日曜の朝

臨也と波江のガールズトーク





「おはよう」
秘書・矢霧波江がタイムカードを押してリビングに入ると雇い主・折原臨也は既にデスクで作業していた。
「おはよう、早いのね」
「優秀な秘書を休日出勤させる程度には重要な仕事だからね」
「休日手当ては貰うわ。‥煙草臭いわね。居るの?彼」
「うん。今日、予定有ったかい?」
「誠二と昼食を食べる約束なの。時間的には問題ないわ」
「それは良かった!データの打ち込みも終わったし、後は君に届けてもらうだけだよ。どうだい?珈琲でも」
「あら、紅茶じゃないなんて珍しいわ」
「朝食にフレンチトースト作ったから」
「反吐がでるほど健気ね」
臨也は苦笑するとキッチンへ向かった。

「どうぞ」
香り高い珈琲と小さめのケーキが差し出される。
「ありがとう。寝てないの?酷い顔」
目元に隈を作る臨也に、呆れた声で波江が尋ねた。
「まぁね。シズちゃん来るのっていきなりだから」
「惚れた弱みとは良く言ったものだわ」
「あはは、本当。波江はさ、弟君とセックスしたい?」
「微妙なところね。私で誠二を穢したくないと思うけど、私で誠二をドロドロに穢してやりたいとも思うわ。身体を繋げば満たされるかもしれないし、その先には虚無感しか無いかもしれない。常に相反する感情が共存するの。凄いジレンマだわ。あなたは平和島静雄とセックスして満たされる?」
「身体はもちろん満たされるさ。相性良いしね。気持ちは…分からないな。シズちゃんが俺で勃起して射精してくれるってのは嬉しいよ。男の快楽ってのは単純だからね。でもさ、抱き締められたりキスされたりすると自制が利かなくなるよ。両想いかもって錯覚する」
「切ないわね。そういう意味ではセックスしない私のほうが救いが有るわ。勘違いすら出来なくて虚しいけど。ねえ、切なさと虚しさはどちらが不幸かしら?」
「難しいね。まぁ、ケーキと同じじゃない?」
臨也は手元のケーキにフォークを突き立てる。
「ケーキの美味しさを知らなければ、ケーキを羨ましいとも欲しいとも思わない。でも一度知ってしまったら脳は忘れないよ。この甘さを。はは‥こんな話をしてる俺達ってすでに不幸だよね」
「でも悪くないわ」
「うん。悪くない。波江さんの事、好きになりそうだよ」
「それこそ錯覚だわ。とびっきり不幸な錯覚。あぁ…そうね、世の中の錯覚で恋愛ごっこする連中よりは私達のほうが幸福ね。純粋だもの」
「言えてる」
「まぁ少なくとも私よりは勝算あるわよ、貴方」
「まさか!喧嘩ついでのセックスさ」
――――気付いてないのね
波江が受ける視線。
静雄が臨也の家に来たとき、波江が居れば必ずその視線を感じる。嫉妬と疑念にまみれた暗く淀んだ視線。
波江はそんな眼をされる臨也を羨ましく思う。

「じゃあ賭けてみる?」
「いいよ。なにを?」
背中に金色の視線を感じた波江は、臨也に死角になるように立ち上がる。
「そうね…あれ」
波江が指差す場所にはバカラのワイングラスが置かれていた。別段欲しい訳でも無いが、何かを賭けなくてはゲームが成立しない。
「欲しいの?使ってないし良いけど。で、どうやって確かめる?」
「こうやって」
テーブル越しに臨也へキスをした。触れるだけではつまらなくて、テーブルに乗って深く口付ける。驚きに固まった臨也の顔を掴み、角度を変えて何度も舌を絡ませた。
波江は臨也とのキスを不快に感じなかった事に驚きながら唇を離した。

「いきなりなにさ?」
露骨に嫌な顔をして、手の甲で唇を拭う臨也の顔は赤い。いつも澄ました顔で人を惑わす男のそんな姿に満足しながら、波江もハンカチで唇を拭いた。
「愛を確かめるんでしょ?」
臨也の耳元で囁いてテーブルからおりた。
臨也の視界から波江が外れ、入れ替わりに二階に居る静雄と目があった。
明らかな怒気と嫉妬と劣情を孕んだ瞳で臨也を射抜く。

臨也が動けないでいるのを余所に波江はPCのUSBを引き抜きバッグに仕舞うと、リビングの扉に手をかけて振り返った。
「あとでグラスを貰いに来るわ。じゃあ、良い休日を」
休みを潰された意趣返しと、上司への歪んだ思いやりに微笑んで部屋を出た。




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