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Traumatic




その日は何故か眠れなかった。


軽くロードワークをこなし、部屋に戻る途中
ガタリ、と、ある部屋から物音がきこえた。
普段ならば何ともなく素通りするであろう程度の音。

だが今は深夜。皆次の日のハードスケジュールの為に寝静まっている時間である。
そしてなによりその音の発信源がハーネマンの部屋であったことに
青年…クーパーは違和感を覚えた。

「サージャント?起きてらっしゃるんですか?」

軽く扉を叩き、中に伺いをたてる。
が、返事はない。眠っているのか。

否、だとすればあの音は不自然。


「…失礼します」
上官の断りなく入ることに若干の後ろめたさはあったが、扉に手をかけた。


いつもと変わらない、主の気質をそのまま反映したかの様な部屋。
そんな静かな部屋の片隅、ベッドの上に主…ハーネマンはいた。
暗くてしっかりは見えないが、膝を抱えるように体を丸めている様だ。
やはり気のせいだったか…とクーパーが踵を返そうとしたその時。


ギシリ、というスプリングの悲鳴。
寝返りをうったにしてはあまりに激しいその音。
振り返り、ベッドに視線を戻す。

クーパーの目に映ったのは、先ほど以上に体を小さく丸め、
暗い中でもはっきりわかる程に震えるハーネマンの姿だった。

「サージャント…!?」
見たことがないハーネマンの姿に思わず体が動かなくなったが、
はっ、と気を取り直し、彼のもとに駆け寄った。

「大丈夫ですかサージャント、体の具合でも…!?」
両肩を掴みハーネマンの体を軽く起こす。
普段ほとんど汗をかかない青年の体が冷たくしっとりと濡れており、
掴んだ肩はいつも以上に体温を感じない。

「サージャンっ、 ミッヒ、」
片手を頬に添え、顔を上げさせるも、ハーネマンの目は焦点があっておらず、
今誰が目の前にいるのかも理解できていないことは明らかだ。
おそらくクーパーの声も聞こえていないだろう、
酸素もまともに吸えない様な浅い呼吸を繰り返している。
何度声をかけ、体をゆすっても此方の呼びかけに応えない。

クーパーがどうするべきかと考えあぐねていたその時。


手に伝わってくる振動が、ぴたりと止まった。
そのまま倒れこんできた体の重みが腕にかかる。
「ミッヒ…?」
返答はない。やはり意識はないようだ。

「まさかお前さんがここにいるなんてな。」
ふと、後ろからかけられた声。
振り返ると、音を聞きつけてやって来たのであろう。扉の近くに同僚が立っていた。

「ポー」
「物音がしたから大方ここだろうと思って来たんだが」

ポーは、やれやれといった面持ちで近づくと
慣れた手つきでハーネマンの体をクーパーの腕から引き取り、
ベッドへと彼の体を横たえた。
「あとは俺が見ておくから、お前さんは部屋に戻るといい。」
「え、でも」
「大丈夫、こいつのこれはいつものことだ」
どうやらポーはハーネマンのこの状況に慣れているらしい。
「いつものって…」

「…クーパー、お前、前線の経験はあるか?」
ふと、ポーの口から発せられた言葉。

「え?」
「そうじゃなくても、実戦の経験はあるか?」
「い、や…」

NDF内でも類を見ないほどの才能に恵まれた、若き優秀な青年。
士官学校時代からの優秀さを買われ、そのままNDFへ配属されたクーパーには
シミュレーションでの経験はあれど実際の戦場で戦った経験は一度もない。
だが、それが今のハーネマンと何か関係があるというのか。

言葉を返してこないクーパーに、仕方ない、といった表情を見せた。
「まあ、お前さんにはまだわからんよ。」
ほら、戻った戻った、と手を振り、クーパーの退室を促す。

「でも」
「こればっかりは今のお前さんがどうこうできるもんじゃあないんだ。
 いつかハーネマンが頼ってくることがあれば、その時助けてやればいい。」


結局何もわからないまま部屋に戻り、ほとんど眠れないまま空が明るくなった。

うっかり出てしまいそうな欠伸をこらえながら
食堂へ向かおうとすると、視線の先に人影を捉えた。
見た目にはあまりわからないが、
見る人間が見ればわかる程度に不安定な足取りのハーネマンと、
それをこれまたわからない程度にフォローしているポー。

普段なら声を掛けるところだが、昨晩の事が頭に過る。声を掛ける事を躊躇していると、背後の気配に気づいたのか、二人が振り返った。
「よお、寝不足か?」
言葉を発したのは、ハーネマン。
昨晩の姿が嘘の様なシニカルな表情でクーパーに笑いかける。

「ええ、まあ…」
言葉少なにぼんやりとした返しをするクーパーに、
ハーネマンは違和感をおぼえたらしく、怪訝な表情を見せた。

「昨日のお前さんの鼾がうるさくて寝られなかったんだとさ」
そんな中、横からの冗談めかした声。二人が音の発信源へと視線を向ける。
「はあ!?…あ、あー……」
「昨日はかなり聞こえたからなあ?だから俺が部屋にいたんだろう?」

ポーの発言にもごもごと口の中だけで何かを呟いていたハーネマン。
が、くるりとクーパーに向き直ると、一言ぼそりと呟いた。
「その、悪かったな」
先程声を掛けてきたときと違い、機械のような無機質な声。
何かしらの拒絶のようなその音に、一瞬反応が遅れた。

「それじゃあ、俺たちは先に行くから」
その隙を突くように、ポーがクーパーに更に声を掛ける。
「あ、ええと、」
「あんまりモタモタしてると、時間が過ぎちまうぞ?」

二人と共に行くこともできず、立ちつくしたクーパーの胸に、
チクリと何かが刺さった気がした。


「GIFT」にある、「Asylum」の前に当たる話でございます。
個人的設定というかなんというか、
クーパーとハーネマン、ポーの決定的な違いに
「前線経験があるかないか」っていうのがマイ設定の一つとしてありまして。
ポーとハーネマンには経験がある。クーパーにはない。
そういうあたりの違いが書きたくて書き始めたものです。
多分続かないけど…w

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