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Non Title


「っ!!」
勢いよくシーツを撥ね退けた。嫌な汗が体を伝う。
「ゆ、め、痛ぅ…っ!!!」
右肩に激しい痛み。見ると記憶にない包帯が巻かれている。
ここは、どこなのか。何故自分はここにいるのか。
確か自分は白兵戦演習を受け持っていて。高台から襲撃しようとして。
何かがこっちに迫ってきて。それから…
「サージャント…!よかった、気がついたんですね!」
思考を大声に遮られた。
声のした方を見ると、ミネラルボトルを手にしたクーパーが立っている。
眉が下がり、今にも泣きそうな面持ちで、精悍な顔が台無しだ。
「クーパー…ここは…俺は一体…」
「医務室です。演習中の事故で怪我して。…覚えてはいないみたいですね。」
「…ああ」
「なかなか起きてくれないからマジで心配してたんすよ。」
とはいっても2時間位なもんでしたがね、と手にしたボトルを渡された。
そういえば喉もからからに乾いている。
一口口に含み、はっ、と目を見開くと、
「そうだ…!俺のM4は…!!!どうなった、っ!?」
堰を切ったかのようにクーパーに詰め寄った。
肩の怪我などおかまいなしといった風に
右手でクーパーの服の裾を掴み、痛みで顔を歪める。
「大丈夫ですよ、貴方がしっかり守ってたお陰で全く傷一つ負ってません。」
ハーネマンの怪我をいたわるようにやんわりと裾から手を外させると、
壁に立てかけられたカービンに目をやった。
そこには彼の言葉の通り、持ち主にしっかりと守られたM4が、
いつもと変わらない姿で佇んでいる。
美しいままの彼女の姿に安心したのか、ハーネマンは安堵のため息をついた。
「よかった…俺のM4…」

「良く、ないですよ!」
突然の大声。
「自分の体!いくら武器が大切だからって!あっちが無傷でも今のその体!」
感情が抑えられないのか、段々と言葉尻も荒立ってきている。
ハーネマンはそんなクーパーをただ見つめることしかできない。
「今回は運良くそんだけで済んでるけど、
下手したらもっと大事になってた可能性もあるんだ!」
ここまで声に出し、はっ、と思い出したかのように口を噤み、敬礼の姿勢をとった。
「失礼しました、Sir」

「クーパー」
一瞬とも数時間ともとれるような沈黙を打ち破る声。
「はい」
「お前は、何をそんなに怒っている?」
純粋な疑問が含まれた言葉と、青年の怒りを理解できないといわんばかりの呆けたような顔つき。
クーパーは全身の力が抜けるような、そんな錯覚を覚えた。
―― 何を?この人は、一体何を思っているんだ…
脱力感から言葉を発せられないクーパーの心情を知ってか知らずか、ハーネマンが言葉を続ける。
「俺が怪我をしたのは俺の責任だ。お前には関係ないだろう。
 それとも、演習に穴をあけてしまったことに怒っているのか?」
完全に的を外れた考えをした目の前の男に、クーパーは今度こそ完全に脱力してしまった。
「そんなことで怒るわけないじゃないですか…俺が怒ってるのは、サージャント、あんたが
 自分の体を優先しなかったことに対してですよ…!」
「俺の体?」
「そうです…あんたが武器を大切にしてるのは良く解ってます。
 でも、俺にとっちゃその気持ちと同じ位…それ以上に貴方が大切なんです。
 いや、俺だけじゃない。他の教官達だって心配してたんですから…」
「……」
「それに俺、こう見えてアンタの恋人なんですよ。恋人が怪我して、意識無くなって、
 心配しないわけがないじゃないですか。」
さっきまでのハーネマンの様子を思い出したのか、クーパーの顔が翳った。

「その、すまん。」
叱られた子供の様な面持ちで俯くクーパーに、投げかけられた言葉。
意外な言葉を耳にしたクーパーが顔を上げる。
「お前が、そんな風に思っているとはな…」
目の前には、いつもの尊大ともとれるような態度はなりを潜め、
主に叱られた飼い犬の様な顔をしたハーネマン。

「でも、良かった。無事で。」
「クーパー…」

「その、ええと。キス、しても、良いですか?」

俯いたまま問いに答えないハーネマン。
それを肯定と捉え、顔を近づける。

「はぁいそこまで。」
あと数センチというところで後ろからかかった柔らかい声。
跳ねるかのようにその方向を向いた二人の前には、明るいブロンドの髪をもった美女。
「キャ、ス…いつからそこに…」
「あら、ちょっと前からいたわよ?でも二人とも気付かないんですもの。
 暫く観察させてもらっちゃいました。」
彼女…キャサリンの言葉に屈強な軍人二人が固まる。
そんな二人の様子をくすくすと笑いながら見つめ、更に言葉を続けた。
「仲がいいのは良い事だけど、怪我人相手にそれはどうなのかしらねぇ、クーパー?」
完全に固まってしまっている青年を、はいどいて、と言わんばかりに押しのけ、
彼以上にフリーズ状態に陥ってしまっているベッドの上のスキンヘッドと向き合うと。
「サージャント・ハーネマン、問題はないと思いますが、一応検査だけは受けてもらいますからね?」
まさに天使と言わんばかりの笑顔でにっこりとほほ笑んだ。


検査の結果、問題なしということで、ハーネマンはそれから数日後に現場復帰となった。
とはいっても肩と足の骨折が治るまでは実戦訓練はお預けだが。

「でも俺、本当に心配だったんですよ?」
「…何度も聞いた。」
病院から戻り、自室に続く廊下をぎこちなく歩くハーネマンと、
その横を並んで歩くクーパー。
既に何度も口にした言葉を繰り返し、それをうんざりしたように聞く。

――Danke

テンプレートの様なやり取りを何度かした後。
ぼそりと。だが確かにその言葉がクーパーの耳に入った。思わず歩みが止まる。
「え、あ、サージャント」
足をとめたクーパーを気にもせず歩くハーネマンの背中を追う。
「今、Dankeって…」
「知らん」

スキンヘッドの青年の顔は、うっすら赤みを差していた。



誰だこいつら。

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