
涙腺が壊れてしまったかの様に止め処なく涙があふれてくる。

「っちょ、泣くなよ…」
「だっ、て、オレ、 おと、こ  なのにっ」
「男でも狙われる事あるだろ」
「こわ、 く て、声 でな」
「うん」
「きもち わる って」
「そうだな」
「な んとか したくて」
「ああ」
嗚咽混じりの青年の言葉を聞きながら、
あやすようにゆっくりとその肩を叩き、宥める。



涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったが、気分は落ち着いたらしい青年を連れ、
手洗場に向かった。勢いよく水道をひねり、顔を洗わせる。

「…ゴメンナサイ」
顔を拭き終えた青年から出た言葉は、謝罪。
「…あ?」
「だって、けーさん出かけようとしてたんじゃ…オレのせいで、こんな」


バツの悪そうな顔で視線を合わせない青年を眺め、更に口を開いた。
「お前のとこ行こうとしてたんだよ」

KKから出た意外な言葉に、青年が顔を上げる。
「お前休みだって聞いてたし、今日は俺もオフだったから、行こうかなって」

「でもこんなんじゃお前出かけたくもないだろうから、今日はもう止めておくわ」
また今度な、と先に外へ出ようとする手を咄嗟に掴んでしまった。

「その、オレ、大丈夫なんで…けーさんと、出かけたい、デス」
とりあえずシャワーと着替えだけさせてください、と小さくつぶやいた青年を見て
KKは気付かれない程度に安堵の笑みを浮かべた。


見ず知らずの誰かに痴漢されるお兄さん。
書きたくて書いてて完全に時期を逃した子をこっちにのせました。
話のネタはどこかにあった。

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