夏祭り

来神、無自覚両想い





平和島静雄の高校生活は凄惨たるものだった。静雄にとっても、他者にとっても。
普通の学生生活に人一倍憧れて、絶望した。
だから夏祭りなど無縁と思っていた高2の夏、何故かその原因たる折原臨也と夏祭りに来ている。
発端なんてない。街でバッタリ会って、いつも通り喧嘩した。
いつもと違うのは商店街を抜けたとき、臨也が振り返ったことだ。

「休戦ー!!」
臨也が大きく両手を広げ、わざとらしい降伏のポーズをとった。
「あぁ?」
静雄が訝しむのを余所に、臨也は商店街の先にある神社を指差す。
「見て!お祭り!行きたい!」
普段のような狡猾たる笑みではなく、無邪気にはしゃぐ臨也が静雄を絆した。静雄にも少なからず祭りに興味があったのは事実だ。

神社の参道には一面夜店が並ぶ。
「今日は気分良いしさ、奢ってあげる!何食べたい?」
臨也の財布は野球や静雄を賭けの対象として得た金でパンパンだ。まさに静雄の血と汗の結晶。
それを知らない静雄は、こいつも良いとこあるなと感心した。
「焼きそばとサイダーと・・・わたあめ」
間を開けて聞こえたわたあめという単語に臨也が笑う。
「甘いもの、好きだもんね」
上機嫌な臨也は静雄の分以外にたこ焼きとりんご飴を買った。

「それ、うまいか?」
神社の境内でわたあめを手にした静雄が、りんご飴を舐める臨也に問う。
「んー雰囲気かなぁ?こんないかがわしい着色料バリバリで甘いだけの食べ物、部屋で一人で食べたって美味しくないよ、きっと」
言いながらも美味しそうに食べる臨也を可愛いと思った。同時に有り得ない、と自らを否定する。
そして今度はりんごを齧ってどこぞのお姫様のように死ねばいいと思った。
ガラスの棺に眠る臨也は、さぞかし美しいと。
「飲み終わったらビー玉ちょうだい?」
俯き加減でいた静雄の視界に、覗き込むように臨也が割り入る。
黒髪がはらはらと項を滑り、思考を否定できないままの静雄は思わず手に力が入った。
握力に耐えかねたガラス瓶が割れてサイダーが噴き出す。
「シズちゃんたらせっかちだなぁ。飲み終わったらで良かったのに」
ケラケラ笑ってビー玉を拾う臨也に、不思議と苛つかなかった。
汚れたビー玉をハンカチで拭き、学ランのポケットに入れる。
何が楽しいのか静雄には分からなかったが、何故か心は満たされた。


「シズちゃん!見て見て!口紅みたい」
暫く無言だった臨也が唐突に声を上げた。
視線の先には齧られたりんごと臨也の笑顔。りんご飴で赤く染まった唇は、かの色白のお姫様のように赤みを帯びていた。
「やっぱり、添加物はダメだねぇ」
舌先で唇をなぞる臨也に静雄は思わず噛みついた。
「んぅっ」
舌ごとを食むと口内に人工的な甘さが広がる。
静雄はほとんど反射的に噛みつき、性的な意識など無かった。ただ、赤に吸い寄せられた。
だが想像より柔らかい唇と甘みに胸の奥に劣情が芽生える。
静雄の舌は舐めとるように唇を這い、口内へ差し入れられる。
唇よりも強い甘味にうっとりしていると、ガリッと臨也の犬歯が静雄の舌を捕えた。
「っ・・・クソッ」
「冗談にしては、笑えないよ」
静雄は唇を離して忌々しげに臨也の顔を見て驚いた。怒りだけでは無い、困惑と動揺に揺れた瞳。
いつもは見せない人間味ある表情に、また静雄の劣情は煽られた。
今度は衝動では無く明確な意思を持って臨也を自分の胸に引き寄せる。
臨也の細い体はあのガラス瓶のように、少し力を入れれば壊れる。それを理解している目の前の男が自分の隣にいることを改めて不思議に思った。
「ちょっ!」
「黙ってろ」
臨也を胸に押し付け、髪に顔を埋める。鼻腔をくすぐるのはいつものノミ蟲臭と変わらないが何故か下半身に熱が溜まった。
変化に気付いた臨也が慌てて身を捩る。
「わりぃ。なんもしねぇから安心しろ」
「シズちゃんてゲイだったの!?」
「ち、ちげぇよ!!」
「知ってる。そんなおいしい情報ならとっくに撒いてるもん」
臨也が大人しく抱かれてる訳もなく、胸のあたりでもぞもぞと動く。
その行動を静雄は拒絶と判断した。臨也に拒絶された体は力が抜けて重く感じ、抱いていた両腕が地面に落ちる。
しかし臨也は離れるどころか静雄の胡坐の上に腰を下ろすと、新しいサイダーの栓を抜いた。
「ん、これでいいや。苦しかった」
てっきり拒絶されたと思った静雄は臨也の行動が理解できず固まる。
「シズちゃん?なんて顔してんの?超バカづら」
サイダー片手にさっきと同じようにケラケラ笑う臨也に反して、静雄の顔は不安の色に染まる。
「なんなんだよ、てめぇ・・・」
「さっきの体勢ツラかったんだもん」
静雄の困惑を余所に事も無げに返す。
「そういうことじゃねぇ」
「今だけだよ。今日はお祭り付き合ってくれたから、お礼。明日からはまた普通に喧嘩。あー!射的と金魚すくいもやりたかったなー。ねぇ、今度お祭り来たらやろーね」
今度、という言葉は静雄の心に深く溶け込む。それをゆっくりと嚥下してから頷いた。

どちらともなく手をつなぐ。
明日になればこの手は標識を、ナイフを握る。
素直になれない感情と未だ気付けていない感情に、無理矢理理由付けした夏を迎えた。




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