僕らは人狩り族


焦燥感に溢れる足取り。乱れた息づかい。
 今回のターゲットは文化系の部活に所属しているから、無理もないだろう。すぐに音を上げてへたり込むに違いない。
「はあ、はあ、……ふう、はあ」
 思った通り、この部屋の前で止まった。少し間をおいてドアが開き、床を一筋の光が這い進む。
 入ってきた男子生徒――二年B組、戸田篤志。
 僕の標的は、目だけをキョロキョロ動かしていた。
 ゆっくりと足を進めるが、まだ僕らを見つける気配はない。スキだらけの背中側に回り、開けたままのドアをぴしゃりと閉める。
「ひっ!」
 大げさに体を震わせ、緩慢な速度で振り向く。脂汗だらけの顔、引き結んだ口、見知った標的の反応だ。
「逃げてはいけませんよ」
「荒井……! お前、なんでこんなことするんだよ! あの眼鏡の……あいつと知り合いだったのかよ?」
「そうです。この学校で楽しく生活させてもらうための取引をさせてもらっています」
「本当に俺を……こ、殺すのか?」
「はい」
「なんでだよ! 俺、お前に何かしたかよ!?」
 ――まただ。耳にタコができるくらい聞いたお決まりのセリフだ。
「忘れたんですか? 呆れた人ですね。僕と二ヶ月もクラスを同じくして覚えていないとは」
「言え! 何で俺を殺したいんだ、お前は!」
 侮蔑を込めて、大きく溜息をつく。心の底から見下した視線を送ってみると、戸田は少し身じろぎした。
「あなた、クラスメイトと話している時、言ったじゃありませんか。『荒井って陰気な奴だよな』と」
「……はあ? お前、まさかそれだけのことで俺を殺すってのか?」
「はい。何もおかしいことなどありませんよ。僕はあなたの心ない一言によって、心理的に傷を負ったのですからねえ」
「だからって、そんな……」
「黙ってください。こうして問答している時間ももったいない」
 ポケットに手を入れ、得物を取り出す一瞬の間。
 戸田の背後に『もう一人』が忍び寄った。
「うわ……っ!」
 喉元にカッターナイフを押し付けられ、くぐもった悲鳴をあげる戸田。
 カッターの主はもちろん、僕の愛すべき共犯者――
「もう待てないわ。荒井君、あなた少し喋りすぎよ」
「すみません。因縁のある相手だったもので」
「あら、私だってあるわ。こんな男と因縁なんて持ちたくはなかったのだけど」
 クラブの先輩、岩下明美。
 突然女生徒に後ろから襲いかかられ、しかも凶器を突きつけられて気が動転しているらしく、戸田は置物のように固まっている。
「だ、誰だよお前……」
「呆れた男ね。荒井君がさっき言った通り」
「ひひ。そうでしょう、そうでしょう」
「教えてあげるわ。三週間前、あなたが『あんな女、ちょっと甘くすりゃ言う事聞くさ』と述べた女よ」
「あ……」
 戸田は目を見開いて、口を大きく開けた。僕と違って、すぐに思い出せたようだ。
「そんな愚か者にはお仕置きをあげましょう。荒井君もどう?」
「もちろん、ご一緒させていただきますよ」
 後ろから彼女に思い切り抱きしめられた戸田は、恐怖の面持ちでガクガクと足を震わせていた。動きたくても動けないこの状況が、それをさらに煽るのだろう。
「やめ、やめろ……お願いしますやめてください、お願いします!」
 ガチ、と口にカッターの刃が突っ込まれる。僕はポケットの中の得物――ホッチキスを取り出し、口に突っ込む。
「あなた、少し口が過ぎるわ。反省しなくてはね」
「彼女に抱きしめられるなんて、あなたのような人間にはもったいない格好ですが……まあいいでしょう」
 金属が皮膚を裂いて、皮膚を貫いた。この世のものとは思えない悲鳴が空間をつんざく。
 出血はさほどでもないけれど、やはり痛みはあるのだろう。
 しかし可哀想とは微塵も思わないので、僕はその口をこじ開けて舌を引きずり出した。
「うえ……うう」
 「まだ終わりじゃありませんよ」
 舌糊だらけで汚い。終わったらさっさと手を洗わなくては。
 嫌悪感を無視しつつ、舌をホッチキスではさむ。
 そのまま指に力を込めると、がちゃんという音の後に金属の輪が残された。
 また、悲鳴があがる。
「ぎゃあぁあ! 痛、いてぇよお!」
 犬のように舌を伸ばして悶絶する彼を見ていると、胸がすくような思いだ。
「うふふふ……いいざまね」
 岩下さんが、うずくまった彼の背中に足を乗せる。そのポーズが彼女にとても似合っていて、僕は少しほくそ笑んだ。
 キチキチと小気味いい音を鳴らしてカッターの刃が伸びた。岩下さんはそれを戸田の背中に当てる。
「このまま突き刺してしまおうかしら?」
「ひ、ひぃいっ!」
「動かないでくださいよ」
 逃れようとする戸田を押さえつけて、彼の頭の上にまたがり手を拘束。これで簡単に動けないだろう。
「もう殺してしまいましょう。構いませんよね?」
「構いはしないけれど……あなた、ホッチキスで殺せるというの?」
「ああ、その心配はいりません。もう一つ用意してありますから」
 ポケットから彫刻刀を取り出し、尖った部分で戸田の背中を軽く突いてみると、くぐもった声が漏れた。
「……それなら大丈夫ね。それじゃあ、せーの」
「うわぁああ! やめろおおぉお!」
 彼女の掛け声と共に獲物を振り上げて、今度は本気で突き刺した。
 ――血があふれ出た。
 戸田は獣のような悲鳴をあげてひたすら暴れるが、二人がかりの拘束を解けるわけもない。
 まるで版画を作るような気軽さで、僕は彼の背中を刻み続けた。
 岩下さんはというと、カッターでつけた傷をほじくり返していた。
「ひひひ……、だいぶ声がかすれてきましたね。もう死にかけですか? 戸田君」
 大きく腕を上げ、渾身の力で彫刻刀を突き刺す。すると、さっきより大きく悲鳴があがった。
「まだ生きていますね。岩下さん、もっと刺して構いませんよ」
「ええ。荒井君こそ、容赦しなくていいのよ。うふふっ……」
 鮮血が僕らの制服と床を汚していく。毎度のことながら、人間にこんなに大量の血があったなんて、と驚かせてくれる。
 同時に、生き物が見せる芸術性というのを感じる。鮮血の美しいほどの赤さが、僕の乾いた心に愉悦という潤いを与えてくれるのだ。
 皮を裂き、肉をかき分けながら人間の内部を見ている時、まるで人体模型を解体しているような楽しさを感じる。
 以前の僕なら目を背けていたであろうこの無残な光景にも、今ではすっかり慣れてしまった。
 これもひとえに、この学校を牛耳る日野さんと、そして岩下さんのおかげだろう。
 僕がこうやって殺人を愉しめるのは、岩下さんの存在あってこそだと思う。愛する人と一緒に嫌な奴を排除することの、なんと素晴らしいことか――
「――おや?」
 あの、耳にこびり付くような悲鳴が聞こえない。ためしに何回か彫刻刀で背中を突いてみるけれど、戸田は身動き一つしなかった。
 真っ赤に染まったシャツと床に広がる血だまりの量から察するに、彼はもう、
「死んでいますね……」
「あら。あっけない」
「岩下さん、血だらけですよ。だいぶ刺したみたいですね」
「荒井君こそ。まるでホラー映画のようよ」 
 窓から射しこむ明かりが、彼女の顔を照らし出している。白い顔に飛んだ血しぶきが赤く映えて、鮮やかな色彩を生み出していた。
 その美しさに我を忘れ、つい無言になってしまう。
「どうしたの?」
「いいえ、何でもありません」
「疲れたのかしら? まあ、無理もないわ……」
 瀟洒な笑顔を浮かべ、おもむろに顔を近づける。そしてそのまま、僕の前髪をかき分けて軽くキスをした。
「今回の奴はちょっと暴れすぎたわ。最期までみっともない男だこと」
「……殺人クラブの餌食になる生徒は、みんなそうでしょう?」
「そうね。気丈なのもいたけれど、大抵はこいつと同じ反応よ」
 彼女はすっくと立ち上がり、スカートについた埃を払った。僕もそれに倣う。
「行きましょうか。終わったことを報告しなければね」
「ええ。そうですね」
 部長は、僕らの報告を待っているだろうか。獲物がいかに残酷に殺されたか、それを聞くのがあの人の楽しみの一つであろうから、待っていないということはないと思うけれど。
「次は誰にしましょうか?」
「殺したい人はたくさんいます」
「私たちの近くに?」
 返事の代わりに笑みを返す。
 殺人の余韻と、これから来る日への期待に浸った笑みを。

(五人の独善と、僕たち二人の殺意にかかり、獲物は地獄に堕ちる。)


Laughing

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