魔性のひと


 僕は疲れている。
 そこかしこに散らばる塵労によって、他愛もない生活によって、戯けた人たちによって、疲れている。
 よくある青少年の憂鬱だ。物事を難しく考えるからいけない、と一笑に付されてしまうだろう。
 ここからが本題なのだ。僕の悩みをただの憂鬱にしない原因が、僕の通う学び舎にある。よくない物が集う、あの学校に。
 ――僕は憑かれている。
 常闇のような黒髪に、艶やかにして不吉な影に、熱を感じさせない人間に、憑かれている。
 もしかしたら彼女は人間でないのかもしれない。氷のような鋭い笑みと、炎のように近づきがたい気を宿している彼女は。
(ほんとうに、綺麗だ。)
 僕の精神に澱のように沈み、日に日に体積を増やしていく人だった。
 いっそこの身を癌のように蝕んで、そのまま殺してくれればいいのになあ、と思った。
 疲れた体の内に憑かれた精神が際限なく広がりを見せた。
(会いたい。)

 僕の願いはどうやら星が聞いてくれたらしい。
 それはひどく空の赤い日だった。
 赤い空にサラサラと流れては落ちる黒い髪を見ながら、僕はグラウンドの片隅で我を忘れていた。
(――会いたかった)
 悠然と僕を見据える二つの瞳を、笑っているような唇をひたすらに見つめ返しながら。
 夕方の冷えた風が再三彼女の髪を空に掲げる。
「私が好き……?」
「す……――き、です」
 涼やかな声のあと、間抜けに掠れて間延びした声が吐き出された。
「戻れないわよ――悪魔から逃れることはできないの。それでもいいの……?」
 噴出したようにその量を増した禍々しさとは対照的な、神聖なほどに白い指が、僕の肩から首にかけて這う。
 僕は無言のまま首を縦に振るしかない。
「そう……だったら私はあなたの傍にいてあげる」
(ああ、やった、とうとうやったぞ。)
「じゃあ、僕を、殺して――下さい。いつか必ず、僕はあなたの手にかかって殺されたい」
 目を細める。
「どうして?」
「分からない。でも、そう思うんです。あなたに殺されるのが一番嬉しいことだと、信じて疑えないんです」
「面白い人。……本当に人間って面白いわねえ」
 彼女は笑っていた。心臓も凍りそうな惨憺たる笑み。
「いいわ――あなたを地獄に落としてあげる。ここよりずっとずっと深くて、昏くて、いい所よ」 
 そして僕は魔性に魅入られた。

(よくある、悪魔憑きの話。)
(けれど僕にエクソシストは必要ない。)


Diabolic

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