Beileid | ナノ

Beileid




頬をかすめるひんやりとした風と、その直後耳に届いた音。
背中を走ったのは、気持ちの良いものではない汗。
視界に映る、愛しの上官。
「…ミ」
『調子に乗るな、若造が。』


********

ミッヒ・ハーネマンの死がNDFに、クーパーの耳に届いたのは、
その日の太陽が西に傾き始めた頃だった。

5年前、当時の曹長であったジェイク・テリーが退役するのとほぼ同時期に
民間軍へと帰還すると宣言し、皆の強い反対にも心を変えないまま
紛争地帯の最前線へと舞い戻った、変わり者。


そんな彼の死はあまりにも唐突で。


「ねえ。大丈夫?」
そばにいたオデッサがクーパーへと声を掛けた。
クーパーとハーネマンの関係を知る、数少ないうちの一人。

彼女も突然の連絡に戸惑いが隠せないらしく、
普段のクールな彼女からは想像もつかない様な表情を見せている。
出身が同じということもあってか、少なからず親近感を抱いていた相手の死は
やはり彼女にも強い衝撃を与えているようだ。

「俺は大丈夫。それよりもアンタの方が辛そうだぜ?」
「え、え…私は、大丈夫。…ほんとに平気なの?」
「ああ。こういうことはいつ起きてもおかしくない世界なんだ。覚悟してたさ。
 それにアイツだって。それくらい覚悟してなきゃ戻らないだろ?」
「そう、そうだけど、でも、」
「大丈夫だ、俺の事より、ターナーのところに行ってやんなよ。
 彼女だって多分ショック受けてるだろうからさ」

まだなにか言いたげな彼女の肩をポンポンと叩き、その場を後にする。

その後途中何人かに声を掛けられた気もするが、適当に返事をして自室へと戻った。
かつてハーネマンが使用し、空白の期間を経て、
2年前からは軍曹へと昇格したクーパーが使うこととなったその部屋。

後ろ手に扉を閉め、扉に背中を預けたままずるずると沈み込む。
全ての力を外へと置いて来てしまったかのような脱力感と疲労感。

――覚悟はしていたさ。いずれは起き得る事態だった。

だが。
「…やっぱ、キツイなあ」
いざ現実になってしまうと、思考がついていかないものだ。
やけに重く感じる頭をなんとか持ち上げる。

と、ふと、あるものがクーパーの視界に飛び込んできた。
窓から入る夕陽に照らされた、本当に小さな壁の傷。

(これって…)

クーパーの脳裏に浮かんだ、一つの記憶。

ハーネマンへのアプローチを続け、漸く「そういう仲」になって間もない頃。
いつもより機嫌のよかったハーネマンの様子につい調子に乗ってしまった結果、
顎と鳩尾に一発ずつ肘を入れられ、よろめいたところにナイフを突き立てられた。
耳元すれすれに刺さった鋭利な刃先と、深碧の瞳の奥に宿った赤い光、
「調子に乗るな」という感情のこもらない彼の声が鮮明によみがえる。


部屋を使い始めてから今まで、ほとんど気にも留めなかったその傷が
何故かひどく気になった。
ゆるゆると近づき、そっと指でなぞる。



軽く引っかかるその傷を何度かなぞった時、急に感情がこみあげた。
涙がぼろぼろと止め処無く溢れ、視界が滲んでいく。


――ああ、ミッヒ。アンタが死んだなんて信じたくない。
――だってこんなに苦しいんだ。
――嘘だといってくれないか。

太陽が完全に沈み、暗くなった部屋で傷が見えなくなっても、
クーパーの涙は止まる事を知らなかった。



ウォートランから5年後のハーネマン死ネタ。
最初の段階ではこの倍くらいの長さの文章でした。
だらだらしてた部分を削ったら一気にこんな短さにっ!!
要はミッヒ死んじゃってめそめそ泣くクーパーが書きたかったんです。

ハーネマンは多分戦場戻って凄いどうでもいい死に方するんだろうなと。
自爆テロに巻き込まれるとか、移動中に乗ってるトラックが
地雷踏んじゃって巻き込まれるとか。
で、身寄りとかないから最後にいたNDFに遺品送られてくるんだろうなと。
そんな話。

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