ハグの日 | ナノ

ハグの日


照りつける太陽の光と熱も、木陰に入ってしまえば心地よく感じられる。
そんな場所で金髪の青年は、木の幹を背凭れに読書を楽しんでいた。

「あ、いたいた!!シモンさーん!!!」
自分を呼ぶ声に、シモンは読みかけの本を下ろすと、声のした方に目をやった。
視線の先には、両手をちぎれんばかりに振りながら
此方に走ってやってくる赤毛の少年。

「やあ、マイキー。私に何か用かな?」
軽く息を切らせた少年…マイケルの頭に軽く手を伸ばし、
その乱れた髪を整えながら尋ねる。
「お願いがあるんだ。」
「お願い?」
「うん!えっとね、ハグしてもいい?」
少年はそう言うと、屈託のない笑顔で両手を広げた。

「ハグ?」
あまりに些細な、だが唐突な願いに金髪の青年は首をかしげる。
「今日は『ハグの日』なんだって!だから今皆とハグしてきたんだ!
 ね、シモンさんも、ハグ!」

そんな日が存在するのか、と青年は軽く驚きながらも
目の前の小さな友人の笑顔に微笑み返し、優しくその体を抱きしめる。

「ありがとー!」
体を離すと、先程以上に輝かんばかりの笑顔でシモンを見つめる。
「どういたしまして。…そういえばさっき、皆としてきた、って」
「うん、ここに来る前にウパと、風魔にいちゃんと、ゴエモンと、ジェイムズさん!
 シモンさん部屋にいなかったから多分ここかなーと思って!」
「そうか…それは手間をかけさせたな。」
「え、そんなことないよ!僕も邪魔しちゃってごめんね。本読んでたんだよね?」
傍らに置かれたそれに視線を移したマイケルが、申し訳なさそうな顔になる。
「気にしなくて構わない。それに、大切な友人の願い事を聞く時間の方が大切だよ。」
そう言って柔らかな髪の毛を撫でてやると、また少年の顔に笑顔が戻った。

「あ!そうだ!」
マイケルは何かを思い出したかのように両手を合わせた。
「ミッヒさんのところにも行かなくちゃ!」
「ハーネマンの?」
「うん!ミッヒさんにもハグしてもらうの!」

じゃあまたねー!とここに来た時のように
両手を振って去っていく少年に手を振り返したあと、
シモンは少年が向かった先での光景をふと想像し、
その微笑ましさに頬を軽く緩ませた。


ぱたぱたと部屋に近づいてくる足音に、
軍人は整備していたM9から視線を外し、耳をひそめた。
あの足音は、子供…この部屋に近づいている?ということは――

「…マイキー?」
扉越しに名前を呼ばれ、マイケルはノックする手をビクリとさせる。
「なんでわかったの!?ミッヒさんすごーい!!」
「何となくな。構わん、入ってこい。」
内側から扉が開き、促された少年が中に入る。


「で、どうしたんだ?」
美しく磨きあげられたM9を丁寧に棚に戻すと、ハーネマンはマイケルに向き直る。
その動作を興味深げに見ていたマイケルは、
そうそう、と両手をぽんと叩き合わせると。
「あのね。ハグしてもいい?」
先程金髪の青年に見せたような笑顔で、両手を広げた。

「…ハグ?」
シモン以上にきょとんとした表情のハーネマン。
目の前の少年の行動が全く理解できていないといった様子だ。
「あ、えっとね、今日は『ハグの日』なんだって!だから、ミッヒさんとも!」


――ハグの日。だからマイキーはハグを求めている。
「…そうか」
小さく呟くと、目の前の少年の背丈に合うように膝をつき、抱きしめた。


「ありがとうミッヒさん!」
暫くの後、体を離し膝を立てた軍人を満面の笑みで見上げる少年。

「別に…大した事じゃない」
ぶっきらぼうに言い放つものの、その手は無意識に少年の頭を撫でていた。


<おまけ>

少年が立ち去り、再び静けさを取り戻した木陰。
シモンは横に置いた本をまた手に取り、文字の羅列に目を落とし…
「いいなーシモンちゃんのハグー」
突如上から降って来た声に邪魔された。見上げるとそこには鮮やかな黄色。
「ゲレゲレ…いつから…」
「えーっと、シモンちゃんがマイキー君にハグした辺りから?
 でも…マイキー君いいなー、オレもしてほしいなー?」
身を預けていた枝からするりと飛び降りると、先程の赤毛の少年を真似る様にして
シモンの前で両手を広げ、かくんと首を傾けた。その姿にシモンは頭を抱える。
「全くお前は…一体何を…」
「だって、俺シモンちゃんのこと好きだし。
 好きな人にハグしてもらえたら…ウレシーんだけどな??」
想いを隠すことなく表現する目の前の黄色い爬虫類。
その目と言葉には卑猥な印象は一切なく、ただ純粋な気持ちだけが感じられた。

仕方ないな―――  口にすることはなかったが。
シモンは立ち上がると、両手を広げた状態で止まっているゲレゲレを優しく抱きしめた。

「…アリガト」
抱きしめられたカメレオンが、ぽそりと呟いた。

「あ、どうせならハグ以上の事でもオレ、ウレシイよ???」
「…!お前というやつは…!」
腕から放された後、このようなやり取りがあり、
ゴツンという鈍い音が辺りに響いたとか。


<おまけ2>

リズミカルなノックが聞こえたと同時に扉が開かれた。
「失礼します。サージャント、今回のヴィルトの整備報告、書…を…」
後ろ手にドアを閉めながら言葉を途切れさせたのは、
機甲科の若き天才、ロメオ・クーパー。
彼が室内で見たのは、部屋の主である偏屈者が、
彼のベッドですやすやと寝息を立てる赤毛の少年を、我が子を見守るかのような
―あるいは彼の愛する武器たちを見つめるような―
優しげな瞳で眺めている姿であった。
(とはいっても、その変化はよっぽどの人間にしかわからないだろうが。)

「ああ、そこに置いておけ。…何だ?」
声を掛けられた部屋の主が、机を指差しながら訝しむ様な目で青年に視線を向けた。
「…どうしたんですか、その…」
「ああ、マイキーか。何でも今日はハグの日だとかなんだとかで
 俺のところに来たんだ。で、一日動いてて疲れたらしい。」
そう言ってまた穏やかな視線を少年…マイキーへと向けた。

「ハグの日、ですか。」
「日本での語呂合わせで出来た記念日だそうだ。
 日本人というのはつくづく変わっているな。」
どちらかといえば貴方も十分変わり者じゃないですか、
と思いつつクーパーは苦笑いを浮かべた。
「何を笑っているんだ。」
それに気付いたハーネマンがじろりと睨む。
「いえ、なんでも。…それより、サージャント?」
「…なんだ?」

「そんな記念日なんでしたら、俺もそのご相伴に与りたいですね」

暫しの沈黙。そしてため息。

「やれやれ…機甲科の天才殿がそんな浮ついていていいものだろうかな?」
「イベント事を楽しむってのも、偶にはアリなんじゃないですか?」
「…ふん、なるほどな。」
ハーネマンの椅子がギィ、と小さく音を立てた。
すました猫が歩くかの様なゆったりとした動きでクーパーとの距離を詰める。

「ハグだけでいいのか?クーパー」

「いいんですか?」
ささやかれた言葉に一瞬にして巻き起こった昂ぶりを抑えつつ、
余裕のある体を繕った青年は目の前の上官の肩に手を…

「残念だったな」
かけようとした途端鳩尾に走った激痛。
うずくまる体を荒っぽく扉の外に放りだすと、
ニヤリとした笑みを浮かべて言い放った。
「もうちょっといい口説き文句を考えてこい。」

ぱたりと閉じられた扉の外で、青年は「そりゃないですよ…」と肩を落とした。


8/9のハグの日に支部に投下したSSに若干修正と
おまけ2本を足しました。
本編よりおまけが長いという…www

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