太陽の高い日に


 始めは冗談だと思っていた。
 目も眩む、ほどではない。けれど彼女は綺麗で、儚げで、つい目を奪われるくらいに可愛い女の子だ。
 それが、僕のような平凡な人間と結婚するなんて言うのだから、冗談だと思うのも無理はないはずだ。
 そんな彼女との出会いは壮絶なものだった。
 紆余曲折の果てに僕らは修羅場を乗り越え、無事に生きている。しかし、その生活は今までの僕からはおおよそかけ離れていた。
 具体的に言えば、恋人ができた――というだけなのだけれど。
「坂上君、一緒に帰ろう」
 一学期の終わった昼、早苗ちゃんがそう声をかけてきたので、二つ返事で了承した。
 灼熱の中肩を並べて歩く。僕の顔はどうなっているだろう。汗だくだろうか、だとしたら臭くないかな。
 それに、喉が乾いた。少しお腹も空いているし、早苗ちゃんとどこかで食べてもいい。
「早苗ちゃん、何か飲みたくない?」
「うん……」
「お店に入ろうか。外は暑いし」
「……もし、坂上君が嫌じゃなければ、公園に行きたいな」
「公園? ああ、いいよ」
「よかった。じゃあ、行こうか」
 それにしても、公園とはどういうわけなんだろう。確かに今の時間はどこも混んでいるだろうけれど、早苗ちゃんは大丈夫なんだろうか? まあ、いいや。
 途中にあった自販機でジュースを買い、僕らは最寄の公園に足を運んだ。


 時間のせいか、公園は静かだった。遊ぶ子供も休む大人もいない。
 ちょうど、木陰にあるベンチが空いていたので、そこに腰を下ろして缶のプルタブを開けた。一息に飲んで清涼感に満足して隣を見ると、物憂げに目を伏せる早苗ちゃんの横顔が目に入った。
 枝葉の影が落ち、不思議な模様でまだらになっている顔。長いまつ毛にふわふわの黒髪、真っ白な肌。
 ――ああ、綺麗だなあ、と思う。率直に。それだけしか出てこない。
 むしろいかなる修飾語も場違いだ、彼女には形容しがたい魅力があるのだから。
 その原因が早苗ちゃん自身なのか、それとも彼女の内に眠る“おばあちゃん”によるものなのかは、分からないけれど。
「暑いね」
 横顔がこちらを向き、にっこりと笑った。
 暑いと言う割には汗一つ浮かんでおらず、肌はどこまでも白いままだ。
「でも、ここがいいの。坂上君と二人きりになれるから、ここがいいの」
「……え……」
「ごめんね。わがままで」
 白い手がにじり寄って、ベンチに付いている僕の手にそっと触れた。
 指が一本一本絡んでくる。早苗ちゃんの体温がゆっくりと浸透して、僕のと混じるような感覚。
「好きなの」
「うん……」
「私のこと、好き?」
「うん」
「私、あの時信じてくれた坂上君が好き。みんなを庇おうとした坂上君が好き」
「……僕も、僕を助けてくれた早苗ちゃんが好きだよ」
「嬉しい」
 どこかで蝉が鳴いている。僕らの静かな会話を掻き消してしまうように鳴いている。
 早苗ちゃんの頭の向こうに見えた空がどこまでも青くて、風は温く吹き渡っていて、あの時集会で感じた陰鬱さを根こそぎ吹き飛ばしていく。
 エクトプラズムに包まれて真剣な顔をした早苗ちゃんが、清楚な笑顔を浮かべた女の子に変わっていく。
「早苗ちゃん、一緒にどこかに行こう。僕はまだ早苗ちゃんの事を何も知らないから、だから、その……えっと」
 焦ってしどろもどろになる僕を、早苗ちゃんはニコニコしながら見ている。余計に恥ずかしくなっちゃうじゃないか。
「つまりその、デートしてください!」
 湿った夏の大気を爽やかに変えながら、彼女は僕の両手を握りしめる。
 雑音はフィルターにかけられて、言葉だけが耳を通っていく。

(一緒ならどこだって嬉しいの)

 夏の始まる日に、初めて僕らの影が重なった。


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