かはたれ時の戯れ


 放課後。現在、図書室には僕一人。
 人がいてもいなくても変わらない静けさが好きで、僕はこの図書室をたびたび利用している。
 しかし、なぜか今日は誰も来ていなかった。本当の静けさが満喫できて嬉しかったのだけれど、日没が近づくにつれて少し不安になってきていた。
 体にのしかかるような不気味な静寂。そう表現するのがふさわしい雰囲気だ。
 ガラガラ、と扉が開いた。その音に反射的に身を震わせ、扉に視線をよこす。
(あ……)
 視線だけのつもりが、頭まで動かしてしまった。もちろん、相手が見知った仲であるからだ。
「あら、荒井君」
「……こんにちは、岩下さん」
 三年A組の女生徒、岩下明美。男子生徒の密かな憧れの的にして、僕の恋人。
 その美しき容姿を、窓から差し込む夕日が照らし出していた。
「まだ残っていたのね。本が好きなの?」
「人並み程度ですよ」
「そう……エドワード・ゴーリーなんて、随分なものを読んでいるじゃないの。絵本でしょう?」
「面白いですよ。なかなか」
「そうなの。今度読ませてもらおうかしら」
 スタスタと書架に歩み寄る彼女を目で追っていく。
 迷いなく取り出して、迷いなく僕の正面の席に座った。
 持ってきた本には、「よく当たる心理・診断テスト100選」と書かれているように見えた。
「荒井君、あなたの誕生日っていつだったかしら」
「11月18日ですが」
「もうすぐね」
 ええ、と返事をしかけた途端、溜息が聞こえた。
 見ると、憂鬱そうな目をして肘をついた格好のまま、彼女は本の内容にふけっている。
「何を占ったんですか?」
「……ねえ、知っている?」
「え?」
「図書室の噂」
 キン、と耳鳴りが高くなった。
 長い髪の、大きめの瞳の漆黒が、暗く輝いて見えた。
「……いいえ」
「そう。じゃあ、教えてあげるわ」
 目を細めた彼女が立ち上がる。黒いセーラー服に包まれた体が、夕日のオレンジ色を浴びて怪しげなコントラストを放つ。
「下校時刻まで図書室に一人でいたら、会えるのよ」
 トーンを落とした抑揚のない声で、淡々と口ずさむ彼女。
「――何に、ですか?」
「女の子に」
 窓に近寄る。逆光で彼女の姿が黒くなり、輪郭が光を放っているように見える。
「黒い制服を着た女子生徒――そう、丁度……」
 その姿のまま、僕に近づく。僕の眼前数センチメートルの距離にふっくらした唇が接近して、
「私のような」
 チャイムが鳴った。

「驚かすつもりはなかったのだけど?」
「……そうですか」
 ゆっくりと僕から遠ざかった彼女は、悪びれた様子もなくそう言った。
 まったく、こっちの気持ちにもなってほしい。まだまだ僕はウブなのだから、恋人といえど、女性にあんなことをされると冷静さを失う。
「それで、何を占ったんですか?」
 広げて見せられたページを読んだ。
 <友達、恋人…気になるあの人との相性>
 診断方法を読み、診断結果に目を通してみたところ、その結果は――
「……Dタイプ。30パーセントですね」
 『残念ながら、相性は今ひとつよくない様子。しかしチャンスはあるので、軽いスキンシップを重ねていくのがベスト。焦らずじっくりとやるのがコツです』
「それで、軽くスキンシップしてみようと思って。……ごめんなさいね?」
 悪戯っぽい笑みを浮かべた彼女を見ると、何もかも許せてしまう。占いの結果が良くなくても、まあ何とかなるだろうという根拠のないポジティブさも持ててしまうほどだ。
「謝る必要はありませんよ。なかなか楽しませてもらいましたから。……さっきの話、創作ですよね?」
「そうよ。もしかして本気にした?」
「新しい怪談として語り継いでいくのも面白いかもしれませんよ」
「もう……荒井君ったら、お上手ね」
 困ったように笑う彼女に、僕も笑いかけてやる。
「そろそろ帰りましょうか。もう下校時刻を過ぎてしまいましたし」
「ええ、そうね。一緒に帰りましょう」
 扉を開けると、11月の風が吹き抜けた。
 彼女は防寒具をつけているけれど、やはり少し寒そうだ。
「……寒くありませんか?」
「平気……だと思うけれど」
「……手、繋ぎませんか」
 予想外の僕の行動に驚いたのだろう、意外そうな顔をした後、すぐにほほ笑む。
「ええ。そうさせてもらうわね」
 お互いに、手袋をつけた手を繋ぐ。二つの暖かさで、寒さなどあっという間に忘れられる。 
 そのまま僕らは駅まで行き、一緒に電車に乗り、僕が先に降りて別れを告げた。
 少し頬の赤くなった彼女を見送り、僕は風の吹く中家路を急いだのだった。


Into twilight

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